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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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異世界には銃刀法など存在しない

瞬く間に季節は巡り、豊作の秋が過ぎると訪れた冬は、例年にない大雪に見舞われ、ヘスニルではスケートが大流行りするなど一風変わった過ごし方を楽しみながら、再び命が芽吹く春がやって来た。

冬の間は雪に閉ざされた街道をバイクで通ることが躊躇われたため、雪が解けてから旅立ちをと決めていた。


既に知り合いと世話になった人達への挨拶は済んでおり、長い旅へ備えて物資も揃え、肌寒さと日差しの暖かさを感じる晴れの日の朝、俺達は旅立つためにヘスニルの街門にいた。

この日のために店の開店を遅らせたミルタとローキス、家の仕事を抜け出してきたマースに神父のナルシュに、パーラの風魔術の師匠であるメルクスラと、付き合いが濃かった面々が朝の街門までわざわざ見送りに来てくれていた。

そして驚くことに、エイントリア伯爵夫人であるセレンが直々に足を運んでいた。


「ごめんなさいね。うちの人も見送りに来たがったんだけど、今お客さんが来ててそっちにかかりっきりなのよ。マクシムもそっちに付いてるから、見送りは私だけなの」

心底申し訳なさげな顔をするセレンだが、見送りに来てくれただけでも嬉しかった。

「いえ、ご足労頂いただけでも有り難く思います。パーラも世話になりましたから、見送りに来てくれて喜んでいますよ」

そう言ってから俺の横に立っていたパーラの背中を少し押してセレンの方へと近付ける。

すると自然とセレンとパーラの間の距離が縮まり、そっと抱擁を交わして別れを惜しむ。


小声で何か話しているが、2人だけの別れの言葉だろうと思い、内容に耳を傾けるような無粋な真似はしない。

抱き合う2人から少し離れ、ローキスに声をかける。

「多分少なくとも1・2年は帰って来れないと思うから、手紙ぐらいは出すよ」

「うん、楽しみに待ってる。店は僕とミルタでなんとかやってくから、もしかしたら旅先で噂を聞くかもよ?ヘスニルに最高に旨い料理店があるって」

「ははっ、そうなれば俺も顔を出す気が強まるかもな。そっちも楽しみにするさ」

軽口を叩きながら別れを惜しむが、今生の別れでもなし、暗い雰囲気にはならない。


それからその場にいる面々にそれぞれ別れの言葉を言い、いまだに抱き合ったままのセレンとパーラの元へと歩いて行く。

そこでは何故かミルタも抱擁の輪に加わっていた。

どうもセレンから抱き寄せたようで、半ばヘッドロックが決まっているように思える。


「セレン様、私がいなくてもミルタを可愛がってあげてください」

「ええ、そうね。パーラちゃんの代わりというわけではないけど、ミルタちゃんも娘の様に可愛がるわ」

パーラを抱く手とは反対の手に抱き寄せられていたミルタをさらに強く抱き、そのせいでミルタが苦しそうに身じろぎをする。


「セレン様、そろそろ行きますから、2人を離してやってください」

「…名残惜しいわね。パーラちゃん、体には十分気を付けて」

「はい。ありがとうございます。…ミルタ、色々と大変だろうけど、頑張ってね」

その色々にはきっとセレンのことも含まれているのだろう。

「うん、パーラちゃんも元気でね」

最後にパーラとミルタが一度強く抱き合うと、そこへ駆け寄ってきたマースも加わり、3人でしばしの抱擁をして、誰からともなく離れるとパーラだけがその場を離れる。


先にバイクに跨って待っていた俺の後ろに座ったパーラを確認して、バイクを門の外へと向けてユックリと発進させた。

門を潜る時に一度だけ後ろを振り向くと、まだ俺達を見てくれている人達がいて、その中でもミルタとマースが精一杯体を跳ねながら手を振っているのが分かる。

更に門の横にあったビカード村の避難所の入り口にも見送る人が何人かおり、その中にはビカード村の村長の姿もあった。

子供たちも結構な数がおり、皆大声で何かを言いながら手を振っていた。

それらに応えてパーラも負けじと手を振り返し、それはお互いの姿が見えなくなるまで続いた。


てっきり涙の一つでもあるかと思ったが、パーラは元々兄妹で行商をしていたこともあり、こういった別れは初めてではないし、またその内会えるということもあって悲壮感は全くない。

ただ、やはり別れの寂しさだけはいかんともしがたいようで、俺とパーラの間に会話が生まれるのはヘスニルと離れてしばらく走ってからとなった。





さて、ここで俺達の旅の目的地に着いて考えよう。

まず最初の目的地として、人と情報が盛んに行き交う地としてペルケティアの主都マルスベーラを候補に挙げた。

ペルケティアというヤゼス教の総本山であれば何か面白い話の一つでも転がっているかもしれないし、しばらく顔を見ていないシペアとも会う機会があると思ったからだ。

それに関してはパーラも賛成してくれたので、一路ペルケティアを目指すことにしたのだが、その前に一度、アシャドルの王都へと寄ることにした。


用事としてはバイクの車検と、以前修理を頼んだままとなっていた物を受け取ることだ。

ヘスニルで冬になる前に一度クレイルズから手紙が届いたのだが、その時に預けていた銃の修理が完了したことを知らされたので、旅に出る前に顔を出そうと思っていたが、なんやかんやで延び延びになり、こうして旅のついでに立ち寄るということになってしまった。


バイクでの移動は普通の馬車や馬での移動よりもずっと早いため、それほど急いでいるつもりはなくとも王都へはすぐについてしまう。

昼を少し過ぎた頃の王都は喧騒も盛りといった様子で、王都を囲む城壁に空いた門の前には大勢の人が行き交い、その賑わいでこの地が国の中心地であることを改めて知らされた。


以前王都に滞在していた宿は金銭的な理由から使うことは躊躇われたので、今回はごく普通の宿に泊まることにした。

適当な宿を探して王都の通りを進むと、途中で何度かバイクによく似た乗り物とすれ違うことがあった。

よく似た乗り物と言ったのは、2輪車としてのバイクの形はしているが、後輪の両サイドに小さな車輪が付いており、それはまるで自転車の補助輪の様で、バイクに補助輪が付いているというのが俺の目にはおかしなものとして映った。


乗っているのは身形の良さから貴族か有力商人といった立場にいる人達のようで、自分が乗っている魔道具の乗り物を自慢したいのだろう。

パレードの様に王都の通りをユックリと流している光景は、久しぶりの王都が随分と様変わりしたように感じた。


バイクが置ける宿を確保し、荷物を部屋に置いた俺達は身軽になったその足でバイクに跨り、クレイルズの工房へと向かった。

パーラもバイクを運転することがあるので、もしかしたら車検を頼むこともあるだろうと、今回顔合わせをしておこうと思ったのだ。


「そういえばパーラはクレイルズさんに会うのは初めてか」

「うん。王都にいる間、アンディと一緒にいたら会う機会もあったかもしれないけど、セレン様が離してくれなかったから」

「…そうだな。あの人は実の息子よりもパーラにべったりだもんな」

女同士の楽しさというのもあるのだろうが、セレンがパーラへ注ぐ愛情は実の子供へのそれを超えてる気がする。


工房へと着くと、以前来た時よりもさらに片付けられている入り口付近に、弟子のホルトが立派にやっているのを思い、自然と大きく頷きが出てしまう。

なにせ、初めてここに来た時はごみ屋敷を連想させる散らかりようだったからな。


「パーラ、悪いんだけどバイクをそっちの搬入口の前に持ってってくれるか?俺は工房の人に声かけてくるから」

「わかった」

俺は工房の入り口へ、パーラはバイクを運転して少し離れた所にあるガレージへの入り口の前で待機する。

それを見届けてから工房のドアを強めにノックする。


やや待ってドアの向こうに人の気配を感じると、誰何の声を掛けられることなくドアが開かれていった。

「どちらさまでしょう?おや、アンディさん、いらっしゃい。車検ですか?」

「まあそれもあるけど、頼んでたものを受け取りにね。クレイルズさんは?」

「師匠なら今倉庫の方にいますから、そちらへどうぞ。バイクは俺が運びますよ」

「あ、バイクは俺の連れが搬入口の前に停めてるから、先に行って開けてくれるか?」

「わかりました。では」

軽快に走っていくホルトの後姿はどこか嬉しそうな気配を背負っており、またバイクに触れることを喜んでいるのだろう。


ホルトに少し遅れて倉庫へと入ると、そこにはクレイルズが隅にある机に向かって何やら作業をしていた。

そちらに近付いて行くとテーブルの上にあるものがはっきりと分かってきて、どうやら預けていた銃を弄っているようだ。

テーブルの傍らには恐らくバイクに取り付けるサイドカーと思われる車輪の付いた流線型の物体が置かれている。

「クレイルズさん、お久しぶりです。それ、預けてたやつですよね?それにサイドカーも」

「うん、久しぶり。そう、例の銃だよ。こっちのサイドカーは完成してるから後でバイクに取り付けるね」

俺の接近には気づいていたクレイルズは、横合いから掛けられた俺の声に特に驚くことなく銃を手に持ってこちらに掲げるようにして見せてきた。


預けた時よりも形状は幾分変わっているようで、いわゆるショットガンの形から単発式のライフル銃のようなシャープな形に変わっていた。

持ち込んだ時よりも銃身が延長されているが、魔道具職人としてのクレイルズの腕に不安はないので、機能的な心配はしていない。

角度をいろいろと変えながら銃を見ていると、クレイルズから補足が入る。


「形状はアンディが持ち込んだ図案の中から再現のしやすいものを採用、それと各部品の補強も施してある。要望のあった照準器ってやつも作ってあるから。それと、これ。スコープってやつだっけ。注文通りに水晶を使ってあるから少し割高になったけど、強度と望遠距離の要求性能は満たしていると自負できるね」

銃には照準を付けるための照星と照門があり、さらにスコープを取り付ければ見た目は立派な狙撃銃が出来上がる。


この世界では一応モノクルというものが存在したが、凹レンズと凸レンズの概念があるかどうかは分からなかったので、クレイルズにダメ元で頼んで、いくつかのレンズから望遠鏡の効果を発揮する組み合わせを見つけてもらい、それを筒の両端に取り付けた原始的なスコープの制作を依頼していた。

正直あまり期待していなかったが、少し覗いてみると意外と望遠効果は高く、これ単体だけでも価値の高さは計り知れないぐらいだ。


「…ん?クレイルズさん、これってもしかして弾倉ですか?」

トリガーガードのすぐ前にあった出っ張りは、どうやら弾倉のようで、正直魔力を弾丸にして発射するこの銃には必要ないと思うのだが、もしかして俺が渡した図案に則って作ったのだろうか?

「あぁ、それね。この銃って奴は魔力を打ち出す機構だったんだけど、ちょっとそれじゃあ実用的じゃなくてさ。あれ、見てよ」

クレイルズが指さす方向に目を向けると、その先にある壁に2センチほどの穴が空いていた。


その穴を覗き込んでみると、壁の向こうに貫通こそしていないものの、厚い鋼材に穿たれているという事実が破壊力の高さを物語っている。

「調整中に一度暴発してね、たまたま僕だけしかいなかったからよかったけど、当たってたら怪我じゃ済まなかっただろうね。ちなみに、ここの壁は城の門に使われるぐらいの強度の鋼が使われてるから、それに穴を空けるって相当な威力だよ。…まぁそれはいいとして、問題なのは銃の魔石に充填してた魔力が一度の発射で全部使われちゃったことなんだ」


この銃の魔力を弾丸として使えるようにしていた元々の機構が再生不能な状態であったため、クレイルズが自分のアレンジを加えて何とか再現したところ、本来は何度かに分けて発射されるはずの魔力が、どういうわけか一度に全部放出してしまうという問題が出てきたそうだ。

一定の威力を保持して、しかも連発出来るようにするというのがどうしても出来ず、どうしたものかと悩んでいたが、銃の構造を色々と詳しく調べていくと、どうも魔力をそのまま撃ち出すだけではなく、実体のあるものも撃ち出していた形跡があった。


その考察に基づいて銃口の大きさと銃身内に刻まれた溝から撃ちだしていた物の大きさを割り出すと、それに合わせて作り出した弾丸が今、銃に取り付けてある弾倉に込められていた。

弾倉を外して弾丸を一つ取り出してみると、大きさと形状が俺の知る弾丸と酷似しており、薬莢部分が無い分だけ短くなっているが、それも銃身に組み込まれている魔石から供給される魔力が炸薬の代わりをするので必要ないからだろう。


あっちの世界の兵器である銃弾をほぼ完璧に再現していると言える弾丸だが、正直今まで銃を知らなかった身で一からここまでたどり着いたクレイルズは天才なんじゃないかと思わせるものがある。

まじまじと弾丸を見つめていると、いつの間にか俺の隣に来ていたパーラも一緒になって弾丸を見ていた。


初対面となるクレイルズとパーラは顔を見合わせて名乗り合った。

「おや、君は初めて見るね。自己紹介をしておこうか。僕はクレイルズ、この工房の主だよ。あっちのは弟子のホルト」

クレイルズの指さす先では、実に楽し気にバイクを見分しているホルトの姿があった。

相変わらず珍しい魔道具には目がないようで、クレイルズの声は届いていないようだ。

「はじめまして。パーラです。アンディとパーティを組んでます。…それで、これは何?」

挨拶もそこそこに、俺が手に持つ銃に興味津々といった様子だ。


「こいつは銃っていう…まあ武器だな。トレント変異種を覚えてるだろ?あれは木の実だったが、こっちのは鉄の弾を撃ち出す機能を持った武器だ。前に遺跡の発掘品として手に入れたのをクレイルズさんに修理を頼んでたんだよ」

一応弾倉を取り外しているので弾が出る心配はないだろうが、銃口を覗き込まないことを厳に注意してからパーラに銃を手渡す。

目を輝かせて銃を観察し始めるパーラをよそに、クレイルズとの話を再開する。


「クレイルズさん、これはもう使えるんですか?」

「うん、一通りの試し撃ちは済ましてるからすぐにでも使えるよ。なんだったら今から試し撃ちにいこうか?生憎ウチじゃあ無理だけど、ギルドの訓練場を借りればいいしね」

クレイルズの提案に乗り、俺とパーラを連れて早速ギルドへと向かうことになった。

その間、クレイルズはホルトにバイクの車検とサイドカーの取り付けを指示していた。


道すがら、先ほどのことについて尋ねてみる。

てっきりサイドカーの取り付けはクレイルズ本人がやるものとばかり思っていたが、弟子のホルトに任せるぐらいに彼の腕を信頼しているということだろうか。

「クレイルズさん、ホルトにバイクのことを任せてましたけど、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。あの子もバイクを弄るのは初めてじゃないからね。ほら、今も通ってったろ。最近の王都じゃバイクがよく走ってるおかげで、ウチに修理を依頼に来る人も多いんだ。それをホルトにも手伝わせてたから、バイクの扱いは慣れたものだよ。車検とサイドカーの取り付けぐらいはやれるさ」


俺のバイクを作ったのはクレイルズなので、車検を任せるなら彼以上の適任はいないのだが、それなりに場数を踏んだとお墨付きをもらったホルトであれば任せても問題ないようだ。

ただ、クレイルズはバイクよりも銃の試射の方に興味があるようで、どうもこちらを優先したかっただけのような気がする。


ギルドに着くとクレイルズ自ら受付で訓練場の使用申請をした。

普通の訓練場であれば申請は必要ないのだが、今回俺達が使うのは弓や特殊な魔道具などを試すための専用の施設で、そこは本来であれば予約制なのだが、どういうわけかクレイルズが受付に行くとあっさりと使用許可が出てしまった。

なんでもこのギルドには照明や魔力波測定の魔道具などのメンテナンスで何度か訪れているため、ちょっとしたお願いなら融通してくれるぐらいに信用は得ていると言う。

コネ最高。


初めて足を踏み入れた特別訓練場は、どこか弓道場のような形をしており、10メートル先に盛られた土の前に等間隔で並べられた案山子をターゲットに弓矢などを撃つスタイルのようだ。

俺達の他にも何人か弓を使って訓練をしており、なるべく邪魔にならないように端の方で銃の試し撃ちを始める。


持ってきていた道具箱を広げたクレイルズから、弾丸の装填された弾倉を受け取る。

この弾倉は大きさこそ俺の掌ぐらいしかないが、内部にはバネによる弾丸の送り出し機構を除けば十分なスペースがあるため、指先程の大きさの弾丸が40発ほど装填されている。

「一応僕も何度か試し撃ちをしてみたんだけど、中々思ったようには飛ばなくてね。真っ直ぐ弾は出ていると思うんだけど、狙ったところに当てるのは一種の才能がいるんじゃないかな?」

「まあ弓矢と違って弾の飛び出しを目で追えませんからね。弓矢とは勝手が違うでしょう。…んじゃ撃ちます」


クレイルズから先に受けていた説明に則り、発射のための準備を粛々と進めていく。

銃身下部に弾倉を押し入れ、初弾装填のために本体後部に設けられているボルトを目一杯に引く。

この機構は本来であれば撃った後の薬莢を排出するための物だが、この銃の弾丸に薬莢は無い為、専ら初弾を装填するだけにしか使われない。

あとは撃っていけば薬室へ次々と弾丸が押し出されていく仕組みになっている。


ガチっという固い音がして、初弾が装填されたのを確認し、スコープを覗き込んで目標を狙う。

狙撃用のスコープには本来、覗き込んだ先にレティクルと呼ばれる十字の模様が浮かぶのだが、これにはそんなものはついていないので、狙いは大まかなものになる。

これはあとでクレイルズに相談しておこう。


目線の先にある案山子に、大体これぐらいという当たりを付けて引き金を引く。

当然ながら火薬を使っていないので銃声というのは発生せず、銃自体の機構が動くカシャンという軽い音と共に、ブンッという重低音が微かに鳴る程度で弾丸は発射された。

奇しくも消音効果を発揮している。

反動も思ったよりもなく、これも炸薬代わりにする点で火薬より魔力が優れている。


発射された弾丸は見事案山子のど真ん中に命中…―することはなく、その横を通り抜けて後ろの土の山に砂煙を上げるだけとなった。

「ね?難しいでしょ?どうもまっすぐ進むことは進んでるんだろうけど、そのスコープで覗き込んだところに確実に当たるってわけじゃないみたいだね」

「そうなるとスコープの方の調整も必要かもしれませんね。ちょっと提案があるんですが…」

早速先程考えたレティクルの件を相談しようとすると、パーラが俺の服の袖をクイクイと引っ張ってくる。

見ると好奇心に輝く目があった。


「アンディ、それ私もやってみていい?」

そう言えば俺が知る限りでは、この世界ではパーラが唯一弾丸を撃つという経験があったなと思い出す。

トレント変異種の実を使った簡易銃を扱った経験があるため、パーラがこの銃に興味を抱くのも納得できる。

「ああ、いいぞ。やり方は―」

一通り撃ち方を教え、幾つかの注意点を告げると、あとはパーラの好きにさせて俺とクレイルズはその場を少し離れ、銃の改良案の話し合いをし出した。




「それぐらいの改良ならすぐに出来ると思うよ。帰ってからやってみるとして、明日にでも確認に来てくれるかい?」

「わかりました。…少し長く話しすぎましたね」

思いの外話が深い所まで進んでしまい、気が付くとそこそこの時間が経っていたことに気付く。

放置していた形になるパーラのことが気になり、その姿を探すと、未だに銃を構えているパーラを見つけそちらに足を向ける。


随分集中しているように見えるが、そんなに熱中するほどに興味を抱いたのかと思っていると、おもむろにパーラの体が微かに揺らぐ。

それは銃を撃った時の反動からくる揺らぎだったが、それを見た俺達は銃弾の行く先である案山子の立つ方へと視線を向け、驚愕することになる。


何と発射された弾丸は案山子に命中し、その体を大きく揺らすことになった。

一発だけなら偶然かと思ったが、よくみると案山子の中心部分には何度か弾丸が当たったことを示す穴が開いており、それはつまりこの一撃は偶然の産物ではなく、確実に当てるための技術をパーラが持っているということになる。


驚いていたのは俺だけではなく、隣に立つクレイルズも口を大きく開けて驚愕しており、パーラと案山子を何度も見返していた。

「…あ、話終わった?こっちも弾倉2つ分使い切っちゃった」

俺達に気付いたパーラが銃から弾倉を外し、空になったそれを近くにあったクレイルズの道具箱へと戻しながら口を開いた。

「お…おう。ついさっきな。いや、しかし凄いなパーラ。よくあんな遠くの的に当てれるな」

「んー…まあ私も最初の何発かは様子見で外したけど、その後は何となく感覚が掴めた感じがしたんだよね」


たった数発で銃の特性を掴んで的に当てれるように感覚を調整できるとは、パーラには何かそう言う才能があるのだろうか?

いや、そう言えばパーラは斥候としての能力が高いようだったし、風魔術の特性上、大気の流れをつかむのにも長けているはずだ。


銃弾は往々にして空気の流れや湿度といったものに影響を受けやすいため、風魔術でその辺りを読めるパーラには他の人間よりもずっと有用な能力を備わっていることになる。

スナイパーとして必要な資質を兼ね備えていると言えるパーラは、もしかするとこの世界では稀有な戦闘能力を手にしたのかもしれない。


「ねぇアンディ。私これ気に入っちゃった。これ、私に使わせてくれない?」

上目づかいでそうねだるパーラの言葉に、若干のあざとさを感じながらも、俺が使うよりもパーラが使った時のメリットを考えて承諾することにした。

「…んー…。そうだな。パーラが使った方がいいだろうな。わかった、これからその銃はパーラが使うといい。その代わりちゃんとこまめに掃除と修繕をして大事に使うんだぞ」

なんだか捨て犬を拾ってきた子供に対する言い方になってしまったな。


「うん!大事にする!うわー、私の専用魔道具だよ…うぇへへへへへへ」

自分の物になった銃に頬ずりしながら笑みを浮かべるパーラだが、なんだか笑い方が気持ち悪い。

この笑い方は……そうだ、エイントリア伯爵家所属の紋章官、サティウにそっくりだ。

多分それなりに触れ合う時間があったせいでその笑い方が移ったのだろうが、そういうところは真似て欲しくない。


驚愕から抜け出せていないクレイルズを正気に戻し、俺達はギルドを後にする。

訓練場を出るときに、そこにいた他の冒険者から妙な目で見られたが、恐らく銃の威力に畏怖を抱いているからだろう。

ヘスニルでもこういう目で見られることはあったので俺とパーラは気にならないし、クレイルズは銃の改良に頭を使っているので、他のことを気にする余裕がないようだ。


ギルドを出た所で俺とパーラは宿へと帰るためにその場で別れるのだが、銃は改良のためにクレイルズが持っていくことになり、去っていく後姿を指を咥えて見送るパーラはどこかおもちゃを取り上げられた幼子のようだった。

…まあ、おもちゃというにはかなり危険な代物ではあるが。

そのままだといつまでもクレイルズの去って行った方を見続けるだろうから、半ば引きずるようにして宿へと入っていった。

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