脱出
「おい、お前。そこの血塗れのお前だ。他の奴隷どもに後ろに下がらせ、俺に逆らわないよう命令しろ」
俺に簡易奴隷の輪がつけられていると思った盗賊が命令してきたが、首輪には継ぎ目に布をかませきっちりと閉じないようにしてあった。
奴隷とされた時にどう感じるのかはよくわからなかったが、命令に従わなくてはいけないという気にもならなかったことから首輪の効力は発揮されていないのだろう。
もしかすると反抗したときにのみ苦痛とか罰が与えられる仕組みなのかもしれないが、とりあえずドヤッキーの言うきちんと閉めないと効果がないというのを信じておくとしよう。
「かしこまりました。お前たちは後ろにさがっていなさい。そしてこちらの方には逆らってはいけません」
俺の命令に従って三人は壁際まで下がっていく。
フィラには俺に害意を与える行為を禁止する程度のものでしか奴隷契約していないが、ドヤッキーとドンズルーの二人は犯罪者奴隷ということもありきつめの契約になっている。
彼女が俺の命令に反して動けるのは当然だが、二人もなんだかんだで自由に動けている。
ドヤッキーの言うことには首輪は他人から見て奴隷とすぐわかるようにするためと、戒めのためのもので奴隷契約そのものは魂に刻み込まれているので首輪を外しているときも俺を襲ったりはしないので安心して欲しいということだった。
ドンズルーについてはよくわからん。いつもガハハと笑っているか、腹減ったばかりしか言ってない気がするし神経がないのかもしれん。
牢を開け商人と盗賊が中へ入ってくる。俺はというと扉の横に立ち盗賊の体が完全に牢の中に入ってくるのを待っていた。
首へ手刀を一発! うん、倒れないね。
腹へパンチを一発! うん、気絶して崩れ落ちたりしないよね。
やり方が悪いのだろうか? やり方を知ってる人がやれば実際に気絶させることができるのかはわからないが、少なくとも俺にはできなかった。
苦悶に顔をしかめている盗賊の口を布で塞ぎ、皆で押さえつける。口を塞いでいる布が誰かの下着であったりすることはここでは関係ないのでおいておくとしよう。
商人を縛っていたロープを解き、代わりに盗賊を縛り猿轡を噛ませようとしたがさっきの俺の攻撃の効果が遅れて出たのであろうか、盗賊は泡を噴いて気絶してしまった。
これからのことを説明した後、商人にはこのまま牢屋に残ってもらうことにした。戦闘に巻き込まれた場合、守るのに手を割くのが難しいからだ。
それにもし俺たちがやられたとしても、牢屋で捕まったままであれば命までとられることはないだろう。
縛ってある盗賊からはショートソードを取り上げドヤッキーに持たせておいた。
武器として見られていなかったのか、爪が出し入れできる小手は取り上げられていなかったので俺の武器はこれでいいだろう。
皆から見えないように手を背後に回し、アイテムBOXからナイフを取り出しフィラに渡しておく。
どこから取り出したのか少しびっくりした顔をしたが特に問いただされることはなかった。
他二人については気にさえしないが、それはそれでちょっと寂しいものがある。
皆に武器を持たせたので、とりあえず問題はないだろう。
ドンズルーはというと…拳が武器ということで勘弁してください。
牢屋として使われていた場所は少し開けてはいるものの、そこから出口へと続くと思われる道は少し屈んで通らなくてはならないくらい低くすれ違うにも狭く、一列に並んで歩かなくてはならない。
俺がまず松明を持ち一番前を歩き、次は気配感知スキルがあるフィラ、ドンズルー、ドヤッキーの順だ。
フィラは猫耳を力なく垂らし、俺の服の裾を握って付いてくる。彼女くらいの背だと屈むことなく歩けるので少し羨ましい。
曲がりくねった洞窟を少し歩くと分かれ道にでた。今来たのがY字路の右側で、合流した先の方が微かに明るくなっているようだった。そちらが出口かもしれない。
だが、行くしかないだろう。ダンジョンとくれば側道も逃してはならない。フィラに気配感知で盗賊がいるか聞いてみたが首を振りいないことを教えてくれた。
気配はないというが、慎重に進んでいく…と先が少し開けている。松明を前に掲げ前方がよく見えるようにして進んでいく。
自然に笑みがこぼれてきた。当たりだ。
鍵のついた扉どころか、扉そのものもなくただ単に開けた場所に奪ったと思われるものが無造作に置かれている。
掘って広げたのであろうと思われる空間には金銀財宝……なんてものはなく、衣類や生活雑貨、剣や斧などの武器に鎧などの防具がそこにはあった。
期待していたものと違って少しがっかりしたが、それぞれ置いてあった装備に持ち替えていく。
俺とドヤッキーはショートソードに小型の盾、フィラは俺の渡したナイフがいいというのでそのまま、ドンズルーはハンマーを手にしていた。鎧は捕まった際に脱がされていないのでそのままでいい。
今までと違うものを持ち、即実践というのも危険だ。
ちなみにこっそり目を盗んではばれない程度にアイテムBOXに手にしたものを放り込んでいくのも忘れてはいない。
宝部屋?からY字路へ戻り明かりの方へと進んでいくと急に開けた場所に出た。どうやら脇道から本道にでたようだ。
右を見ると人が横に3人並んでも通れるくらいの広さの道があり10メートルほど先が左に曲がっていて、その先が外のようだ。
左側はというと、2メートルほどあるだけですぐ行き止りで酒樽や食料などが置いてあった。
ドンズルーが腹減ったでんねんというのは無視してそのまま出口へと向かう。
幅の広い通路には衣類や武器、食器などがいたるところに転がっており生活臭があった。というか臭かった。
洞窟は太い本道が1本あり、そこから細い脇道が1つ、その先が二股に分かれていて、突き当りが牢屋と宝部屋?というシンプルなつくりで小部屋は奥以外にないため通路で生活していたのであろう。
曲がり道から先を除くとフィラの気配感知の通りに盗賊たちが酒盛りをしていた。まだ夕暮れ前で明るいためわざわざ薄暗い洞窟の中ではなく外にいたのだ。
上半身裸で顔や体にいくつも殴られた跡のある女性を両手に侍らせ酒を飲んでいる首領を見て無性に腹が…たちはしなかった。立ったのはち○こだけだ。若いんだししょうがないだろ。
首に輪をつけ奴隷とされている女性をみて可哀想だとは思ったが、それ以上に感じる感情は羨ましいだった。
このままでは戦闘に支障をきたしてしまう。剣を不自然に腰の前で構え前屈みのまま大きく息を吸って深呼吸をおこない気持ちを落ち着かせる。
気持ちに余裕が生まれ、他の盗賊たちも確認した。眠りこけているやつまでおり、完全に油断しきっている。
襲撃、特に洞窟側からの襲撃を予想していないのか首領以外武器を手元に持っていない。
武器は先ほど通ってきた洞窟に置きっ放しになっていた。なんとかなるかもしれない。
ドンズルーに通路にあった武器を脇道の方に移しておくよう指示を出す。
「敵は首領以外武器を持っていない。ドンズルーと俺が突撃する。ドンズルーは好きに暴れていいが、不意打ちによる最初の一撃で少なくとも敵を一人は戦闘不能にさせておけ。俺は可能なら態勢の整っていない今、首領をどうにかする。ドヤッキーは洞窟の入り口付近で武器を取りに中へ入ろうとする奴等を牽制して入らせないようにしろ。フィラはドヤッキーのサポートだ。武器を持っていないからなんとかなると思うが、相手の方がレベルが高いので決して無理はするな。それと女性たちは被害者だ、危害は加えるなよ。」
ドヤッキーがひとりにやにや笑いを浮かべている。やはり先ほどの行動を見られていたか。
合図で突撃する。曲がり角より飛び出した先は盗賊たちまで約15メートル。前の世界より身体能力があがっている俺なら1~2秒の距離だ。
首領が俺の接近に気付き手元にある武器を手に取り、女性を跳ね除けた。距離はそこまでしか行動を許さなかった。
振り上げた剣で袈裟切り! 浅い、座った状態から後ろに倒れたことにより力が逃げる。首領の意図した行動ではない。俺の踏み込みが浅かったのだ。殺人も辞さないつもりだったがまだどこかでブレーキがかかったらしい。
俺が一瞬そんなことを考えていた間にまだ状況の理解できていない盗賊をドンズルーがハンマーで殴り飛ばした。盗賊は数メートルも吹っ飛び木にぶつかり血を吐いて動かなくなっている。
いち早く洞窟に入ろうとしていたものもいたが、破砕音に驚き一瞬足を止めた。
そこで 威圧スキル開放!
苦戦も考えていたが、予想外にあっけなく終わった。
死亡したのは最初にドンズルーの攻撃を受けた盗賊一人だけ。首領は俺につけられていた首輪をつけ行動を制限し縄で縛った後、ヒールで治療をおこなった。
盗賊たちは震えているもの、腰を抜かしているもの、酔っ払ってまだ寝ていたものいたが、全員縛り上げた後に威圧を解除した。
フィラは前回は下着の面でやばいことになっていたが、今回は距離があったこともあり大丈夫だった。
威圧スキルを使っている間はこちらに来ようとしては尻込みしていたが、解除した途端に俺の元へ駆け寄り今は服の裾を握っている。服の裾がそんなに好きなのだろうか? フィラの頭を撫でなてやると、耳がぴくんぴくんと小さく揺れる。可愛いやつだ。
女性二人を連れてドヤッキーが戻ってきた。
威圧スキルで下がやばいことになっていたため、近くの川へ行かせていたのだ。
もちろん上も衣服を身に着けている。
俺の股間を見たフィラが急ぎ洞窟の奥から取ってきてくれたのだ。もしかすると奴隷時代に性的な知識を得ていたのかもしれない。股間の膨らみを見て察せられたことで少し恥ずかしくなってしまった。
気を取り直して彼女たちを見た。
ひとりは20代中盤から後半くらいの赤毛の巨乳美人。
盗賊達に奴隷として使われている間に痩せたのだろう。胸も痩せてきてしまったようなのが少しショックだった。たぶん通常体型ならEはあったろうが、今は恐らくDだ。女性経験はないが動画や静止画のコレクション達で鍛えた目は伊達ではない。
もうひとりは10代半ばだろうかブロンド美人だが、巨乳ちゃんに顔の面では若干、胸の面では大きく劣る。
二人とも体中怪我や痣だらけだったが、ヒールをかけるとほぼ綺麗になった。彼女たちの心までは癒せないけどな。なんて頭の中で臭い台詞が浮かんできたが、そのまま仕舞い込んでおこう。
代わって口に出した言葉が「おっぱい揉んでいい?」だった。
呆れられるかと思ったけど、俺の言葉に笑って揉ませてくれた。
昔なら到底口にすることはできない言葉だったが、こちらの世界に来て俺も成長したものだ。
初めて揉んだ胸は柔らかでいつまでも忘れないだろう。服の下から揉ませてと言いたい欲望に駆られたが、それは今回は抑えておいた。
そんな俺、というか主に三角錐のテント状になっている股間を見つめて顔を赤らめているフィラを見て自制した。ここで暴発はかっこよくない。ついでに膨らみがみえないように下半身を覆った鎧の購入も決心した。
そういえば、とドヤッキー、ドンズルーの二人に盗賊を見張るよう言いつけ、すっかり忘れていた商人を牢屋から連れてきた。
商人は自分が助かったこともそうだが、馬車は手付かずでそのまま洞窟の外に置かれていたのをみてとても喜んでいる。
もうひとり馬車を見て喜んでいる馬鹿がいた。隣に並ぶ悪趣味な盗賊の馬車を見て目を輝かせている。果てには兄貴この馬車おいらたちのものにしましょうよときたもんだ。さすがにこれは勘弁してもらいたい。
ひとつ確認しておかないといけない事があったので商人に聞いておくことにした。
この世界というか、この国では盗賊を退治した場合は退治した人が盗賊の持ち物の半分を貰え、残りの半分は盗賊に奪われた人に分配するという名目で国が接収するらしい。
もっとも国が持っていった半分が被害者に分配されたという話は聞かないし、退治した人が内緒で全部持ち物を持っていくというのもよくあることだと商人は口にした。
俺としては半分はきちんと国に渡そうと思ってる。日本でも拾ったものはきちんと交番に届けてたしね。というか、人の目が怖くてねこばばなんかできなかった。もし見られていたら、もしドッキリだったらなどと考えると家の外では品行方正に生きるしかない。
商人、奴隷とされていた女性、盗賊達と全員を殺して目撃者をなくさないとねこばばする勇気は到底もてそうにない。となると自ずと半分を渡すということになってしまう。
盗賊は捕まると処刑か奴隷にされるかだが、怪我などで働けないもの以外はほとんど犯罪奴隷として売られるか鉱山などの労役場に送られることになるらしかった。
お金になるものを殺してしまうのももったいないという意味だろう。
奴隷にされている女性から話しを聞いてみると年上の元巨乳ちゃんは元々奴隷で、主人の貴族とその護衛とで馬車に乗って移動している際にあの趣味の悪い馬車で襲われたそうだ。
護衛、貴族はともにその場で殺されたらしく、盗賊に捕まってから1年以上になるという。
年下の少女は商人の娘で家族三人で馬車で行商をおこないながら生活をしていたが半年位前に捕まり父親はその場で殺され、母と共にその場で乱暴され母の方はすぐに殺されたらしい。
思い出したのか涙ぐむ少女の肩をそっと抱きしめるとびくっと後ろに下がり俺の手を抜けた後、ハッとした表情ですみません、ぶたないでくださいと少女は泣き出した。
何度も襲われ逃げようとして殴られたのだろう。やはり心に負った傷は深そうだった。
二人の奴隷の輪を外すことは可能だが、魂に刻まれた方はこちらでもどうすることもできないし、輪を外すことができることを知られたくはなかったのでそのままにした。もちろんドヤッキーにも誰にも知られないよう注意することは忘れない。
ひと通り話を聞き、状況の確認をおこなうとドヤッキー、ドンズルーに盗賊の馬車へ洞窟内のあきらかなゴミを除いて全部運び入れさせた。食料も酒もだ。
俺はというと、盗賊の監視役だ。もちろん必要な仕事だ。
フィラと女性二人は自発的に自分で持てる荷物を運んできている。
商人も手伝ってくれたが、なぜか自分の馬車に運び入れてる。鑑定で確認しているが高価なものはなかったようなのでそのまま好きにさせることにした。
ここまで数日一緒に旅をしてきたというのもあるが、一緒に捕まっていたということで商人に対してなんとなく仲間意識が芽生えたようで彼の転んでも只では起きないというたくましい行動を温かく見守った。