目指すは皇都
ここにダイレクトで来られた方にお知らせです。
この一つ前にもお話があります。
そちらはエイプリルフール用のIF話なのでスルーしても構いませんが、気になるという方は前の話に飛んでください。
いや、本当に大した話じゃないんで、無視して下さっても構いませんから。
では本編をお楽しみください。
「ひどい目にあいましたわ…」
夜になるとレジルの説教から解放されたオーゼルは俺達が待つ部屋へと戻ってきたのだが、その際に従業員の女性に両脇を抱えられるようにして運ばれてきたのを見た時には随分と驚いたものだ。
体調でも悪くしたのかと心配したが、何のことは無い、ただ迂闊に口を滑らせてレジルの怒りに油を注いでしまって、口での説教だけに終わらず、尻叩きの刑に処されてしまったせいで歩くのも困難になったのをここまで連れてきてもらっただけだった。
そのオーゼルは今、室内のソファーにうつ伏せで横になり、腫れたお尻をパーラに扇いでもらっているという、なんとも情けない姿を晒している。
「オーゼルさん、大丈夫?もっと強くした方がいい?」
「いいえ、これぐらいでよろしくてよ。あ~…パーラが風魔術を使えて助かりましたわ~」
先程までは扇を使っていたが、流石に腕の疲れを覚えたパーラは風魔術による空気の循環をオーゼルの腰から足にかけて行い、腫れが引くのを手助けしている。
まさか風魔術がこんな使い方をされるとは思わなったが、パーラも特に嫌そうな雰囲気ではなく、むしろオーゼルの身を案じている風なので別にいいか。
それよりも俺はオーゼルがこんな目に遭った理由の方が気になっていた。
「一体何を言ったんですか?俺達が見た時だってレジルさんは十分怒り心頭って感じだったのに、あれ以上に怒らせるなんて」
「別にひどいことを言った覚えはないのですけど…。婆やが貴族の心得みたいなことを何度もいうものですから、つい私が家を継ぐわけじゃないから気にしないといったようなことを話した途端、急に空気が変わって……うぅっ、あんな婆やは子供の時に悪戯がバレて以来でしたわ…」
その時のレジルを思い出して体を恐怖で震わせるオーゼルに、俺は何となくレジルが怒った理由が理解できた。
確かにオーゼルは公爵家を継ぐわけではないのだが、それでも貴族の一員であることは変わりなく、しかも今のオーゼルは遺跡の発見者という名誉を得たという、この国の基準では偉大な功績を成した人間だ。
昔からオーゼルを知っているレジルにしてみれば、立派になって帰って来たオーゼルを誇りに思う気持ちがあったというのに、当の本人は貴族としての自覚が全く出来ていないとなれば、元教育係としてはその性根を叩き直してやる気持ちにもなろうというものだ。
「大体私はもう立派な大人の女性ですのよ?なのにお尻をああまで叩くなんて…」
ブツブツと未だ愚痴を漏らすオーゼルだが、まったくもって自業自得だとしか思えず、そんな人間が立派な大人などと片腹痛し。
「……アンディ。何か言いたそうですわね。思うところを口にしても構わなくてよ?怒りませんから」
「いえそんなことは全く。あ、流れ星ですね。キレイダナー」
意外と勘の鋭いオーゼルは俺の心の内を察したようで、ソファーに押し付けていた顔をグリンと俺の方へと向けてそう言い放つ。
当然、怒られると分かっているのに思っていることを口にするバカはおらず、ガラス窓の向こうに見える夜空を見上げる。
しばし背中に視線を感じていたが、俺が振り向かないとわかったようで、すぐにその視線も消えていった。
何となく窓を見てしまった流れでそのままバルコニーの方へと出て街を見る。
夜のエーオシャンの街並みには夜の独特な喧騒と柔らかい明かりが漂っており、ここ数日ぶりに人の営みを感じさせてくれた。
街の明かりから今度は視線を上げて夜空へと目を向ける。
元々前世の日本と比べて圧倒的に空気の澄んでいるこの世界の夜空だが、このエーオシャンで見る星は一段と輝いて見えた。
きっとこれは乾燥地帯を抱えるこの国の空に湿気が少ないおかげで光が散らばらないからだろう。
しばし星空を眺める時間を過ごしてから部屋へと戻る。
室内は魔道具の明かりがそこかしこにあるため、一気に夜の暗さを忘れさせてしまう。
この部屋も今まで見た中では最高級といっていいかもしれない。
今いる部屋はリビングとして使うためにあるもので、3メートルに届くかどうかというぐらいに高い天井と、40帖はあろう室内の広さは俺達3人だけで使うには広すぎるぐらいだ。
おまけに飾られている調度品も明らかに値が張ると分かるものばかりで、庶民感覚の持ち主である俺からするとどうにも落ち着かない。
部屋の中央にある四角いテーブルを囲むようにして配置されているソファーも、そこらの宿にあるベッドなど比べ物にならないぐらいに柔らかく、もうこのままここで寝てしまいたいと思ったぐらいだ。
おまけに部屋の南面いっぱいにガラス窓が使われていて、俺とパーラがこの部屋に来た時に見た夕焼けは圧巻の一言に尽きるほどだった。
貴族の家ぐらいでしか使われているのを見ていないガラスが、こうもふんだんに使われているのをみると、この部屋の豪華さがさらに際立って見える。
公爵家の人間であるオーゼルはこの部屋の豪華さに対するリアクションは薄いものだったが、意外と図太い性格のパーラも最初は感動こそしてはいても、今ではもうすっかり普通のテンションに戻っていた。
パーラとオーゼルが占領しているソファーの反対側にあるソファーに腰かける。
これも大人二人が横になっても余裕があるぐらいの大きさがあるため、どうにも左右の空間が余っているのは落ち着かない。
「それで出発はいつにしますか?オーゼルさんは領主様への挨拶もあるでしょうから、物資の調達は俺とパーラでやります」
「んー…早くて明後日、遅くとも三日後には街を離れたいところですわね。とりあえず明日、婆やと領主へ会いに行きますから、それが済んでから何も用事が無ければ次の日には出発といきましょうか」
ようやく尻の腫れがましになったようで、身を起こしてパーラに礼を言ってから座り直したオーゼルはそう言うが、まだ僅かに眉が顰められていることから、全快とはいかないようだ。
「んじゃ明日は私とアンディで街に行ってくるね。オーゼルさんが言ってた暑くても着られる服ってのも探してみるよ」
「あぁ、そうですわね。…まあでも、この街の品揃えを考えると、婆やに手配してもらった方がいいかもしれませんわ。明日、私から頼んでおきましょう」
確かにこの街の人間であるレジルなら品物もいいのを見繕ってくれるだろうが、サイズ的な問題はどうするのだろうか?
その辺りを聞くと、用意するのは一枚の長い布から作られる独特の衣装で、全体的にゆったりとした布を余らせているものを紐やベルトである程度はサイズ調整が出来ることから、大体の体型に合わせることができるらしい。
「服は予備も含めて一人四着あればいいでしょう。用意出来たら基本的な着方も教えましょう」
テキパキと話が進められていく中で、密かに懸念していたことにも触れられる。
「それと砂漠を渡るなら水も必要ですわね。アンディ、あなたの水魔術は乾燥した空気の中では使いにくいのではなくて?」
「……ええ、まあそうですね。俺の水魔術は空気や地面なんかの水分を集めてますから、乾燥した中では効率は良くないでしょう」
実際に確かめたわけではないが、砂漠地帯で水魔術を自由に使うのは恐らく難しいだろう。
以前冬の乾燥する中で水魔術を使った時、水分の集まりが悪いことに気付いた。
その時よりもなお乾燥する砂漠では言わずもがなといったところか。
近くに水気たっぷりの植物でもあれば話は変わるが、そんな幸運に賭けるほど俺は砂漠を甘く見ちゃいない。
バイクに積めるのは樽一つぐらいだろうが、砂漠の水場から水場ヘの移動を考えれば十分持つとは思うし、最悪の場合は魔力で生み出したまずい水を飲むのも可能だ。
あくまでも最悪のケースなので、できれば避けたいところではあるが。
テーブルの上に広げられた地図を使ってオーゼルからこの先の予定を話される。
この先の行程としてはまずソーマルガの首都、皇都ソーマルガを目指すことは既に聞いていた。
皇都で砂漠越えの準備を終えたらそのまま南下し、途中にあるオアシスを経由してソーマルガの南端にあるマルステル公爵領へと向かうという。
「砂漠を渡るのはいいとして、バイクでの移動は可能なんですか?砂漠の砂は目が細かいですから、車輪がはまって動けなくなるってのもあり得ますよ」
よく車で砂漠を移動して砂にタイヤをとられて動けなくなるという絵を見たことがあるため、そんな疑問がつい口を突いて出る。
バイク程度の重さなら砂にはまっても車よりは簡単に脱出できるだろうが、それでも移動するたびにタイヤをとられるならそのストレスはどれほどになるか。
「…意外と砂漠のことを分かってますのね。ご心配なく。途中まではちゃんと車輪が埋まらない道もありますから。その先からは風紋船を使ってマルステル領まで一気に進めます」
『風紋船?』
俺とパーラの口から揃って同じ言葉が漏れる。
風紋船とは砂漠地帯を走る船のことで、砂地を水に見立てて船を浮かべ、張られた帆に風を受けて進むというもの。
砂漠地帯の中でも砂の目が特に細かい中央部から南にかけての広い地域で運用されている。
元々古代遺跡から見つかった船に砂をかきわけて進む機能があったのを何十年もかけて解析・研究し、ようやく実用化されたのが今から30年ほど前だという。
「当時は砂漠を渡るのにも多くの荷物を積んだラクダに乗って何十日もかけてやっとというぐらいでしたけど、この風紋船が出来たおかげで今では安全に短時間で、しかも大量の荷物を積んで移動できるようになりましたの」
普通にラクダなどで進むことも可能ではあるが、砂漠には地下空洞に砂が流れ込む流砂や、砂地に擬態した危険な魔物や動物などもおり、風紋船を利用した方が圧倒的に楽に進めるというのもあって、いまや砂漠地帯での重要な足となっていた。
国が運営しているおかげで運賃もそれほど高額ではないため、ソーマルガを旅行する際にはぜひ利用したい目玉の一つともいえるそうだ
とはいえどうも砂の上を走る船というものが想像しにくい。
「もしかして、風紋船って魔道具なんですかね?」
船と言えば水の上を行くものだと思っていただけに、砂の上を船が行くとなればこの世界の魔道具の乗り物としてバイクというものがある以上、そう思ってしまうのも仕方ない事だろう。
「厳密には違いますわね。船体に使われている材料には魔道具で加工がなされていますけど、アンディのバイクと違って移動のための動力は積んでおりませんの。まぁ砂をかき分けているのがそうだといえなくもありませんけど。基本的には帆で受けた風で移動する、れっきとした普通の船ですわ」
普通の船?砂の上にあるのに?
「陸を走るのって普通の船って言えるのかな?」
どうやらパーラも同じ疑問を抱いたようで、ぼそりと呟かれた言葉は意外とはっきり耳についた。
「…ま、まあ砂漠は砂の海とも呼ばれますから、砂漠に暮らす民にはその光景も普通なのです」
なんだか取り繕うように言うオーゼルからは、普通の船という定義をしたことをどうにか誤魔化せないかという思いがひしひしと伝わってきていた。
風紋船が発着している砂漠の中央部にある街まではバイクで移動し、その先は風紋船にバイクを積んでマルステル公爵領を目指す。
バイクの足の速さもあって、恐らく一週間ほどで着くと思われる道のりだが、当然不測の事態が起きれば時間がもっとかかるし、風紋船も運航スケジュールはしょっちゅう変わるため、発着する街で足止めされる可能性もあるという。
とにかく、近いうちに出発するということは決まっているので、俺とパーラは明日から旅の準備の諸々を整えるために動こう。
オーゼルが復活したこともあって、少し遅いが食事を摂ることにした。
この宿に泊まる人間は一階にある食堂を利用するのだが、俺達は最上級の部屋を使わせてもらっているぐらいに特別扱いのため、言えば部屋まで食事を運んできてくれる。
次々と運ばれてきてテーブルの上に並べられる料理の数は既に10を越えており、それでもなお運ばれてくる皿が全て出揃うまでは暫くの時間がかかった。
目の前に広がる料理の海と言っていい皿の数々だが、そのどれもが手の込んだものだとわかる。
肉や野菜を使った種々のものから、パンもナンのような物から馴染みのあるバゲット風の物まで様々な種類のものが籠に詰め込まれている。
一際大きな皿には灰褐色の巨大な魚の素揚げのような物がデンと乗せられており、海が近くに無いエーオシャンでは川魚ぐらいしかないはずなので、恐らくこの辺りで獲れたものだろうと推測するが、かなりの大物が皿に乗せられていると迫力が凄い。
料理の色も赤に緑に黄色と色とりどりで、漂ってくる香りからも香辛料がふんだんに使われているのが分かり、思わず喉が鳴ってしまう。
実際に食べてみると、やはりアシャドルとは随分違う料理に一種の感動すら覚える。
どの料理にも香辛料が惜しみなく使われているのは、恐らくソーマルガが香辛料を手に入れやすいお国柄だからか。
味わいもさることながら、目でも楽しめる料理に思いの外、食が進んでしまう。
パーラも皿から皿へと次々と興味が移るままに食べ進め、食事が終わる頃にはお腹をパンパン膨らましてソファーに横になる姿が見られた。
「……よくもまあ、あれだけの量を食べ切りましたわね。絶対余ると思ってましたのに。見ていてこっちがお腹いっぱいになりましたわよ」
「まぁ異国の料理というのは旅の醍醐味ですから、ついつい食べ過ぎてしまうものですよ。もっとも、ほとんどはパーラが食べましたけど。パーラ、大丈夫か?お腹苦しいんじゃないか?」
「ヴフー…大丈夫。お腹はいっぱいだけど、明日には戻ってるから」
「それはそれですごいな。あとゲップで返事するな。はしたないぞ」
ヴェフっというゲップでまたも返事が返って来たことに頭を抱えてしまう。
どうにかしてパーラに慎みを持たせることは出来ないだろうか…。
食事を終えたら次は風呂に入ろうと、部屋の北側にある出入り口のすぐ横にあるバスルームへと足を運ぶ。
ここは意外と広さは常識的で、体を洗う場所から3メートルほど進んだ先が段を刻んで低くなっており、張られているお湯の深さが30センチほどしかないが寝転ぶ形で入る様式のようだ。
お湯は魔道具で沸かしているとのことで、水そのものよりも貴重なお湯は湯船に使われている分を除いては浴室に置かれた甕一杯にある分だけしか使えない。
体を洗って髪を濯いでと甕の分だけでも十分なので文句はない。
横になって浸かる風呂というのは初めてのことで、最初は違和感を覚えていたが、暫く浸かっているとこれはこれでいいものだと思えてくるのだから、風呂の力は偉大だ。
風呂から上がると今度はパーラとオーゼルが一緒に風呂へと向かう。
尻がまだ痛むオーゼルを介助する形でパーラが同行しているが、ここに来るまでの旅の間もよく一緒に入っていたのでいつもの光景として俺の目には映っている。
『オーゼルさんそこ、足元気を付けてね』
『世話を掛けますわね、パーラ』
『それは言わない約束だよ』
脱衣所から聞こえてくる声は、まるで何かの時代劇のようだ。
風呂上がりに三人でお茶を飲み、その後はそれぞれが寝るために部屋へと移動する。
この部屋はリビングを中心に東西に扉が二つずつ、計4部屋の個室があり、それぞれにベッドが用意されているので一人一部屋を使うことにした。
リビングほどではないが、この部屋も十分に広く、ダブルベッドが部屋の中央にあってもまだ余裕のあるスペースは、テーブルと椅子のセット以外に一体何を置くべきなのかと要らぬ悩みを抱かせる。
横になってみるとベッドも沈み込むほどに柔らかく、逆に安眠できるのかと心配するほどだ。
そんなことを考えてはみたものの、やはり久しぶりのちゃんとした寝床というのが恋しかったのか、俺の意識はすぐに深い闇へと沈んでいった。
エーオシャンに滞在して三日目の朝、俺達は門の外にいた。
オーゼルが領主に挨拶をする以外は他に用事も発生することは無く、物資の補充を終えた俺達はこうして出発の日を迎えた。
予定より一日余分に過ごしたのは、オーゼルの尻の完全回復を待ったせいだ。
尻に爆弾を抱えたままバイクには乗せられないからな。
遠巻きに門番がこちらに意識を向けているのを感じるが、それはオーゼルの身分が明かされているためで、公爵家の人間が無事に出発するのを見届けようという職務への意識の高さがそうさせているようだ。
そんな門番の様子は門の前にいる人達にも何となく伝わるもので、その意識の向く先に自然と多くの人の注目が集まっていくのは仕方ないとはいえ仕方ないが、少々居心地の悪さは感じている。
妙に人の視線が多く集まる中で、わざわざ見送りに来てくれたレジルと別れのあいさつを交わす。
「お嬢様、くれぐれもお体にお気をつけ下さいませ」
「ええ。ありがとう、婆や。実家に戻ったら手紙を出しますわね。それと、ジェクトの件、頼みましたよ」
「お任せください。快癒の後には責任をもってマルステル家へとお届けいたします」
そう言って最後に抱擁をする二人を俺とパーラは少し離れて見ていた。
今日旅に出るのは俺とパーラとオーゼルの三人だけで、ジェクトは体調を万全に戻すためにレジルに預けていくことになった。
エーオシャンにはガイトゥナに詳しい獣医もいるし、何よりもレジルにであれば安心して預けられるということで、俺達の旅の移動速度のため、そしてなによりもジェクトのためにも体調の回復に努めさせることを決めた。
オーゼルがサイドカーに乗り込むと、レジルが俺とパーラの方へと近付いて来て頭を下げる。
「アンディさんとパーラさんも、お気をつけて。どうかお嬢様を無事にご実家まで送り届けて差し上げて下さい」
「ええ、もちろんです。護衛の任、確実に果たしましょう」
「レジルさんも元気でね」
俺とパーラの返事を受けて笑みを深めたレジルがもう一度頭を下げたところで、バイクのエンジンをかける。
モーターが回転待機状態に入る独特の音を聞いて、若干怪訝な顔を浮かべたレジルは、俺達が乗るバイクが本当に馬なしで走るのかまだ疑問があるようだ。
門に向かう道すがらオーゼルが自慢げにバイクのことを話していた時から、胡散臭さを感じていますと顔に書いてあったレジルだが、次の瞬間にはその顔は驚愕へと塗り替えられる。
馬とは違う静かな、それでいて加速力もある走り出しのバイクは、レジルを置いて街道を駆け抜けていった。
騎乗動物とは違う奇妙な物体が高速で移動するのを見て、門の前にいた人達で声を上げて驚いている者も少なくない。
ある意味ではいつも通りの出発となったが、パーラとオーゼルはレジルが見えなくなるまで手を振り続けていた。
エーオシャンから随分離れる頃には、別れの寂しさから来る沈黙の余韻も終わりを告げる。
「皇都まではあと街を一つと村を二つ経由するのですけれど、バイクの足の速さがあれば街には寄らず、皇都の手前にある村で一泊してからすぐ皇都へ入りますわよ」
「村でですか?街の方が宿はいいのがあると思うんですけど」
「確かにそうですけど、エーオシャンで三日も過ごしてしまいましたから、ここからは早さ優先で行きますわよ」
俺達が最終的に目指すのは皇都ではなく、マルステル公爵領になる。
それなら確かにさっさと皇都へ行って砂漠越えに備え、エーオシャンでの滞在日数分を短縮したいところだろう。
本来なら馬の移動でも皇都までは四日はかかるのだが、途中の宿泊場所に寄るための街道から離れる余分な道のりも省略できるうえに、バイクの速さも含めれば一日での移動距離はかなり稼げるので、オーゼルが言うように皇都手前の村には今日中に着けるかもしれない。
もちろん道中のトラブルでもあればその限りではないが、最悪野営を挟んでも皇都には二日で着けるのだから相当早い方だろう。
一路皇都へと向かう俺達の頭上に広がる晴天は、順調な旅の先行きを暗示してくれていると思いたい。




