定番のゴブリン退治
「これなんかどうだ?」
大分出遅れたのだろう。まばらな掲示板からボコールが剥がしてきた紙には「ゴブリン討伐。一匹につき銅貨20枚」と書いてある。
「いいんじゃないっすか、先輩。それ行きましょうよ」
俺は脳汁でまくりで下っ端後輩と化してしまった。
先輩達はちょっと引き気味だが気にしない。
「あ、あぁ。それではあなたが……失礼、コウさんが受付に持っていってください。それも練習ですからね」
「了解っす、先輩」
「おはようございまっす。昨日はすんませんでした。これお願いしまっす」
「あぁ、昨日の新人さんね。いいってことさね。でも、ゴブリンはまだ早いんじゃないかい」
「いや、今日はあのお二人の先輩方にご一緒させてもらうことになってるんで大丈夫っす」
掲示板脇に立っているボコールとヨールの二人を指差した。
「そうかい。それじゃぁ、がんばるんだよ。怪我はしないようにね」
ゴブリンは近くの森にたくさんいるというので3人で森へと向かった。
「初心者はとはいえお前の装備は軽装過ぎないか?」
俺は自分を見た。盗賊から恵んでもらった布の服、ズボン、ナイフ。下着については他人から見えないので転移してくる前に身に着けていたTシャツ、トランクスをこちらでも使っている。
「それよりその靴って変わってるね。布の靴?」
代わってヨールの質問に俺は足元を見た。靴下でそのまま土の上を歩いている。スニーカーは履いていない。ひとりなら町の外へ出たら履くのだが、人前だとちょっとまずい。どうみても怪しすぎる履きものだ。
「たぶん布の靴っす。貰い物なんでよくわかんねっす」
「そうなんだ」
「今日の目標は15匹。ギルド報酬銀貨3枚だ」
たわいもない話をしていたら、森の入り口へ到着した。
「ここから先は危険だから十分注意しろ」
さすがボコール先輩っす。
「最初は僕たちが倒すから、よく見ていてね。たぶんゴブリンは武器を持ってるから、倒したらそれを使うといいよ。そのナイフは戦闘には不向きみたいだしね」
うっす。ヨール先輩の戦い、見学させてもらいます。
森へ入り5分も歩いただろうか。
前方でがさがさ枯葉を踏みしだく音が聞こえた。
ボコール先輩が右手で止まるよう合図を出すので足を止める。
前方をちょんちょんと指差すので、音を立てないように先輩に近寄り指差すほうを木の蔭から覗いてみた。
いた! 緑のあいつだ。
序盤の有名雑魚モンスター、ゴブリンキター
鑑定、鑑定だ。
名称:ゴブリン
特徴:人間成人男性の腰から胸辺り位の身長で緑色の肌をしている。群れで生活し、武器や防具など道具も使う。他種族の雌を攫い、それを用いて繁殖する。
うん、人間の敵だ。
ボコール先輩の合図でヨール先輩がナイフを投げる。
距離は約5メートル。2匹のうちの1匹の首にナイフが襲い掛かる。
ブシュッ
血を噴出し1匹が倒れる、もう1匹は状況が飲み込めないのか一瞬呆然としていたがすぐに恐怖の顔へと変わる。
ナイフを投げると同時に飛び出していた二人がすぐ目の前に迫ってきていたからだ。
ヨール先輩はショートソードで倒れているゴブリンにとどめをさし、ボコール先輩は上段から頭部を唐竹割り。真っ二つとまではいかないが、頭が粉砕されぐろい。
吐きそうなぐらいきもい。
ぐ、吐く。喉に熱いものが込み上げてきたが、自分のぐちゃぐちゃ死体を思い出すと目の前の死体も大したことないと不思議に吐き気も治まってきた。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「最初血や死体を見たときに気持ち悪かったんすけど、すぐ落ち着いたっす」
流石ヨール先輩、優しいぜ。
二人に指示され俺は持っていたナイフでゴブリンの耳を切り取っていく。
袋を持っていなかったので、耳は先輩の袋に入れてもらった。
次にゴブリンの装備品を奪うことにする。俗に言う戦利品という奴だ。
いたるところに錆びが浮いている短めの剣が2本。そのうちの1本は俺がもらい、残りの1本は先輩の持つ大袋に入れた。
ゴブリンが身に着けていた皮鎧もひとつだけ持って帰ることにした。
サイズが小さいためあまり高くは売れないが、ないよりはましとのことで比較的損傷の少ないものだけを選ぶ。
さてっと、鑑定!
名称:錆びた鉄のショートソード
特徴:錆びている。研ぎなおせば鉄のショートソードになる。
よっしゃぁ。ショートソードとはいえ、剣をゲットだぜぇい。
「それじゃぁ、次やってみるか?」
「了解っす。ボコール先輩。殺ってみるっす」
先ほどの戦闘を嗅ぎつけたのか、辺りを警戒しながらやってくるゴブリンが2匹いる。
こちらには気付いていないようだ。
ボコール先輩が後ろの弓を持っているゴブリンを指差し、続いてヨール先輩を指差す。
次に前を歩いているゴブリンを指差した後に俺を指差す。
そして一度手を握り、その後指を3本立てる。指の本数が減っていく、3本、2本、1本、0。
俺はヨール先輩のナイフが弓ゴブリンの顔に突き刺さったことを確認してすぐに飛び出す。
ゴブリンは目の前だ。
上段?中段?下段? 一瞬考えた気がするがショートソードを腰だめに構え、そのまま突っ込む。
剣先は少し下方。身長差を考慮の上だ。
剣先が腹に触れる。そのまま体ごと前に出る。
思いのほか柔らかい。根元まで突き刺し、鍔の位置で止まる。剣を90度捻り、右に薙ぐ。
切れ味の悪い剣のためと手元付近は切れ味が鈍るためと二つの理由から少し力を込める必要があったがそれも一瞬、肉を切り裂く感触から空を裂く感触へと変わる。
すかさず切り返し横に薙ぐ。連続攻撃のため力が減少してきていたのだろうか、刃が首の半ばで止まる。
戦闘中に一瞬でも止まるのは危険と判断したかどうかはわからないが、ショートソードを手放し前蹴りでゴブリンを蹴り距離をとる。
予備武器として左腰に備え付けていたナイフを逆持ちに手に取りゴブリンの額へと突き刺す。
ゴブリンは各所から血を噴出し真っ赤になりながら地面に叩きつけられる。
そう、俺はゴブリンを一人で倒すことができたのだ。
ボコール先輩の方を見て、子犬のような面持ちで「よくやったでしょ、どう?」ってな感じで無邪気な笑顔を向けたものの。
「う、うーん。凄いね。とても初心者とは思えないよ」
先輩は横を向き、こちらを見ないで目が泳いだ状態で答えている。
「ヨール先輩! どうですか?」
続いてゴブリンからナイフを抜き取り、手持ちの布で血をふき取っている先輩に尋ねてみた。
「ちょっとオーバーキルかな。再生能力をもつオーガクラスの戦いみたいだね。アハハハ」
乾いた笑いをしつつ、ナイフを何度も何度も、既に血は一滴もついていないにも関わらず拭き続けている。
俺の心情的には子犬のように褒めて褒めてって感じなのに二人がドン引き状態だったためちょっとショックだった。
「せんぱ~い。次いきましょうよ、次」
戦闘の興奮収まらぬ俺はちょっと失礼な言葉遣いをしてしまった。
「は、はひ~」
ヨール先輩は直立姿勢で咄嗟に返事した。
ボコール先輩はというと、ヨール先輩にあいつは怒らせないようにしようぜ。とかなんとか言っている。
丸聞こえなんですけどー。
「今日の目標は15匹なんでしょ。あと10匹、頑張りましょう。幸いまだ昼前ですし頑張れば日が傾く前に帰れるんじゃないですかね。俺としてもこの後町を見て回ってみたいし」
「はい~」
ボコールよそれでいいのか。先ほどまではぶっきらぼうな性格だったというのに。
「帰ったら町を案内させてもらいます」
ヨールの丁寧な口調はとりあえずそのままだが、もみ手をしながらしゃべっている。
おい、それってゴマすりポーズって言うんだよ。
次はショートソードを持ったゴブリン3匹に弓を持ったゴブリン1匹の編成が目の前を歩いている。
俺達は木の影に隠れているが、気付かれてはいない。
弓ゴブリンを鑑定してみた。
名称:ゴブリンアーチャー
特徴:弓を扱えるようになったゴブリン。普通のゴブリンより若干器用である。
とりあえず、別種と分類されているようだ。
と、そんなことはいいとして、いつの間にこのパーティのリーダーは俺になったのだろうか。
俺が先頭に立ち指揮している気がする。
二人に目を向けるとボコールは目を逸らし、ヨールはぶるぶると震えている。
もしかしてやりすぎてしまっただろうか。きっとそれは俺にぐちょぐちょ死体を見せた神が悪いに違いない。きっとそうだ、おれは悪くない、悪くないはずだ。
先ほどのボコール先輩の真似をして指を3、2、1、0。
ひゃ~は~の掛け声とともにゴブリンアーチャーの首を薙ぐ。
切断ではなく、骨には触れずその手前を薙ぐ。
喉元から血が噴き出し気管からヒューヒューと呼吸音が聞こえる。
他3体は体が強張って動けないでいる。チャンスだ。
振り向き二人を確認すると、抱き合って震えている。使えないやつ等め。
首を切り裂いたショートソードをそのまま近くにいるゴブリンの腹を目掛けて突き刺す。
それで戦闘不能になったのかは分からないので顔面に蹴りを入れて吹き飛ばす。
まだ戦闘可能だとしても距離は稼げるだろう。
体の奥から力が湧いてくる。テンションは既にマックスだ。
残り2匹。
手近なゴブリンへ向けて頭頂から手刀を叩きつけた。俗に言う脳天チョップだ。
手にはぐしゃりと嫌な感触を感じたが、こいつも蹴り飛ばす。
残り1匹。
右拳を振るいパンチ。続けざま手の甲で裏拳。手を引き腰だめにし真っ直ぐ喉輪。
そのまま地面へ叩き付け、腹部へストンピング2発。
ピクピクならまだましだったのだろうが、踏みつけ1発目で血を吐き動かなくなっていた。
辺りを見回し確認するが攻撃を仕掛けたゴブリンたちはピクリとも動いていない。
俺的にはドヤ顔で振り向いたつもりだったが、仲間のはずの二人は抱きつき股間からは地面にかけては染みを、そしてそれらは湯気を出していた。
「……えと、いまの感じでいいのかな。先輩?」
満面の笑みを浮かべつつ聞いたつもりなのだが、一層強く抱きつき震えている。
やり過ぎてしまったかも。
「それじゃぁ、今日のところは帰りましょうか」
下っ端後輩モードから、下克上後輩モードへと移行し聞いてみたところ、二人はコクコクと首を振り帰途への希望を示す。
戦闘中に以前感じたのと似た高揚感を感じていた俺は落ち着いたところでステータスの確認をおこなった。
名前:コウ
LV :3
HP :48/48
MP :18/18
SP :32/33
STR :20
VIT :39
INT :14
MND :14
AGI :36
DEX :14
LUC :9
所持スキル:異世界言語能力、アイテムBOX、鑑定、能力成長率UP、威圧
やはりレベルが上がっていた。またステータス結構な伸びを見せてるよ。それに威圧なんてスキルまで覚えてるじゃないですか。
まぁ、小説でも威圧スキルを覚えてることはよくあるから、これはありだよね。
威圧スキルと念じるとオンオフ切り替えが出来るようなので、オフにしておいた。