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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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街入場からの再教育

国が違えば常識も変わるもので、例えば挨拶に握手をするのが一般的な国の人間が別の国でそれをやると決闘の合図となる、なんてことも無いとは言えない。

とはいえさほど離れていない、隣接している国同士であればそれほど風俗・慣習に違いはないし、他国の人間だと分かれば大抵はやってはいけないことぐらいはちゃんと教えてくれるものである。


その中で、たとえ国は違ったとしても、街に入る際に門で身分を示すというのは共通の仕様ではあるが、その一方で自分の知らない光景というものを見ることもある。

ギルドカードや何かの紙を見せる人がいる中で、砂漠の民っぽい格好をしている人達の中には顔を覆っている布をめくって門番に見せるだけで通過するケースが度々あった。


「オーゼルさん。今門に入っていった人なんですけど、ギルドカードも見せないで通されたように見えましたよ?」

「あぁ、それはレヒ族だからでしょう」

「レヒ族?」

「砂漠地帯で暮らす部族の一つですわ。ソーマルガ皇国の建国に多大な功があるレヒ族は、初代国王が決めた国法で国内にあるいかなる門の通行も制限しないと宣言されていますから。あの方たちは皇都以外のどの街にも基本的には出入り自由なのです」


オーゼルが言うにはレヒ族はいわゆる遊牧民族というやつで、砂漠地帯に僅かに存在するオアシスや草原といった家畜を飼うのに適した地域を中心に生活を営んでいる少数民族だそうだ。

ソーマルガ神聖国からソーマルガ皇国へと変わる際に、彼らの先祖が初代国王の力となったことへの褒美として、国法の最初に部族の名前と功績が載せられる形で名誉を与えられ、その余禄として自由を愛する彼らの気風を守るためにソーマルガにある街や関所の門を通過する際の義務を一切免じるとされていた。


レヒ族とそれ以外の人間には明確な見分け方があり、普通の人間とは違ってレヒ族の血を引く人間には瞳の黒に交じって白い三日月型の模様が浮かぶそうだ。

これを見せることで門の通過を許されるというわけだ。

なお、レヒ族と結婚した普通の人はこの特徴を有していないので、門を通る時にはレヒ族の一員であることを示す模様が入った腕輪を見せている。


俺達が並ぶ列の横を時折レヒ族や公的な身分にあると思われる旗を掲げた馬などが通過するのを見ながら待つこと十数分。

ようやく俺達の番となりギルドカードを提示して通行を許可された。

その際にバイクをジロジロと見られたが、今はバイクを手で押して歩いていたので、少し変わった形の荷車程度にしか思われなかったようだ。

隣を歩くジェクトがいたおかげで、ガイトゥナに牽かせると勘違いしたのかもしれない。


「オーゼルさん。今回は例の指輪を見せなかったんですね」

門を離れながらオーゼルにそう声をかける。

オーゼルは何故か今回はマルステル家の指輪を見せずにギルドカードだけで門を通過していた。

その辺りが気になったのでつい聞いてみたくなった。


「まあその辺りはちゃんとした理由もありましてよ。この街には領主の館が構えられているのですが、ここでマルステル家の指輪を見せたら領主にまで連絡が行くでしょう。そうなったら挨拶やら歓待やらの話になるわけですが、正直面倒くさいことこの上ありません。今の私はマルステル家から離れて気楽な旅の空を楽しんでいるのですから」

「それってちゃんとした理由?」

「しっ。パーラ、こういう時は突っ込まないほうがいい。下手につっつくと逆上もあり得るぞ」

要はオーゼルが面倒なことを避けたいがために普通の旅人として街に滞在し、最後まで領主と関わらずに街を出たいというだけの話だった。

実に子供っぽい言い訳だが、それだけにあまり突っ込むと面倒な言い合いになりそうなので、パーラにも釘を刺しておく。


正直、貴族の子女としてそれでいいのかという思いはあるが、オーゼルの言いたいこともいくらかは理解できるので俺からは何も言うまい。

そのうち親にばれでもしたら何か言われるとは思うが、それはオーゼルの自己責任だ。


門から街へと続く通路は意外と長いもので、それだけ外壁が結構な厚みを持っていることに少し驚く。

高さではなく厚さを重視しているのは、やはりアシャドルとは魔物や動物の生態が違うということか。

トンネル状の通路を抜けると目に刺さるような日差しに顔をしかめ、明るさに慣れてきたところでエーオシャンの街並みに目がいく。


真っ直ぐに伸びる大通りは馬車や人が行き交い、道の脇に並ぶ建物は白を基調とした石壁で作られているものと、木と石を組み合わせたアシャドルで見かける建築様式に似たものが入り混じっていた。

その光景からこの街が砂漠とそれ以外の地域の生活が入り混じった狭間なのだと伝わってくる。

俺とパーラは初めての街というのもあって、お上りさんのように辺りをキョロキョロと見回してしまう。

国が違えば文化も違う、町並みも見慣れないものとくればこうなるのも仕方ない。


「まずは宿をとりますわよ。以前ここに来た時にお世話になった所がありますから、そこでよろしいでしょう?」

この街の勝手を知らない俺達はオーゼルのおすすめに乗っかるのが一番安心できるので、その提案を特に断る理由もなく、先導するオーゼルに続いて人混みを進んでいく。

途中の街並みもよくみると色々な変化を楽しめ、宿につくまでの道のりも退屈することは無かった。


街の中心に大分近付いたところで、大通りから脇へ逸れたオーゼルに続くと、小道の先にはここまで来る間に見た建物と比べると随分と大きな一軒の家屋が見えた。

普通の家と比べられないほど立派で頑丈そうな門扉を潜ると、その先にあった馬車を止めるスペースには使用人と思われる複数人の男性が客の到着を待っていた。

そこへ続く道もかなりの広さと長さがあり、とても普通の宿が持つ敷地面積とは思えないほど広大さを予想させる。

どうも宿というよりも貴族の邸宅といった感じがしてきた。

急に不安になった俺は先頭を歩くオーゼルに慌てて声をかける。


「ちょっとオーゼルさん!ここ本当に宿なんですか?なんか使用人っぽい人がいますけど」

「正真正銘、一般の宿ですわ。少々宿泊料が高額ではありますが。あそこにいるのも…まあ使用人と言えなくもないでしょうが、正しくは従業員ですわよ」

「本当ですか?信じますからね。…いや、それにしてもこんなに立派な宿だとは」

せいぜいちょっとお高い程度の宿を予想していただけに、想像を上回る宿の豪華さに少々呆気にとられてしまう。

チラッと建物全体が見えるようになっていた俺は視線を動かして宿の外観を見ていく。



建物の様式は白壁と同じ材料を使われているようで、白亜の城とまではいかないものの、日の光を反射している建物はまるで神殿のように俺の目には映る。

外観で目に付く柱なども細かい彫刻が刻まれたり、明らかに人に見られることを意識した意匠がそこかしこに見受けられた。

宿としての大きさも中々のもので、以前王都で利用した高級ホテルとは違って高さは2階建てとそれほどでもないが、なにせ横にかなりの広さがある。

俺が知る屋敷の中では王都にあったルドラマの屋敷が最大だったが、それに勝るとも劣らないほどの大きさの宿だ。

これは宿泊料を聞くのが恐ろしくなってしまう。


玄関付近へと向かう俺達に従業員達が素早く近寄り、バイクやジェクトを預かる動きを見せた。

ガイトゥナの方は問題なくとも、バイクに関しては一瞬躊躇するように手が泳いだのだが、俺が手で押しているのを見てそのまま引き継ぐ形でバイクに手を添えてきた。

サイドカーが着いているので自立はするし、手で押せるぐらいには重さも問題ないので、ハンドルを切ることで左右に曲がることだけは教えておく。

一応リヤカーは切り離して別の従業員に宿へ持ち込む荷物として管理を頼む。

食料に衣服などはほとんどがリヤカーに積んでいるため、俺達の後ろに続いて一緒に宿の玄関へと向かう。


俺達が宿の玄関を潜ると、中は見た目に反しない見事なもので、足元から天井に至るまで全部が真っ白なそこは一種荘厳な雰囲気も感じられる。

内装は比較的シンプルながら、所々に置かれている絵画や椅子などは一目見ても高価なものだろうと思わせるのはこの空間がそう演出しているからだろうか。

床には色とりどりのタイルが細かく敷かれており、詳しくは分からないが何かの動物が描かれたモザイク模様が白に慣れた目へ彩りを伝えてくる。


正面にあった受付には5・60代ぐらいだと思われる年老いた女性が手元で作業をしており、俺達が入って来たのに気付いて顔を上げると驚きの表情を浮かべ、それから足早にこちらへと歩いて来た。

「お嬢様!アイリーンお嬢様!」

「婆や!久しぶりです」

オーゼルもその女性の方へと歩み寄り、どちらからともなく抱擁が交わされた。

ほぼ同じ身長ながら、やはり背筋の伸びが年齢の差を物語っており、オーゼルの方が老婆の額に頬を当てる形となる。


どうやらオーゼルとは知己のようだが、お嬢様・婆やと呼ぶ仲となればオーゼルの幼少期からの知り合いだろうか。

それもオーゼルの世話をしていた可能性が高い。

昔はマルステル家に仕えていたとかそんな感じか?


再会の喜びを邪魔しないためにも俺とパーラは少し離れた場所にあった椅子に腰かける。

「いつこちらへ?」

「つい先程ですわ。国境を越えてエーオシャンが見えたら急に婆やを思い出しましたの。それで久しぶりに今日はこちらでお世話になろうと。男性一人と女性二人、部屋をお願いしてもよろしいかしら?」

「もちろんでございます。最高のお部屋をご用意いたします。ですが、その前にあちらの方々を紹介していただけますか?」

そう言って二人の視線が俺達に向いたところで椅子を立ち上がってそちらへと近付いて行く。


オーゼルの隣に並んだところで彼女の方から俺達の紹介がなされる。

「二人は私の旅の間の護衛として雇ったのですが、友人でもあります。こちらからアンディ、パーラ。共に冒険者ですわ」

「アンディです。オーゼ…アイリーン様より護衛の任を仰せつかっています」

「パーラです。同じく護衛を務めています」


「初めまして、お二人とも。当宿の支配人、レジルと申します。アイリーンお嬢様をここまで無事にお連れ頂き、誠にありがとうございます。精一杯のおもてなしをさせていただきますので、どうぞゆっくりとお体を休めていって下さい」

丁寧にお辞儀をしてまで感謝の念を示すレジルの姿は、それだけオーゼルの身を案じていたという証拠だろう。

俺達を子供だと侮らず、ここまでオーゼルを無事に連れてきたという結果で礼が出来るという点で、レジルには好感を持てる。


「お部屋は最高のものをご用意しますので、少々お待ちください。その間、お嬢様方のお相手は私が務めさせていただきます。どうぞ、あちらのテーブルにおいで下さいませ。お茶などもご用意いたしましょう」

レジルが手で指し示す方には、宿泊客が利用すると思われる食堂があるのだが、そこにいた給仕の男性はレジルの仕草を見た瞬間に素早く動き、食堂の奥にある扉を開いてその横に侍る。

どうやらVIP用の個室を使わせるようで、俺達はレジルの先導でその部屋へと入っていった。


全員が中に入った所で扉が閉められ、室内には俺達と数人の給仕がいるだけとなる。

幾つかあるテーブルの一つに案内されて椅子に腰かけると、その座り心地にまず驚いた。

明らかに高級品だとわかるぐらいに品質の高い椅子の感触に続いて、今着いているテーブルの質の高さにも気付く。

木材の良し悪しなどは分からないが、手触りからして滑らかな、それでいて艶のある光を反射するテーブルに、おいそれと平民が手を出せるものではないということだけは理解した。


俺とパーラは並んで座ったが、上座に当たる入り口から最も遠い席には当然ながらオーゼルが着く。

レジルが自らの手で淹れるお茶が準備されると、テーブルに全員が着いて会話を楽しむ時間となる。

主に内容はオーゼルがソーマルガを出てからの話になるが、俺とレースをした時の話はパーラも興味を持ったようで、レジルと一緒になって興奮気味で話を聞いていた。

オーゼルの話し口調が若干大袈裟になっていたのには少し困ったが。


遺跡を見つけた時の話になると、やはりレジルもソーマルガの人間だけあって食いつきがいい。

話を聞き終える頃には目には微かに涙が浮かんでいたほどだ。

「お嬢様が遺跡の発見者に……あぁ、あの幼かったお嬢様が立派になられて」

「もう、いつまでも子供扱いをしないで。私ももう大人でしてよ?」

「いくつになろうともお嬢様はお嬢様です。婆や婆やと私の後を付いて回っていた日々は私の宝物なのですから」

レジルがオーゼルを見る目はどこまでも慈愛に満ちており、またその成長を知ったことでどこか寂しさも僅かにあるようだが、それでも立派になったことを素直に喜んでいるようだ。


オーゼルの話が一段落すると、今度はレジルの話を聞かせてもらった。

元々レジルは下級貴族の出で、礼儀作法を貴族の子供に教える家庭教師として働いていたのだが、マルステル家に仕える騎士と恋に落ちて結婚すると、今度はマルステル家の家庭教師として働くようになった。


現マルステル公爵、つまりオーゼルの父親であるが、その教育係を務め、さらにはその子供達にも貴族としての振る舞いを教えることとなったおかげで、家族同然の付き合いをするようになっていく。

幼い頃よりレジルを婆やと呼び、レジルもお嬢様と呼ぶ今の関係も、そんな付き合いの中で育まれた深い親愛の情があるからだろう。


最後にオーゼルの教育を完遂したのを機に、年齢のこともあって引退をすることに決め、夫と共にエーオシャンの街へと移り住み、公爵家から貰った慰労金でこうして宿を営むようになったとのこと。


いわゆる退職金で第二の人生というやつかと思ったが、それにしてはここの宿は随分金がかかっているように思える。

そのことを遠まわしに訪ねてみたところ、この宿を建てる際には旧知の仲であったここの領主からも多額の援助を受けており、普通の宿としての他にも、国の重鎮や国賓などが使う最上級の宿という役割も与えられているのだという。

やはり見た目通りに格調高い宿だったかと改めて思い知らされるとともに、そんな宿に泊まる機会を得ることが出来たオーゼルという存在に感謝を捧げることにした。


そうして談笑する俺達だったが、レジルが発した言葉によって、この場の空気は一転することになる。

「時にお嬢様。領主様へのご挨拶はいつ行かれるのでしょうか?よろしければこの婆やが供をいたしましょう。御入り用でしたらドレスもご用意しますが、いかがいたしますか?」

レジルの何とはなしに口にしたという感じのその言葉だが、それを聞いたオーゼルはビシリと硬直してしまう。

心なしかカップを持つ手は微かに震えはじめている。


何か言おうとして口を開くが、声にならない様子のオーゼルを見て、レジルが心配そうな顔を浮かべた所でパーラが口を開く。

「オーゼルさん。正直に言った方がいいよ?」

パーラの言葉に俺も同調する。

「…そうですよ。レジルさんが少し調べればどうせバレますって。今のうちに白状してしまいましょうよ」

「ば!パーラ!アンディ!変なことを言わないでくださいまし!正直に言うことなんて何も―「お嬢様?」―ぐぅっ!」

急に怒鳴りだしたオーゼルにレジルが何かを感じ取ったのか、温和だった表情は一切の感情のない能面のような物に変わり、さらにはそれを見たオーゼルは体の震えが明らかに目立ち始めていた。


「お嬢様。なにか婆やに隠し事を?いえ、お嬢様も立派な淑女。隠し事の一つもありましょう。…ですが、それがお嬢様のためにならない隠し事であれば、この婆やの身を犠牲に捧げてでも諫めて差し上げねばなりません。さあ、どうかお話しくださいませ」

声色だけは優しく諭すようだが、どこまでも冷たい氷のような表情を見ると、それは攻撃前の降伏勧告のように思える。


そんなレジルの迫力に、オーゼルは恐怖心が湧き上がるのを抑えきれないようで、体の震えはもう見ている側が気の毒になるぐらいにひどくなっていく。

「あ…あぁ…わ、私はその…だって―」

「お嬢様っ!!」

「ひぃっ!も……申し訳ありませんでしたーっ!」

尚も言葉を偽ろうとしたオーゼルだったが、レジルの一喝に言い訳をする気概を打ち砕かれ、涙を流して謝ってしまった。





「なんということでしょう!凶手から逃れるためでもないというのに、領主様への挨拶もせずに街を去るなどと……それが貴族たる者の、マルステル公爵家の人間がする行いですか!」

「で、ですが私は旅の途中ですし、オーゼルという一個人なら―「お黙りなさい!」―ごめんなさい!」

洗いざらい吐かされたオーゼルは、部屋の隅の方で直立不動の姿勢のまま立たされ、レジルによる説教が始まろうとしているようだった。

恐らくオーゼルの告白を聞いたことで、自分が教育係だったころの感覚が蘇り始めたレジルは、諫めることから再教育へと意識の変化が目の前の光景を生み出しているのだろう。

若干幼児退行しているように思えるのは、教育係だった時に植え付けられた恐怖があるのかもしれない。


俺達はそれをどうする事も出来ずに、ただ見ているだけだ。

時折助けを求めるような視線がオーゼルから向けられるが、残念ながら助けることが出来ない俺達は目を合わせるようなことはしない。


だってレジルが怖いから。


「お嬢様は昔からそうでした。ご自分が面倒だと思ったことを避けるのが実にお上手で」

「あ、あらそうでしたか?そう言われると照れますわね」

「褒めているとでも?」

「……滅相もございません」

こうして見ていると完全にオーゼルはレジルに心を折られている。

教育係だったというだけあって、オーゼルが過去にしてきたことを知っているし、その性格まで把握されている。

これほど説教が身に染みる人間は他にいないだろう。


俺達も流石にオーゼルが疲弊していくのをただ見ているも辛いので、そろそろ助け舟を出したいところだ。

「あの、レジルさん?そろそろその辺りで…アイリーン様も反省しているようですし、俺達もそろそろ一息つきたいなーって思ったり…」

「ア、アンディっ。ありがとうございます!」

助け舟が出されたことに笑顔と涙が同時に湧き上がったオーゼルは、今置かれている苦境から解放されると分かって、俺を神と祈らんばかりの勢いだ。


「ああ、これは失礼しました。お客様を放置して感情のままに動くなんて…」

「ええ、ええ!そうですわね!お客様を放って置くなんて―「先にアンディさんとパーラさんをお部屋の方へお連れしなさい」―え」

鬼の首を取ったようにレジルの非礼を弾劾するオーゼルだったが、レジルは給仕の人間に俺とパーラの世話を任せ、自分はオーゼルの説教を続けるようだ。

あのまま殊勝な態度をとっていればよかったのに、なんて馬鹿な真似を…。


「どうやらお嬢様はまだ反省し足りないようですね。これは貴族としての振る舞いをもう一度教え込む必要があるでしょう。さあ、私の部屋でゆっくりとお話をいたしましょう」

「え……あの、私、長旅で疲―」

「不服ですか?」

「わ、ワーイ、オハナシ ウレシイデスワー…」

すっかり目から光が失われたオーゼルは連行される罪人のように顔を俯かせてレジルの後に続いて部屋を出て行く。

途中でオーゼルは一度俺達の方を見たが、諦めの色が濃い顔はほとんど死人と変わりない生気の無さだ。

それほどの恐怖を植え付けられるとは、レジルとの力関係はよっぽどかと思わせた。

完全に自業自得だし、レジルのあの剣幕を見てしまった以上、助けを出すのはどうしても腰が引ける。


そっと視線を逸らし、俺達は手元のお茶に手を伸ばす。

すっかり冷めてしまっていたが、今はとにかく喉が渇いていたのでこれで十分だ。

オーゼルも取って食われるわけでなし、俺達はただ待つことにしよう。


二人が部屋を出て行ったところで、俺達を部屋へと案内する人が現れたので今日世話になる部屋へと移動する。

俺達に用意されたのは2階の奥まった所にある部屋のため、受付の両脇を抜けるようにして伸びる階段を上る。

その際に、一度だけ振り返り、どこかにいるであろうオーゼルの心の平安を密かに祈っておいた。

強く生きてくれ。

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