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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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近頃はマタギのなり手も減ってきているらしい

木々の生い茂る森の中、草を踏み均し、低木を薙ぎ払いながら走る大な影が一つ。

その影はランドディアと呼ばれる魔物の一種で、見た目は前に突き出した角が特徴的な鹿なのだが、体の大きさが尋常ではない。

普通の鹿は体高1メートルが精々だというのに、ランドディアは2メートルを優に超える体躯だ。

おまけに角もかなりの大きさで、角だけで1メートル近くはある。

全体の高さを見ると4メートルに迫りそうなほどだ。


草食動物にしては獰猛な性格から、縄張り争いが起こると言われる春先には小さな森程度であれば生息する魔物の勢力図を書き換えることもあるという強力な魔物なのだが、その強者の部類に分けられるはずのランドディアは今、何かに追われるようにして森の中を疾駆している。

その背後からはランドディアと比べて随分と小さな影が追従していた。

地面を走るだけに飽き足らず、時には木を蹴るようにして上っていき、枝から枝に飛び移るなどして森の中を高速で移動するその影こそ何を隠そう、この俺である。


ギルドの依頼でランドディアの角を必要としているのだが、前日から森の調査に勤しみ、今日ようやくその姿を見つけることが出来た時は小躍りしたぐらいだ。

早速ランドディアの前に姿を現すと、その獰猛さゆえに俺のことをすぐに敵と認識し、突進しながら角を槍の様にして俺を串刺しにしようとしたところを、角を傷つけるのを嫌ってカウンター気味にその首を叩き切ろうとしたのがまずかった。


突進をいなすようにして躱し、ランドディアを正面に捉えなつつ、その左側に回り込みながら大上段からの剣を振る、我ながら会心の出来だと自負したが、残念ながら一歩及ばずという結果になる。

思ったよりも毛皮と筋肉が防御力が高く、強化魔術で振られたにもかかわらず、刃が大分浅い所で止まってしまい、絶命するに至らなかった。


その一度の交差だけで彼我の実力差を覚ったのか、突如身を捩らせたランドディアは俺から距離を取ると、そのまま振り返って逃走してしまった。

わき目も振らずに一直線で逃げる姿に一瞬呆けたが、すぐに立ち直るとその後を追う。


鹿というのは元々生命力が強い生き物で、猟銃などで撃たれても急所が外れていればそのまま走り去るぐらいのタフさがある。

俺が先程つけた傷程度では逃げ足を鈍らせることすら出来ていないようだ。


先を走るランドディアに引き離されないように付いて行くのが精一杯で、魔術で攻撃を加えようにも角を傷つける恐れがあるし、なによりも向こうの移動スピードがありすぎる上に木々を避けるために左右に動くので狙いも付けづらい。

そうなるとこうして後を追う形は非常にやり辛いのだが、そこはしっかりと手を打ってある。


時折土魔術で石礫を飛ばしてランドディアの逃げる方向をコントロールしてやりながら走り続けて10分ほど経っただろうか。

流石にそろそろ追いかけっこにも飽きてきた俺の心境を覚ったというわけではないだろうが、突然ランドディアの頭が後ろへ仰け反るのと同時に、その体勢を崩して前のめりに倒れ込む動きを見せる。

足をたたむように頽れるランドディアはその巨体に見合うだけの轟音を当たりに響き渡らせ、完全にその動きを止めた。


ようやく追いついた俺はランドディアの不意の動きを警戒しながら接近し、絶命しているのを確認したところで先の方にある藪に向けて手を振る。

すると藪をかき分けてパーラが出てきた。

手には銃を持っており、小走りで俺の方へと近付いてくる。


「お疲れパーラ。いい腕だ」

「ありがと。アンディの誘導も上手かったよ。見事に私の伏せてる藪の真正面にランドディアが姿を現したんだから」

「ま、かなり遠回りしたから疲れは大きいけどな」

お互いの働きを褒め合い、狩りの成功を笑顔で喜ぶ。


ランドディアを倒したのは藪に潜んでいたパーラによる銃の一撃だ。

実はランドディアが逃げだした時に、パーラに森を大きく迂回して待ち伏せるように指示を出していた。

合流する地点は前日に野営をした場所と決め、パーラが待ち伏せの体勢を整えるまでの時間を稼ぐために、なるべくランドディアを遠回りさせるようにして誘導し、見事打ち殺すことに成功したというわけだ。


ランドディアの額にはごく小さな穴が開いており、それが銃による傷だと分かる。

角には特に傷らしい傷も無い、狩りとしては上々の結果と言えるだろう。

他にもその巨体から得られる素材の量を想像するに、かなりの額に換金できるはずだ。


とりあえずその場で血抜きと簡単な解体だけを済まし、森の外に隠してあったバイクの所まで獲物を運び、リヤカーを広げるとそこに乗せて出発となった。

この森から王都までバイクで飛ばせば日暮れまでには着けるので、早々に森を後にしたかった。


街道を走るバイクは後ろに牽かれるリヤカーの他に、左側にサイドカーが取り付けてあり、そこに今はパーラが座っている。

「んー…サイドカーっていいね。背もたれがあるのはもちろんだけど、脚を延ばせる快適さは有り難いよ」

グーッと伸びをしながらそう言うパーラは、サイドカーの背もたれに思いっきり身を預けてリラックスしているようだ。

「長旅になると運転しっぱなしも辛いからな。疲れて交代したときに快適に過ごせるほうがいいだろ」

「そうだね…えー…っと。アンディ、背もたれを倒すのってどうやるんだっけ?」

先程からなにやらゴソゴソと動いていたパーラは、どうやらリクライニングを楽しむつもりのようだった。


サイドカーには背もたれを倒すことができるリクライニング機能が付いており、フルフラットまで倒せば脚を延ばして寝るぐらいは出来るだけの余裕がある。

これも長い移動時間で疲れを軽減させるためクレイルズに頼んでいたもので、それを知ったパーラは面白がって行きの道中はずっと横になっていた。

まあ朝早かったのもあって途中で寝ていたが、それだけ快適な環境だということだろう。


「椅子の左脇にあるレバーだ」

「あぁそうそう。そうだった」

ガチガチという音を立ててパーラが後ろにゆっくりと倒れていく。

しばらくゴソゴソと身じろぎをしたと思ったらピタリと動きが無くなり、チラっと視線をそちらに送ってみると実に心地よさそうに寝入っていた。


バイクを運転している俺を放っておいて自分だけさっさと眠るパーラの態度に言いたいことはあるが、昨日今日と森の中で目標の補足と追跡、さらにはとどめの攻撃をこなしたパーラにはそうしていい権利はあるので、俺は黙って運転手の役に専念しよう。

俺も何か探知能力に応用できる魔術の使い方を考えようかな?


日暮れに差し掛かった頃の王都の門を潜り、俺達はギルドへとバイクごと乗り付けた。

倉庫にいる職員に依頼の品であることを告げ、獲物を預けてから受付へと続く通路を抜けてギルドのホールへと出る。

この時間帯は依頼に出ていた冒険者が帰ってくる時間でもあるので、ギルド内は大勢の人でごった返していた。

適当に空いていた窓口に並び、早速以来の達成を報告する。


「どうも、依頼達成の報告にきました」

ギルドカードを受付の女性へと手渡し、依頼の品を倉庫に既に搬入済みであることも言っておく。

ついでに持って来たランドディアの肉と毛皮も買い取りを依頼した。

「かしこまりました。それでは依頼の品の確認と査定にお時間を頂くことになりますので、そちらのテーブルでお待ちください」

「わかりました。よろしくお願いします」

パーラを連れて適当なテーブルについて待つことにした。


「あとは俺一人でいいから、パーラは先に帰ってもいいんだぞ?」

「ううん。私も一緒に待つよ。どうせ知り合いもいないから暇だし」

まあ確かに王都にいる知り合いと言えばクレイルズぐらいだし、この時間から遊びに行ける場所などほとんどないのだから、こうして俺と一緒に待つ方がいいと判断するのも納得だ。


とりあえず待ってる間に装備品の点検と簡単な清掃だけはやっておく。

今身に着けている防具らしい防具と言えば、鉄製の小手と脛当てぐらいなもので、胴体には鎖帷子しか着ていない。

以前身に着けていた革製の胸当ては俺の体の成長によって合わなくなったので、今は動きを阻害しない鎖帷子だけとなっている。


この鎖帷子は刃物に対してある程度の防御能力を発揮してくれるが、衝撃に関してはあまり期待できないので、正面切って攻撃を受けるのは厳禁だ。

そのうち体の成長が止まったら何かいい防具を揃えたいと思っているが、未だ成長期真っ盛りのこの身では当分先のことになりそうだ。


武器は相変わらず剣の腹の部分が空いている奇抜なものをそのまま使っているが、当初の期待を裏切り、まだまだ現役で使えそうなぐらいに傷みが少ないのは嬉しい誤算だ。

今日ランドディアを切った時に、多少の歪みが出たが、それも鍛冶屋に持っていって叩き直せば問題なく使える程度なのだから、この武器を手に入れたあの時の俺にグッジョブをあげたい。


隣ではパーラも装備を点検しているが、身に着けているのは俺と同じ鎖帷子に小手と脛当てだが、こちらは薄い鉄製の胸当てを付けている。

これは以前からパーラが使っていたものを手直ししたもので、元々の品がいいからか、サイズを調整するだけでそのまま使えていた。

なんでも初めて行商に出るときに兄のヘクターから買ってもらったものらしく、思い入れもあるため、大事に使っていきたいそうだ。


男性と違って女性は体の成長が早く、しかも体型の変化もそれほど激しくないため、装備のサイズ調整だけで意外と長く使い続けることができるのだから経済的で羨ましい。

俺の隣でパーラが銃をバラして整備する姿は、なんだか映画で見た軍隊物を想起させ、このファンタジー世界において違和感をもたらしているように感じる。

まあこの感覚を覚えるのは俺だけだろう。


パーラは銃を使うようになってからは、自分で簡単な整備が出来るようにクレイルズの元へとしばらく通っていたため、今では多少の不具合は自分で調整できるようなっている。

もしパーラの手に負えないレベルで銃の部品が破損した場合、重要部分以外はある程度の腕を持つ魔道具職人か鍛冶師であれば複製を作る事も出来るし、弾丸も鍛冶師見習いでも作れるぐらいのものなので、意外と運用・維持には余裕が持てそうだ。


ニコニコと笑顔で銃の整備をする少女という姿に、どことなく居心地が悪い気持ちを覚えていると、突然背後から声が掛けられた。

「…アンディ?あなたアンディでしょう?」

女性の声に振り向くと、そこには華美な刺繡が施されたローブを身に纏い、深くフードを被った何者かの姿があった。

高級そうなローブに物腰の柔らかい話し方という、明らかに普通の冒険者とは違う品の良さが感じられる。

随分と奇妙な印象を与える人物が俺の名前を知っていることに僅かな警戒感を抱く。


「確かに俺の名前はアンディですが、どちら様でしょうか?」

俺が忘れているだけでパーラが知っている可能性も考え、声で人を判別できるパーラに視線で尋ねるが、首を振られてしまう。

ということは、パーラと一緒に旅をするようになる前に会ったことのある人物ということになる。

だがこんな怪しさ全開の格好をする知り合いに心当たりはなく、内心首を傾げていると、女性がフードを脱いだ。


「あぁ、フードを被ったままでしたわね。…私ですわ!」

バーン!という効果音が聞こえてきそうなぐらいに身を仰け反らせて存在をアピールするその人物は、なんと以前レースで1着を争い、さらには遺跡の発掘を共にしたオーゼルだった。


「あ、オーゼルさんじゃないですか。お久しぶりです」

「なに?アンディの知り合い?初めまして。パーラです」

「軽い!もっとこう、久しぶりの再会を喜ぶ感動はありませんの!?それと、はじめまして。オーゼルですわ」

初対面の2人はとりあえず丁寧に挨拶を交わす。


「いや、そりゃ久しぶりに会った感はありますけど、1年ぶりぐらいでしょう?長年離れてたわけじゃなし、感動するほどでもないでしょう」

「はぁ~…なんて可愛げのない…。普通、子供の1年なんて10年ぐらいに感じる物でしょう?」


言いたいことは分かるが、この一年は怒涛の如く忙しく過ぎ去っていったから、時間の遅さを感じる暇もなかった。

オーゼルの言う子供らしさなんてのは俺には最も縁遠い言葉だろう。


「だとしても感動にむせび泣いて抱き合うなんて俺のガラじゃないですよ。もしかしてそうして欲しかったんですか?」

「まさか。私もそうして欲しいなんて思えませんの。第一、そんなことすればアンディの偽物を疑いますわ」

感動の対面を欲しがったり、したらしたで正体を疑うとはなんなんだ。

「…まあ久しぶりに会ったんだし、まだでしたらこの後食事でもどうです?俺達は今依頼の報酬査定を待ってるんで、それが済んでからとなりますが」

パーラに目線で承諾を求めると、頷きが返って来たので、あとはオーゼルが承諾するだけとなった。


「そうですわね。私もあなたに話ができましたし。店の方は私のおすすめを選ばせてもらいましょうか。…ここを出て貴族街の方へと歩くと見えてくる長靴と帽子が意匠に使われている看板、その店においでなさいな。私は先に行って席を用意しておきますわ」

「分かりました。では後ほど」

席を立って出口へと向かうオーゼルと入れ替わる様に、査定結果を携えた職員がこちらに歩いてくるのに気付いた。

とりあえずさっさと報酬を受け取って件の店へと行こう。







ギルドを後にした俺達はオーゼルに言われた通りに貴族街の方へと向かって歩く。

この貴族街だが、実は正式名称ではなく、あくまでも貴族が多く屋敷を構える区画を指す俗称なのだが、誰が言い出したのか、かなり昔からそう呼ばれているため、今では貴族街といえばあそこで通じてしまうぐらいに定着していた。

エイントリア伯爵家の屋敷もここにあるため、付き合いのある俺達にしてみたら意外と馴染みのある場所だ。


一応ある程度の地理に覚えはあるが、それでも見知らぬ店となると見落としもあるため、目印となる看板を注意して探しながら歩いていた。

手持無沙汰気味の俺達は、何とはなしにパーラから会話が始まる。

「それにしてもランドディアの毛皮って結構高く買い取ってくれるんだね」

「みたいだな。聞いた話だと、ランドディアは角から毛皮、肉に骨まで全部余さず用途がある生き物らしい。俺達が持ち込んだのは一頭丸ごとだったからいい値段になったんだとさ」


ランドディアは毛皮はそのまま敷物にも衣服にも使えるし、肉は滋養強壮にいいとされている。

角は粉末にすれば薬になるし、加工の仕方によっては高級家具の装飾品にも使えるため、あの大きさでもあっという間に買い取られていくらしい。

ちなみにランドディアの名前の由来は、大昔にランドディアを研究していたランドルという生物学者から取られているらしく、その他にもランドボアなどの名前も彼から来ている。

「へぇー。それならもっと皆で狩りに行けばいいのに」

「そう簡単にいかないのがランドディアなんだよ」


今回俺達はランドディアを仕留めるのに2日かかっているが、これはとんでもなく短い時間だと言える。

元々ランドディアを仕留めるには、居場所を突き止め、生活範囲を探って罠を仕掛け、弱らせたうえで仕留めるのがセオリーなのだそうだ。

だが、これはあくまでも理想とする段取りの話であって、実際はそう上手くいくことは無い。


罠にかかるまで何日も待つことはざらだし、よしんば罠にかかったとしても逃れようと暴れる巨体に攻撃を加えるために自分の身を危険にさらすことになる。

ランドディアは俺の強化魔術による剣の一撃に耐えるほどの防御力を持つため、弓矢などでは到底ダメージは与えられない。

自然と大物の武器を使っての近接戦闘を強いられるのだが、角による薙ぎ払いはあるし、後ろ脚による蹴り上げもあるため、近付くだけでも命がけとなる。


あまり時間をかけると今度は逃げ出すこともあるので、極短時間に致命的なダメージを与えて殺さなければならず、そのための人員と装備を揃えて挑んで得られる報酬は、人数で割るとそれほどでもないとくれば、あまり手を出す人間がいないのも仕方ないのかもしれない。


俺達はパーラの高い斥候能力と、俺の魔術による身体能力の向上をフルに使った追跡、おまけに最近手に入れた銃という存在のおかげで丸儲けという結果に行き付けただけだ。

他の冒険者が2匹目のドジョウを狙おうとしても死んでおしまい、真似は出来ないだろう。

有益な能力を持った人材と反則気味な武器を手にしている俺達は冒険者としては圧倒的に恵まれていると思う。

とはいえ、それに慢心せず、出来ることからコツコツとやることの大切さも噛み締め、これからもやっていければそれでいい。


「アンディ、あそこ。あれ、そうじゃない?」

考え事に沈みかけていた俺の意識を引き戻したパーラが指さす先には、確かに聞いていた通りの意匠の看板があった。

「長靴と帽子…確かにあれだな。店は……こっちか」

看板の吊り下げられている金具を辿って目的の店を見つけた。

他の店よりも一段奥まった位置に店の入り口があり、ドアの材質と装飾から高級そうな店という雰囲気がひしひしと伝わってくる。


まあ俺達はオーゼルに招かれた形になるので、特に気後れすることなくドアを開けて店内へと足を進めた。

店の中に入ってすぐに目に付くのは、まるで高級ホテルのロビーのような受付であった。

そこにいた品のよさそうな老紳士が俺達の方へと声をかけてくる。

「いらっしゃいませ。『五色の皿』亭へようこそ。ご予約のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

高級そうな店の雰囲気に違わず、どうやら予約必須の店のようだ。

何となく場違いな気持ちになるが、俺達をここに呼んだのはオーゼルなのだから怖じることなく名乗る。


「いえ、予約はありません。オーゼルという方がこちらにいるはずなんですが、俺達はその人の招待を受けています。俺はアンディ、こっちのがパーラです」

「これは失礼いたしました。お名前は伺っております。どうぞ、こちらへ」

そう言って手で行く先を示したのちに先を歩く老紳士に着いて行き、普通の客が食事を摂っている広間を横目にドンドンと奥へと歩いて行く。

途中、明らかに堅気とは思えない空気を纏った人間が立つドアを潜り、とある一室の前へと辿り付いた。


「失礼します。アンディ様とパーラ様がいらっしゃいました」

「中へお通しなさい」

老紳士がノックをし、入室の許可を仰ぐと、ドアの向こうからは聞き覚えのある声が返って来た。

ドアの脇にどけて軽く頭を下げた老紳士はそのまま室内に入ることなく立ち去っていった。

どうやらここから先は俺達だけのようだ。


既に入室の許可は降りているのでここでもう一度ノックするのはマナー違反だ。

なのでそのままドアを開けて室内へと入った。

中はちょっとした会議が開けそうなぐらいの広さに、部屋の中心に四角いテーブルがドンと置かれただけのシンプルな配置だった。

壁にかけられている絵などもあるが、その価値を俺が知るはずもなく、また興味もない為すぐに一人テーブルについているオーゼルに声をかける。


「お待たせしました。いやーすごい店ですね。ここまで案内してくれた人も随分ちゃんとしてましたし、店の造りも落ち着いた雰囲気で高級感漂ってますよ。おまけに途中で警備がいる料理屋ってなんですか」

「ここは貴族も利用する店ですもの。警備がいるのは当然でしょう?それにここって歴史のある店で、アシャドル建国期から営業しているらしいですわよ。さ、好きな席におかけになって」

オーゼルを上座に、俺とパーラが並んで対面についた。


「まずは乾杯でもと言いたいところですけど、あなた達はまだお酒は飲めませんのね。果実水もいいでしょうが、最近流行ってるカクテルなんかいかがかしら?酒精が弱まって飲みやすくなるとか」

カクテル、よもやその言葉をここで聞くことになるとは。

元々カクテルというやり方は俺が始めたことだが、ヘスニルでは大分一般的になっていたから王都にも広まっていてもおかしくはないか。

とは言えまだまだ子供の身である俺は果実水だけにしておこう。

パーラも同じだ。


テーブルの上に置かれた呼び鈴をオーゼルが鳴らすと、すぐに給仕の女性が現れ、料理を頼んでいく。

この場はオーゼルが招いた側であるため、料理の注文を決めるのはオーゼルがやるのが通例となる。

当然支払いもオーゼル持ちだ。


先に運ばれてきた飲み物をそれぞれのグラスに注いでから乾杯を交わし、料理が来るまでの間、しばしの歓談となる。

「まあ、それではアンディと一緒に店を持っていたということ?」

「うん。ここにはいないけど、ローキスとミルタっていう友達と一緒にね。今はその2人が店を引き継いでるの」

既にパーラとオーゼルは同じ女同士ということもあって打ち解けているようで、ここ最近までのことを気軽に話し合う程度には仲も深まっていた。


「そうでしたの。そのハンバーグとやらを私も食べてみたいですわね」

チラリと俺を見るオーゼルの目は作れという催促が込められている。

「いや、無理ですよ。あれは材料の他に、窯も必要なんです。すぐにこの場でというわけにはいきませんから。その内ヘスニルに行って食べて下さいよ」

完全なハンバーグを食べるには、設備の整っていないところで俺が作るよりも、ちゃんとした本店であるびっくりアンディで食べて欲しいという意味を込めての言葉だ。


「機会があればそうするとしましょう。…ところで、2人とも。次は旅か依頼で用事があったりしますの?」

「いえ、今日依頼をこなしたばっかりですから。少し休みを挟んでからまた何か依頼でも受けようかと思ってますけど」

「そうですか。でしたら、あなた達、私からの依頼を受けるつもりはありませんか?」

それまでの和気あいあいとした空気から一転して、真剣な顔つきに変わったオーゼルの口から飛び出したのは、俺達に対する仕事の依頼だった。

「依頼…ですか。まあオーゼルさんとの仲ですし、受けるかどうかは内容次第ですよ。もしかして、今日ギルドに来ていたのもその依頼に関連してですか?」

「ええ。今日ギルドに行ったのは護衛の手を集めるためでしたの」

それからオーゼルは依頼の内容について話し出した。


訳あって祖国に帰る必要が出来たオーゼルだが、春先のこの時期は盗賊が活発に動き出すため、街道を行く自分を守るための護衛が欲しいそうだ。

だがここでわずかに腑に落ちない点が出てくる。

オーゼルにはジェクトという鳥型の騎乗動物がいたはずだ。

ジェクトの足は俺のバイクと競り合うだけの速さがあるため、盗賊に襲われたとしても逃げきれると思うのだが、なぜわざわざ移動が遅くなるリスクのある護衛を引き連れるのか尋ねてみた。


「確かに普通の状態ならジェクトの足で逃げ切れないことはないのでしょうけど、今は状況が悪いのです。…実はジェクトが体調を崩しておりますの」

「体調って…かなり悪いんですか?」

「いえ。それほど深刻なものではないのですけども、少々長旅は厳しいかもしれませんわね」

聞けば去年からこの辺りに来ていたせいで、近年稀に見る冬の寒さにジェクトが参ってしまい、全力で走るのが躊躇われるぐらいに元気がないそうだ。

一応ジェクトを診察した獣医によると、元々の環境に近い状態で休ませるのが一番だということもあって、丁度国許へと戻るのに合わせてジェクトも連れて行くことにした。

だがそうなると盗賊の襲撃を警戒する必要があるため、護衛を雇うという先程の話に戻るというわけだ。


大凡の話は分かったし、どうやら困っているであろうオーゼルを助けるのもやぶさかではないので、護衛の依頼を受けてもいいと思っている。

「…俺はこの依頼受けてもいいと思ってるけど、パーラはどうだ?」

一緒に旅をする以上、仲間の意見を無視することは有り得ないので、パーラの意思も確認しておく。

依頼を受けるかどうかは2人で納得した上でと決めているので、パーラの意見によっては断ることもあり得る。


「受けてもいいと思うよ。アンディがお世話になったオーゼルさんが困ってるんだし、助けてあげるのが世の情けってもんでしょ」

まあ世話になったというのは微妙な所ではあるが、満場一致で依頼を受けることが決まってよかった。

というか世の情けって、その言い回しは誰から聞いたんだ?俺か?


俺達のやり取りを聞いていたオーゼルは護衛が決まったことで大きく安堵の息を漏らしていた。

「よかった。長い旅になるのですし、なるべくなら気心の知れた人達と一緒に居たいと思っておりましたの。おまけにアンディの魔術師としての腕は信用してますしね」

「それはまた、随分と買ってくれてるみたいですね。ところで長い旅といいましたけど、目的地はどこなんです?」

護衛を受けることは決めたが、目的地を聞いていなかったことにたった今気づいた。

どうも久々の再会に俺も知らず浮かれていたようだ。


「目的地はアシャドル王国から南にあるソーマルガ皇国。…今明かしましょう。何を隠そうこのオーゼルというのは仮の姿。私の本当の名はアイリーン・オーゼル・マルステル。ソーマルガ皇家に連なるマルステル公爵家が末子ですわ!」

ババーンという効果音が相応しいぐらいに席を立ってポーズを決めるオーゼル。

「へーそうだったんですか」

「アンディ、グラスが空いてるけど、お替わりいる?」

「おう、頼むわ」

空いている俺のグラスにすかさず果実水を注いでくれるパーラは実に出来た子である。


「……何を隠そう!「あ、ちゃんと聞こえてましたし、理解もしてますから」…そうですか」

尚も名乗りを続けようとするオーゼルに、ちゃんと聞こえていたことを告げる。

ショボーンと椅子に座り直すオーゼルの姿は、どこか哀愁が漂っていた。

まあ何となくオーゼルが貴族の出だとは以前から感じていた。


教養が感じられる物腰に、身に着けている物も質の良い物ばかりとくれば、出自を平民と思うのは無理がある。

パーラも何となく貴族だと感づいていたはずだ。

なにせ長い事伯爵家と親交があったのだから、貴族の空気というものを感じる事も出来るだろう。

まあそれでも公爵家ほどの大物というのは予想外ではあったが。


とはいえ渾身の種明かしを潰された形のオーゼルの凹みようは見ていて忍びない。

なんとも居た堪れない空気は料理が運ばれてくるまでの間続いた。

これほどまでに料理を待ちわびた時間は初めてだった。

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[気になる点] >天を仰ぎ見るようにして首を振るオーゼルは、心底 心底、の後の文章が何か欠けているような気がするのですが。
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