初心者がギルドで遭遇するイベントといえば
夕方ということもあり、ギルドは賑わっていた。初めてだ、こんなにここに人がたくさんいるのを目にしたのは。
受付のおばちゃんの前には列ができていて6人待ちといったところだ。
数人ずつ固まって話しをしているのがいくつも目に付く。同じパーティ同士なのだろうか。
依頼掲示板の隣にある情報掲示板の前にも結構人が集まっている。
列に並ぶべく掲示板の前を横切ろうとした時、すっと目の前に足が伸びてきた。
おっ、これは新人冒険者への嫌がらせってやつか!?
引っ掛けようと伸びてきている足の前で立ち止まり、そいつを睨みつける。
背は俺より頭ひとつ高く体つきもがっしりしていて皮鎧を身に着けており、首からは鉄の冒険者カードがぶら下がっている。
「おうおう、見ない顔だが新米冒険者かい? お前のようなひょろいのがやっていけるような世界じゃないぜ。とっとと帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな」
確かにマッチョではない。日本では中肉中背だったが、この世界では背の高い人が多く、ここにいる冒険者たちはムキムキマッチョ率が結構高い。
下手に出るか、高圧的にでるか。後ろから割って入ろうとしている元盗賊たちには手出ししないようこっそり合図をだしておく。
「昨日冒険者登録をしたばかりの新米です。よろしくお願いします」
銅の冒険者カードをよく見えるように出し、下手にでて様子をみることにした。
「ひゃひゃひゃ。Eランクだってよ。だっせぇ」
「うるさいねぇ。新人からかってんじゃないよ。あんただってついこの前までEランクの銅だったじゃないか」
おっ、熟練冒険者が助けに入ってくれたか? と思ったが受付のおばちゃんだった。
受付カウンターに座ったまま、作業の手は止めずそのまま会話に割って入ってくれたのだ。
「リタさ~ん。そりゃないぜ~」
各所から笑い声が聞こえてきた。
あれ? 俺の反撃のターンは? 威圧スキル使ってびびらせる予定だったのに。
「それではこれで失礼します」
すんなり開放されたので、元盗賊たちと列に並ぶ。
すると今度は元盗賊が絡まれている。
「その首輪はなんだぁ? 奴隷がこんなとこで何してんだよ。奴隷なら奴隷らしく鉱山ででも働いていろよ」
先ほど俺に絡んできてたやつだ。暇なことだ。
「うるさいでやんす」「ガハハハー」
「やんのかコラー。奴隷が意味もなく暴力振るっていいとおもってんのかコラー」
こんどはおばちゃんからのフォローは入らない。
「あー、そいつら俺の奴隷なんだ。勘弁してやってくれよ」
今度こそとタイミングを逸しないうちに威圧スキル開放!
鋭い空気が俺を中心に円心上に走る。
絡んできた鉄ランク冒険者が腰をぬかしてしまっていた。それはいいが部屋にいるやつの3分の1が腰を抜かして床に尻をつけている。その残り半分は身構え、半分は何事かと対応しきれず棒立ちだ。
ここの冒険者って大丈夫なんだろうかとちょっと心配になってきた。
ついでにいうと元盗賊たち二人も腰をぬかしているグループだ。
絡んできた男に向かって一歩踏み出す。すると男は尻を床につけたまま後ずさろうとする。もう一歩。
「あわわわ。勘弁してください。この前ランクが上がったばかりなんで調子に乗ってました。どうか許してぇ」
懐からお金の入った袋を取り出し、こちらに差し出してきた。
「そんなものいらん。そのかわり今度から新人いびりなんてやるなよ」
ちょっとかっこつけて言った後、威圧スキルをオフにした。周囲から安堵の吐息が聞こえてくる。
列に並びなおそうとすると、どうぞどうぞと順番を譲ってくれたので甘えて先に手続きさせてもらうことにした。
「さっきは助けてくれてありがと。それとなんかの手違いでこいつらを奴隷として手にいれてしまったんだけど、冒険者登録できる?」
「手違いって酷いでやんす」「あんまりでんねん」
手違いではないにしてもなんかの間違いだ。俺はお前らなんて買う気は全くなかったはずなのに。まったく……
「もちろんさね。あんたらはここに手を乗っけておくれ。兄ちゃんと違って戦闘経験もあるようだし、実力確認は必要ないだろ、混んでるしね。やりたけりゃ手のあいてるものにやらせるけど、どうするかい?」
「いや、必要ないよ。とっとと終わらせてください」
ひとりが手を置くとおばちゃんが聞いてきた。
「名前はどうするかね?」
「ん、名前って?」
「あぁ、奴隷ってのは買った人が新しく名前をつけることができるんだよ。犯罪奴隷なんかも奴隷になった時点で犯罪歴が消えてまっさらになっちまうのさ」
と手を乗せた板を指差して説明してくれた。
「お前ら名前はなんていうんだ?」
「兄貴がつけてくれでやんす。おらっちはこれから心を入れ替えて尽くすでやんす」「おなじくでんねん」
「それじゃぁ、こいつはドヤッキー。おまえはドンズルーね」
「あにき~」「ありがとでんねん」
「と、これで二人の登録は終わりさね。ついでにパーティ登録もしておくかい?」
「あ、あぁ。よろしく頼む」
二人の冒険者カードを見せてもらった。レベル4とある。ふと思い鑑定を使ってみることにした。
名前:ドヤッキー
所持名:コウの奴隷 元盗賊
LV :4
HP :9/29
MP :8/8
SP :6/6
STR :11
VIT :12
INT :22
MND :8
AGI :20
DEX :19
LUC :3
所持スキル:
名前:ドンズルー
所持名:コウの奴隷 元盗賊
LV :4
HP :7/41
MP :1/1
SP :4/4
STR :31
VIT :25
INT :5
MND :11
AGI :5
DEX :7
LUC :5
所持スキル:怪力
なんかステータスの数値とかも見えてしまった。パーティを組んでると仲間の詳細もわかるってやつだろうね。
それにしても数値が低すぎる。俺のレベル2と同じくらいだぞ。恐るべし能力成長率UP。
無事登録が終わったのでギルドを後にする。今度はだれにも邪魔されることなく出て行くことができた。というより道ができたね。皆がずさっと下がり受付から出口までの道が。まるでモーゼだ。ちょっと気恥ずかしかった。
次は宿かと思ったが、道具屋にいくことにした。
俺のとあわせて3人分の服にズボン、下着、タオルはなかったので手ぬぐいみたいな布を一人3セットずつ、それとお金を入れる財布代わりの子袋と討伐部位回収用の袋、荷物袋も追加で買い、まとめてドンズルーの持ってる荷物袋に入れさせた。
元々は俺の持っていた荷物袋だがドンズルーを荷物持ちにさせることに決めたからだ。もっとも俺はアイテムBOXがあるがこちらはあまり知られたくないので通常の出し入れには使っていない。
次に防具屋で皮の鎧を二人に買ってやった。
二人が盗賊をやってたときは鎧をつけてたと思ったが、捕まった際に没収されたそうだ。
武器もと考えたが、そちらはやめにした。ゴブリンでも倒して奪えばいいだろう。
「ただいまー、このふたりも泊まらせたいんだけど、部屋空いてる?」
「おかえりさね。おや、奴隷なんか連れてどうしたんだい。3人部屋にするかい? それとも奴隷2人は別の部屋にするかい?」
「成り行きでね。しかたなくこいつらの主人になっちゃったんだよ。3人部屋でいいかな。3人部屋はいくら?」
「1泊銅貨70枚だよ」
「それじゃぁ、5日分払っておくよ。銀貨3枚と銅貨50枚だけど、昨日二日分払ってたんで銀貨3枚と銅貨20枚でいい?」
「兄ちゃん、計算速いねぇ。うん、それでいいさね」
「あと飯も3人分頼むよ。料理はお任せする。あ、奴隷ってここで一緒に飯食べてもいいのかな」
「うちみたいなとこだと問題ないけど、高級なとこだとそうはいかないかもねぇ。それより先に汚れを落としてからにしとくれ。うちの客は冒険者やごろつきどもばかりだけど、流石に血がたくさんついた服を着ていたり、そこの二人のように汚いやつはお断りだよ。裏に井戸があるからね」
俺達3人は体を拭き、服を着替えて夕飯にすることにした。
飯を食べながら疑問に思ったことを聞いてみる。
「お前らって奴隷だよな。奴隷っていったらご主人様とかいって丁寧に接するものだろ。それに奴隷は主人と一緒の席について食事をしないものじゃないのか?」
「おいららは奴隷といっても昨日捕まったばかりで、まだなんにも教育を受けてないんでやんす。その前も盗賊だったからかしこまったことは出来ないんでやんすよ。それでも命をかけて尽くすんで勘弁して欲しいでやんす」
やんすやんすとひょろっとした方がそう教えてくれた。
ていうか、こいつってこんな痩せてたっけ? それにもう一方のやつってこんなにずんぐりむっくりで筋肉むきむきだったっけ?
最初に会ったとき、奴隷商のところで会ったとき、名前をつけてやったときとどんどん雰囲気変わってきた気がする。いや、雰囲気だけではなく見た目も。たぶん気のせいではない。
「おかわりほしいでんねん」
「お前自分が奴隷ってわかってんのか?」
「でも足りないでんねん」
「はぁ、おばちゃんこいつにもう1人前頼むわ」
「ありがとでんねん」
結局こいつは3人前食いやがった。というか、次のおかわりの時にパンだけたくさん注文しておいた。
こいつは燃費が悪すぎる。捨てたほうがいいかもしれない。
朝、自然に目が覚めた。ベッドの横では昨日買った奴隷の女の子が寝ている。なんてことは当然ない。
隣のベッドには昨日買った元盗賊達がいびきをかきながら寝ている。
ちょうどいいので誰にも見られていない今、アイテムBOXの整理をすることにした。
こちらの世界に来たときに履いていたズボンからベルトを抜いて取り出しておく。
昨日買った小箱と着替え1セットを荷物袋からとりだしアイテムBOXに入れる。
残りの自分の着替えと二人の着替えも袋から取り出し、部屋に置いておく。
冒険にいくのに無駄な荷物は減らしておきたいところだ。
昨日着ていた汚れた服は宿で洗濯してもらうことにする。もちろん別料金だ。
そうこうしているうちに階下が騒がしくなってきた。みんな起きだし食事をとっているのだろう。
だというのにうちの奴隷ときたら……
「おい、そろそろ起きろ。飯を食って出かけるぞ」
「もう朝でやんすか?」「ふがっ」
あー、こんな奴隷嫌だ。可愛い子がいいよー
朝食も宿泊料金に含まれているが、ドンズルーがパンを追加で頼みまくって別料金が発生する。
冒険者ギルドに着いたときは、いつものように出遅れており人はまばらだった。
依頼掲示板を見、情報掲示板を見たときにあるものが目に付く。
『王都に魔王が襲来! 王家が勇者召喚の儀式をおこなった!』
なんだって魔王?
王家が勇者召喚?
もしかして勇者って俺のことか?
そうなれば早いうちに王都を目指さねばなるまい。
テンプレに沿って魔王を倒し姫と結婚。ハッピーエンドだ。
でもその前にもうちょっと冒険を楽しみたいな。
お金も稼ぎたいし他にもやっておきたい定番イベントはたくさんあるしね。
宿の前払い分が終わったら王都へ向かって移動とするか。
今日の依頼はっと、いいのがない。流石にゆっくりしすぎたか。
「すんません、このリザードマン退治ってCランク書いてありますが、受けることって出来ますか?」
「ごめんねぇ。受けることが出来るのは自分と同じランクのものだけなのよ」
「そうなんだ。依頼は一度にたくさん受けることはできますか?」
「個人だといちどに2つまで、パーティだと一度に3つまでだね。期限には注意しとくれ。報告しないまま期限が過ぎてしまうと失敗とみなされ罰金が発生するからね。それと素材さえ取ってきておけば、依頼終了後にすぐ別の依頼を受け手持ちの素材や討伐部位で即依頼完了にできるから。でもね討伐地域を指定されてのものは依頼を受けてから指定場所にいって退治しないといけないので注意しとくれね」
「それじゃぁ、ゴブリンとスライムゼリーと薬草をお願いします。あと、この辺の地図とか売ってないかな。モンスター生息、採取関係の情報も教えて」
「この国の地図が銀貨5枚、近辺のモンスター、採取関係の情報はその辺の冒険者に聞いてといいたいとこだけど、今暇だから教えてあげるさね」
地図を買い、近辺の情報を入手しギルドを後にした。