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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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世界ふしぎ謁見

何かどえらい事態が起きて城への召喚は取りやめになれという祈りが天に届くことも無く、とうとう俺はマルステル公爵家の所有する馬車で城へと連行される運びとなった。

連行というと人聞きの悪い言葉ではあるが、俺の心情とはそれほどかけ離れた表現ではないため、こう言わせてもらいたい。


ガタガタと車輪が地面と当たる音が響く車内では、オーゼルとジャンジールが進行方向に向かって座り、その対面には俺が座っている。

ジャンジールは淡い水色の布地で作られたゆったりとした服を身に纏っており、貫頭衣のような見た目ながら袖や裾には精緻な刺繍が施され、胸元には金銀の糸で描かれた幾何学模様が目立つそれは、どこかエジプトの伝統衣装であるガラビアを思い起こさせる。


オーゼルは今回のために新調したドレスを着ているのだが、こちらもまた俺の数少ない知識の中にある貴族のドレスとは少々違ったものだ。

首元を巻くような布からのびる形で胸、腹へと徐々に布地が増えていく形だが、肩が大きく露出しているのは涼しさを求めたためだろうか。

腰から先はタイトなスカート状ではあるが、よく見るとスカートではなくガウチョパンツで、その先にある足首の部分がきゅっと締められている形のため、動きやすさは確保されているようだ。

首の布の白から下へ向かって赤く変わっていくグラデーションはそれだけで見ている側に色合いを楽しませ、そのおかげでドレスに派手な刺繍を必要とせず、腰元にある白のコサージュだけで十分に上品な雰囲気を生み出している。


流石は公爵家だけあって身に着ける服にも随分金をかけている。

それに比べて俺はというと、一応城へ行くということもあって服を用意するといったジャンジールの申し出を断り、布だけを手配してもらって夜なべして自作したものを身に着けていた。


およそ四日間で作り上げたのは、藍色の布地を使った浴衣衣装だ。

とはいっても流石に一人では手が足りず、オーゼルのドレスの仕立てに来ていた針子に手の空いた時間で手伝ってもらい、ギリギリ間に合ったのだが。


藍色一色の布で作られた浴衣は地味な印象ながら、袂の膨らみと腰の後ろに纏められた帯の結び目が何とも粋である。

手伝ってくれた針子の女性たちも完成した浴衣を見て興味津々の様子だったので、女性用のデザインも何点か伝えると意欲に燃えた目をして店へと帰っていったため、その内浴衣がこの街でも見られるようになるかもしれない。


さて、この浴衣だが、全体が藍色ではあるのだが2点ほど、背中に丸く大きい染むらがある。

それのせいで服飾に従事する人間からは敬遠されていたものを、俺はあえて用意してもらっていた。


染むらは背中から少し右手側にズレてポツポツと存在している。

これだけなら見栄えはよくないが、これにあえて筆で色を足して模様を描き、さらには香辛料を顔料代わりに使うことでカラフルな色彩を生み出した結果、完成したのが赤紫色の朝顔だった。

こっちの世界で朝顔が存在するかは分からないが、この淡い色の花びらが藍色の中に浮かび上がっている絵というのは実に涼し気でいい。


だが浴衣はそもそも正装ではないため、これを着て城に行き、さらには謁見までするのはどうなのかという懸念があった。

その辺りもジャンジールに聞いてみたが、貴族ならともかく平民がきちんとした正装を用意できるとは限らないので、ある程度身綺麗な服装であればそれでいいのだという。

ではこの浴衣はどうなのかというと、むしろ珍しい服というのをグバトリアは好むらしく、全く問題ないとのこと。


「その浴衣という衣装、不思議な服だね。『ユカタ』という響きも耳になじみのない音なのがまた面白い」

「そうですわね。お父様の服と似ている点は多いようですが、体の前で布を合わせて閉じ、帯を腰の巻いて合わせ目を押さえる点から考えると、こちらの方が見栄えがしますわね」

俺がオーゼル達親子の服を観察しているのと同様に、俺の服装も二人に観察されており、その感想が口々に述べられる。

概ね好意的に受け止められているのは、この国では見ることのない浴衣というスタイルの珍しさからかもしれない。


「余裕のある設計なので、ある程度の体型の変化にも対応できるのが浴衣の優れている点でしょう。俺はまだ成長の余地があるので裾は長いままですけど、涼しさを求めるなら袖も裾もこれより短くしてもいいかもしれませんね」

「それはまた随分と融通の利く服ですこと。女性用のものはありませんの?」

「これを作る時に手伝ってもらった針子の方達が作り方と覚えていったので、その内出回る可能性もありますね。どうしてもすぐ欲しいのなら、オーゼルさんのドレスを仕立てた店の方に頼んでは?」

「だとすればアイリーンの分だけでなく、私とディーネの分も作ってもらうとしようかな」

「でしたらパーラの分も私とお母様の3人お揃いで作ってもらいますわ」

鼻息荒くそう宣言するオーゼルだが、そのパーラには既に俺が先に作っておいた浴衣を手渡していることは言わないほうがいいだろう。


馬車に揺られた俺達が向かう城は、屋敷を出て大通りを通ればあっという間に到着してしまう程度の距離なのだが、今俺達の馬車は少々遠回りをしている。

というのも、王城の門は西以外の東南北に向けて3つ開かれているのだが、常にすべての門が解放されているわけではなく、数日おきにどれか一つの門が開かれるという変わったルールが存在していた。

貴族にはどの門が開かれているのか事前に知る手段はあるが、たまたま俺達が城に行くタイミングがマルステル公爵家の屋敷から近い門が開かれていない日に当たってしまったのだ。

そのためこうして馬車で城壁に沿って北門へと向かう道を辿っていた。


暑い地方であるソーマルガでは、馬車も閉め切ったものは敬遠されがちだが、俺達が乗る馬車は公爵家が保有する魔道具付きの特注の馬車であるため、窓を閉めていても内部はそれほど暑くならない。

エアコンとは違い、風属性の魔石と水属性の魔石を組み合わせの気化熱が利用された冷風扇のようなものだが、この世界の基準で言えば、かなり先進的な技術が使われていると言えるだろう。


気化熱という概念が明らかになっているかどうかはわからないが、経験則で水を扇いだ風が涼しいというのは簡単にわかりそうなものなので、この原理自体はそれほど難しくないし、暑い地域だけあってこういう知恵は育ちやすいはず。


しかし恐るべきは魔石の汎用性だ。

この世界の技術力の低さを、魔石という科学では解明できないオーバースペックな物質が多くの技術的障害を軽々と乗り超えてしまう。

この魔石についてもいずれは研究してみたいところではある。


窓の外が石造りの城壁から芸術的な彫刻の刻まれた巨大な門へと景色が変わると、ジャンジールから馬車が城に入ったことを告げられた。

馬車が通る城への通路は、先程までのガタガタとした路面と比べると圧倒的に凸凹の少ない道であることが尻に伝わる振動でわかる。


そのまま馬車が停まって降りた先は、城の玄関であろう巨大で立派なホールが入り口を開けて待ち構えていた。

馬車から降りたままでその光景に見惚れていると、ジャンジールとオーゼルへの誰何が執事らしき男性から行われ、それに合わせて俺の身分も照会される。

城へ入る以上は武器などの持ち込みも著しく制限されるのだが、今の俺は寸鉄すら帯びない丸腰のため、特に止められることも無い。

一応俺はソーマルガという国が城に招いた賓客という形で登城することになっており、名前を告げると慇懃に挨拶がなされてそのままジャンジール達と一緒に城の中へと入っていく。


先を行くジャンジール達は堂々としたもので、ジャンジールは城に詰める機会も多いだろうからわかるが、オーゼルがこうも萎縮せずにいられるのは、流石は公爵家令嬢かと思わせられた。

「アンディ、あまりおどおどしないで下さいまし。そのような姿を他の貴族の方に見られたら笑われますわよ。胸を張って歩きなさい」

小声で忠告を受けるが、俺はそんなに挙動不審だっただろうか?

いや、言われてみればこれから一国の王に会うというプレッシャーもあってか、城の豪華さにも圧倒されていたのかもしれない。


とはいえ、一平民である俺としてはそんなプレッシャーの中で堂々と歩くことは中々に難しいと思うのだが。

「オーゼルさんは随分堂々としてられますね。羨ましいですよ」

「私は幼い頃によく城に来ていましたから。長い事離れていましたが、こうして見ると懐かしさがこみ上げて来ますわ」

まあ公爵令嬢なら確かに城に来る機会は多かっただろうな。


ジャンジールの先導でいくつかの広間と通路を通り、ようやくゴールである謁見の間の前にある控えの間へと到着した。

「長い道のりでしたね。実際の距離的に」

「仕方ないさ。王城では賊の侵入を想定して王のいる場所への通路は長く作られるんだから」

「貴族の方々はいつもこんな距離を?」

「いや、爵位を持つ貴族はこんなに長い距離は歩かない。特別な短い通路があるんだが、アンディは貴族ではないからね。済まないがそっちは使えないのだよ」

恐らく防犯的な意味合いと、登城する人間の身分の違いを明らかにさせる意図もあるのだろう。

申し訳なさそうにそういうジャンジールだが、そうはいっても二人がこの長い通路を歩く俺に付き合ってくれた優しさだけは理解できるので、こちらの方が申し訳ない気持ちになる。


控えの間から見える謁見の間の扉は、巨人の通過を想定しているのかというぐらいに巨大なもので、閉じられている扉の両脇には、ごてごてとした過剰な装飾付きの武具で武装をした兵士が立っている。

恐らく近衛兵というやつだろう。

顔つきがここまで来る間に見た兵士と比べて明らかに違う。

職務への誇りと重要性を理解した男の顔というやつか。


控えの間へ少々早めに着いたため、まず俺とオーゼルがここに残り、ジャンジールは俺達と別れて先に謁見の間へと入る。

既に謁見の間では他の貴族も揃っており、そこにジャンジールも並ぶことになるため、俺とオーゼルは準備が整うまではこの控えの間でしばし待つ。

流石にオーゼルもここに来て緊張の色は隠せないのか、先ほどから口を開くことなく中空の一点を見つめている。

俺も似たようなものだが、権威へのおそれの方向性がこの世界の人間とは違うため、気分的には会社の少し偉い人に会うのに緊張するのとさほど変わらない。


ややあって準備が出来たことを告げられると同時に最後のボディーチェックを受け、近衛兵の誘導で謁見の間へと通じる扉の前に立つ。


俺達が立ったのを待っていたのか、ゆっくりと扉が開かれていき、謁見の間の内部が明らかになっていく。

ちょっとした体育館ぐらいはありそうなその室内には、俺達がいる扉から延びる青い毛氈に沿って多くの貴族らしき人たちが立ち並び、俺達へとその目を向けていた。

人垣ともいえるその両脇に立つ人たちを目で辿った先には、階段にして5段上がった場所に王の腰かける玉座が置かれている。

金銀がふんだんに使われているその玉座は、まさに人の上に立つ王たる者使うに相応しい豪華さで、なるほどこれが権威の証かと納得させるものがある。

その玉座の後ろには壁一面に窓ガラスが張られており、そこから差し込む光があたかも腰かける王の後光のように俺達の目には映っていた。


多くの視線が集まる中でゆっくりとした足取りでオーゼルが玉座へと向かい、その後ろを俺が付いて行く。

不思議なもので、先程まで感じていた緊張感はいきなりフラットになったかのように俺の心は落ち着いている。

恐らく緊張が高まりすぎて逆に落ち着いたというやつか。


歩き出すたびにオーゼルを見た貴族達の囁く声を俺の耳が捉える。

―此度の遺跡発見の功労者…

―あのパルセア語の…

―なんと、まだ婚約者も…

―若いな…。本当に彼女が?

―アイリーンたんハァハァ…

などとその声はどれも驚愕と好奇心の込められたものが多く、悪し様に言う言葉が無いのはオーゼルが公爵家の人間だからであろう。

意外なほどに嫉妬の声は少ないが、敵対的な行動は自分たちの命を縮めることになる以上、露骨な悪感情は表に出さないとは思うが、腹の中では何を思っているのやら。


ある程度貴族の間でも名前が知れたオーゼルではあるが、今度はその後ろに着く俺に注目が集まる。

―何だ?妙な装束を纏う…色もまた地味な…

―我らの伝統装束と似てはいるが藍色一色では物寂しいものよ…

―いや待て。あの背中の花!むぅん…なんと雅な…

―見知らぬ花だが、美しいな。色気もある。…そうか!あの藍色一色があの花を引き立てているのか!

―ウホ…いい尻…


最初こそ藍色の浴衣に嘲笑の言葉を投げかけるが、通り過ぎた後の俺の背中を見ると、描かれている朝顔に引き込まれていくのを背後に感じる気配で分かった。

地味な見た目からの背中に鮮やかな花。

このギャップはこの世界の人間には衝撃と共に新鮮さを与えることだろう。

それを狙ってこの浴衣を作った所もあるので、図に当たったことで俺は顔には出さずに胸の内でほくそ笑んでいた。


どうあってもオーゼルの添え物である俺だが、このサプライズで貴族連中を唸らせたいという密かな企みは成功したと言っていい。

玉座の前まで歩んでいく間に、いつの間にやらオーゼルだけで無く、俺の背中にも視線が集まっていることに気付く。

まあ珍しい花の柄だし仕方ないね。


王の御前という距離に着いたオーゼルが膝を付き、それに倣って俺もオーゼルの右後ろで膝を付く。

その際に、決して王を見ず、声もかけず、ただじっと顔を伏せて待つのが正しい作法だ。

事前に謁見の間での作法を習っていたとはいえ、実践するとなるとやはり緊張するものだな。


「グバトリア3世陛下の御出座ー!」

玉座に向かって左側に立っていた男がそう声高に言うと、それまで立っていた他の貴族たちが一斉に膝を付いて玉座に向けて頭を垂れた。

唯一立っているのは先ほど国王の入室を宣言した男だけだが、彼の立ち位置からすると玉座の右手、つまりその正体は王の腹心中の腹心である宰相に他ならない。

宰相が膝を突かないということは、今回の進行役は彼に一任されているものと推測できる。


先程のざわめきから一転して静寂が支配する場に、国王の歩く足音だけが響き渡る。

顔を伏せているため、どこから来るのか正確な位置は分からないが、右手側から足音が徐々に近づいて来て、そのまま玉座へと続く段差をユックリと上り、玉座へと座る。


「面を上げよ」

よく響く声に導かれるようにして伏せていた顔を上げる。

しかしまだ視線は床へと落としたままにして、玉座へと目を向けてはいけない。

名前を呼ばれて初めて王を直接見ることが許されるのだそうだ。

これもしっかり作法として叩き込まれた。


まずは宰相が口を開き、この場が設けられた経緯を説明しだし、次にオーゼルに向けた言葉が放たれた。

「マルステル公爵家が末子、アイリーン・オーゼル・マルステル。他国にて新たな遺跡の発見を成したるは誠に大儀である。久しい慶事を陛下は殊の外お喜びになられた。その方の功多大に付き、此度の謁見において陛下への直答を許すものとする」

「はっ。恐悦至極にございます」

宰相の言葉にオーゼルが応えたのとほぼ同時に、周囲にいる他の貴族達のおよそ半数からは声にこそ出さないが驚いたような雰囲気が広がっていく。


貴族ではあるが爵位を持たず、家を継ぐ立場にないオーゼルが正式な謁見の場で直接王と言葉を交わすというのはとてつもない栄誉だ。

これが謁見の場ではなくパーティや茶会などの場であればオーゼルも王と言葉を交わすことはあるが、こうした多くの貴族が集い、謁見の様子が記録にも残される場ともなると生半可な功績では王と直接言葉を交わすことなど到底ありえない。

たとえ公爵家であろうとも公式の場で爵位を持たない人間にそのような機会など与えられないのだ。

それほど今回オーゼルが成した功績が大きいという証になり、同時に半信半疑だった貴族たちが驚きと共に確信を得た瞬間でもあった。


「アイリーンよ。その方の働き、実に大儀であった。長らく聞くことのなかった新しい遺跡の発見は我が国の誇りを再び世に知らしめたものだ。とりわけパルセア語の解読に大きく進展をもたらした遺物を我が国に持ち帰ったことは格別の称賛に値する。褒めてつかわすぞ」

この遺物とは恐らくタブレットのことを言っているのだろうが、確かオーゼルには遺跡で見つかった分の大半を手渡し、俺の手元に一台だけ残っている。

遺跡の調査団に何台か提供していてもまだ十分な数はあったと思うので、それをソーマルガが手に入れたことを喜んでいるようだ。


「はっ。有り難き幸せ」

上機嫌さがにじみ出るほどに弾んだ声色の王に応えるオーゼルの声は神妙なものである。

当然のことながら伯父姪の間柄であってもこの場では王と貴族の関係が優先されるため、オーゼルのこの態度は至極真っ当ではあるのだが、一方の王はというとどこか親愛の念を隠さないほどの語り口だ。

もしかしたら今の国王然とした態度とはかけ離れた性格が本来の彼の素なのかもしれない。

未だその姿を見ることは出来ないが、その為人は何となくわかり始めていた。


「ソーマルガの貴族として成すべき以上を成した者には相応の褒賞を与えなくてはならぬ。ハリム、この者に相応しい褒美は何か」

「はっ。遺跡発見者への褒賞であれば、大金貨で10枚ないしは30枚までの報奨金、さらにゼルパー勲章の授与が妥当かと」

国王に話を振られた宰相が言うには、報奨金と勲章の授与が通常の遺跡発見者への褒賞とのこと。

このゼルパー勲章に関しては事前にジャンジールから今回の謁見で授与されるだろうと聞かされていたので予想通りだ。

これを与えられた人間には国から年金が支給され、爵位に依らない身分の保証がソーマルガ皇国によってなされる。

さらにはこの勲章を然るべき相手に提示すれば王またはそれに近い文官への目通りがある程度優先されるというものだ。


ゼルパー勲章の破格さでも充分だと俺は思うのだが、この王はそれで褒賞を完結させるつもりはないようで、不満さがこもった声色でさらに続ける。

「それは通常の場合であろう。此度の功績はその常の範疇を大きく超えるものと余には思えるが?」

「はっ。臣も同じ考えに御座いますれば。さればこの者への褒美にさらにもう一つを加えることも考えられましょう」

「うむ。…アイリーンよ。その方は何を望む?」


ここで王と宰相の会話から矛先がオーゼルに向けられる。

オーゼル自身は既に先程話された報奨金と勲章を貰えば終わりと思ってはいたが、こうして追加で何かを貰えることもジャンジールからは先に聞かされていた。

しかしそれをオーゼルに尋ねて来るとは思っておらず、困惑したような声を発していた。

「我が身は陛下へと強請るほどのものではありませぬ故、どうか御身のお心のままに」

王からの下賜を要らぬと突っぱねるにはオーゼルの功績が小さいものではなく、逆に失礼になるので王に決めてくれていいと返すしかできない。


当然王もその返しは予想していたもので、特に不機嫌になることも無く再び宰相と会話をし始めた。

「欲の無き者よな。望むのであれば我が息子との婚姻も考えていたのだが」

「陛下、それは…」

それを聞いてギョッとしたように驚く気配がそこかしこから感じられた。

王子との婚姻はオーゼルの家格としては十分釣り合うものだが、当然次代の王ともなればとっくの昔に婚約者が決まっているはずで、ぽっと出のオーゼルがその相手に収まるのは流石に宮廷内の権力構造に小さくない混乱をもたらす。

それを危惧したこの場にいる者達が焦るような雰囲気に包まれるのも仕方のない事だろう。


「恐れながら!」

と俺達の背後から突然声が上がる。

居並ぶ貴族たちの誰かが今の王の言葉に異議を申し出るようだ。

先の一言以降言葉を発していないのは、王から口を開く許可をもらうのを待っているからか。

「ラウニミル侯爵か。何事か存念があるのなら申せ。余が許すぞ」

「はっ!然様なれば恐れながら申し上げます。エッケルド殿下の婚約者は既におりますれば、功績多大なれどアイリーン殿をこれに据えるは拙きものと存じます」


暗に今更決まっている王子殿下の婚約者を変えることを揶揄することで王の無能を非難しているように聞こえるが、これを聞いた宰相が今度はラウニミル侯爵に対して声を張り上げた。

「不敬であろう!陛下のお決めになったことを拙きこととは何事か!」

先程までの落ち着いた声とは打って変わった、まるで落雷のような怒号がラウニミル侯爵へと叩き付けられるが、その位置の関係上、俺とオーゼルにもその覇気は及んでいるので出来れば気を遣ってほしい。


「よい。ハリムよ、ラウニミル侯爵の言も尤もである。王たるもの臣の忠言にこそ耳を傾けねばならぬ」

「…陛下の仰せとあらば」

ラウニミル侯爵の言葉の意味は理解しているだろうが、不快さなどよりもむしろ愉快さを隠せないといった様子で話す王の言葉に宰相もそれ以上ラウニミル侯爵を非難しなかった。


「…ふむ、よし。アイリーンよ、その方に与える褒美を決めたぞ。ハリム!」

「はっ」

「アイリーン・オーゼル・マルステルに新たに爵位を与える。これはマルステル公爵家にではなく、アイリーン個人へのものだ。委細そのように差配せよ。異存のあるものは名乗り出るがよい」

よほどの悪手でない限りは王の決めたことに異存を差し挟むことはしないのが臣たる貴族というものである。

当然その決定も特に反対されることなく通ることとなる。

先程の王子殿下との婚姻に比べたら爵位ぐらいならという意識も働いたのだろう。

似たような手法は俺も使ったことがあるので、これを使うということはこの王は自分の権力に任せるだけにせず、相手の心理的な機微を考えることができる人心掌握の上手い人間だと思える。


「アイリーン。これにてお前は我がソーマルガ皇国の爵位を持つ貴族として正式にその名を連ねることになる。決して驕らず、民の範足る者として歩むことになると心に刻め」

「はっ。未だ若輩の身なれど、父祖に恥じることなきよう努めたく、陛下の御前にて誓いとさせていただきます」

「うむ。その方の思い、余も意気に感じるぞ」

どちらも嬉しさを秘めたような口調であることから、伯父姪が喜び合っている姿が目に見えずとも伝わってくるようだ。


ただ少し俺の中では疑問に思うところもある。

ここまでの流れが実にスムーズ過ぎることだ。

王と宰相の会話の流れからラウニミル侯爵の乱入まで、どこか既定路線で進められていたように感じた。

恐らく事前に首脳陣の間ではオーゼルに爵位を与えることが決まっていたのではなかろうか。


もちろん、ただ爵位を与えると言ってしまえば他の貴族からの反対も考えられる。

そこで最初に王子殿下との婚姻を匂わせ、その後の爵位の授与を通しやすくするやり方にしたわけだ。

先ほどのラウニミル侯爵が名乗り出るという一幕も、臣下の忠言を聞いた王が冷静な判断を下したと周囲に印象付けることが出来る。

そしてラウニミル侯爵は王の不興を買うことを覚悟の上での忠言をしたとして、他の貴族達から感心を受けることになる。


今の一幕で得をしたのは二人、国王とラウニミル侯爵だ。

つまりラウニミル侯爵はこの企みの協力者である可能性が高い。

この話を持ち掛けたのは国王側からだろうが、ある程度自分たちの事情と狙いを相手に明かさなければならない以上、このラウニミル侯爵は信頼できる相手ということか。


中々茶番じみてはいるが、登場人物を先入観なしに見れる俺だから気付けた違和感程度なので、他の人達に気付かれることはないはずだ。

まあ気付く人は気付くだろうが、それでも少し考えを巡らせればこの茶番の意味にも気付くと思うので、それほど問題にはならないだろうが。


オーゼルが爵位を授かったことで謁見は終了へと向けた空気が醸成され出している。

俺を放置されて話は勧められていたが、これでいい。

正直貴族の目がある中で目立つことが好きではない俺としては、このまま俺など空気同然で終わってくれた方がありがたい。

今回のオーゼルという巨大な光に埋もれる形で俺という存在が忘れられたままに事が終わることに安堵の息を密かに吐いていると、それを裏切る形で玉座から声が上がる。


「さて、それではそこの者が何者なのか。アイリーンよ。その方の口から聞かせてもらおうか?」

見えてはいないが、ギラリという擬音が相応しいほどに強い視線を感じた俺はびくりと身を震わせてしまう。

「はっ。この者はアンディと申します。件の遺跡の存在する手掛かりを見つけたのはこの者に御座います。さらに申しませば、私とこの者ともう一人、シペアという少年の3人にて遺跡の先行調査を行いました。これは現在、遺跡に駐在する調査団には明かしておりませぬ故、この場のみの話と秘していただきたく伏してお願い致します」

オーゼルの言葉に周りにいた貴族たちがざわめく声が上がり始める。


あっさりと俺が遺跡発見に関与したことをバラしたオーゼルだが、多分彼女は最初からこの場で俺にも何かしらの褒賞を受け取らせるつもりだったのだと思う。

短い付き合いながらオーゼルの義理堅い性格はわかっていたし、なにより彼女も俺が面倒に思って褒美を辞退する事は予想していたようで、こうした場でいきなり俺という存在を明かすことで褒美を受け取らざるを得ない展開に持っていこうと企んだのだろう。

正直、余計な真似を、という気分である。


これまでオーゼルこそが遺跡の発見者だとされていたが、そもそもの手掛かりを見つけた人間の存在と、表沙汰になっていない先行調査が行われていたという事実を聞かされ、囁かれるものには戸惑いの声が多く占められている。

自然とこの場の視線が自分に注がれるのを目で見ずとも感じられてしまう。

あぁ…、やっぱり俺は平穏とは程遠い星の元に生まれた転生者なんだなぁ…。

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