暴走してしまった。ちょっと後悔している。
朝の目覚めはいつもイビキの音からだった。ってやだわこれ
二つのイビキは仲良く同じベッドから聞こえている。
というのもリタさんを送って行った後ドヤッキーとドンズルーにはひとつのベッドを二人で使うか、ひとりは床で寝るかを指示したためだ。
ベッドのひとつには少女が眠っている。夜に何度か額の濡れた布を換えてやり、苦しそうな顔を見てはMPが切れるまでヒールをかけてあげた。
そのおかげもあってか今朝は幾分かましな顔をみつつヒールをかけることができている。
「んっ」
少女のまつ毛がぴくぴく震えている。
「んっ、ここは?」
震えるまつ毛が動き現れた瞳は澄んだサファイアのようだった。口から漏れる声は鈴のようだと感じたが、それは透き通った響きというのもあるが、弱くも聞こえた。
「ちょっと待ってね。MPがなくなるまでヒールをかけるから。それと君はね、路地裏で倒れてたから俺の泊まってる宿まで運んできたんだよ。その前のこと覚えてない?」
「す、すみません。あまりはっきり覚えてないのですが、お前のような役立たずは飯の無駄だって言われてどこかに運ばれていたような」
俺の問いに少女ははっとした顔をしたかと思うと蒼い瞳から涙をこぼし始めた。
やばいよ俺、こんなシチュエーションの経験ないよ。というか女の子とまともに話したのって小学校以来かも。中学や高校なんかでは、「はい」とか「いいえ」や単語での返答くらいしかした記憶がない。
俺にできるのは小説やアニメの知識を総動員して対応することだけだよな。
「大丈夫だよ。ここは安全だから」
「はい、ありがとうございます」
何が安全かよくわからないが、顔を引きつらせつつテンパリながらもできるだけ優しく聞こえるよう話しかけた。
「まだゆっくりと休んでいるといいよ」
少女は体を起こそうとしているが、頭をなでながらまだ寝ているよう促した。と、その手に何か違和感が感じられた。
くしゃくしゃなふんわりとした銀色の髪を上から優しくなでるその手の下に何かぽこっとしたものが。もういちど撫でるともうひとつ。
「ひゃん」
たんこぶでも出来ているのかと思い鳥の巣のような髪を書き分け見てみると
「キター!」
ぺたっと力なく前に伏せている耳がふたつ。それも頭の上部にふさふさとした触感の耳がついている。
「キタキタキター、けもみみキター!」
耳を触り指ですりすりしてみる。横たわっている体の下に手を入れ衣服の上からお尻をなでなでして見る。あったこれは尻尾だ!
「しっぽキター!」
病気で弱っているのも忘れて仰向けにひっくり返し貫頭衣の裾を捲った。その先には可愛いぷるんとしたお尻からまぁるいふわっとした短い尻尾が生えていた。
ジャパニーズボブテイルのように丸い短いポンポンのようなふわふわ尻尾だ。
「キター!」
いやんと可愛い声で鳴きお尻丸出しで顔を押さえている少女を余所に興奮しまくっていた。いや、もちろん言っておくが性的興奮じゃないぞ。けものっ子こそ世の男性の憧れよ。
「アニキ、朝っぱらからどうしたでやんすか~」
「いやー」
別な男の声に若干冷静さを取り戻したのか、ごろごろとベッドから転がり落ち壁際で蹲って震えている。
その姿を見てハイテンションは維持しつつも暴走してしまったことに気がついた。
「よ~し、よし。いいこだね~。心配しなくてもいいよ~」
一瞬で間合いを詰め、彼女の横に座り込むと頭を撫でつつ、喉をくりくりした。
「や~ん」
少女は震えは止まっているようだが今度は固まっている。
「アニキ、なにしてるでやんすか?」
「いや、猫耳だよ、もふもふだよ、にゃんこだよ」
「なに言ってるかさっぱりでやんすよ。ちょっと落ち着いてくでやんすよ」
「すまん、ちょっと顔を洗ってくる。お前はそこを動くなよ、絶対だぞ」
大急ぎで井戸まで行き頭から水をぶっ掛け走って戻ってきた。
「アニキ~」
ドヤッキーが放り投げてきた布で濡れた頭を拭いていると、徐々に落ち着いてきた。ひっひっふー、ひっひっふー。深呼吸をするつもりが別の呼吸法だったがとりあえず落ち着いたのでいいとしよう。
「ごめん、ちょっと混乱してびっくりさせちゃったみたいだね。落ち着いたからもう大丈夫だよ」
自分的には優しく微笑みつつ近づくつもりが、一歩踏み出したところで固まっていた少女が動き出した。『ひっ』悲鳴をあげようと吸い込んだ息は咳へとかわった。『ケホケホ』体を折り曲げ苦しそうに咳をしている。
大丈夫か? 自然と突いてでた言葉とともに駆け寄り額に手を当てヒールをおこなう。2回目のヒールをかけ、3回目を唱えたところで目の前が暗くなり意識を失った。
目を覚ますとそこには心配そうな……ごついおっさんの顔があったのでパンチを食らわせる。
「ひどいでんねん」
「まぁまぁ。でも目を覚ましてよかったでやんす」
あの子が気になって寝たまま首をまわしたら、隣のベッドでスヤスヤと眠っていた。
「どうなったんだ?」
「アニキはヒールをかけてる途中で急に倒れてしまったでやんす。だから寝ていたドンズルーを起こしベッドに運んでもらったでやんす。そこの女の子もヒールを受けて眠ってしまったようなのでベッドに寝かせたでやんす」
「うん、助かった。さっきのってMP切れで意識を失ったってことか?」
「たぶんそうでやんす」
「そういえば朝食がまだだったな。お前ら二人で下に行って飯を食って来い。そして二人分の朝食を部屋まで持ってきてくれ。」
「わかったでやんす」「ガハハハー」
追加分の料金にと財布から適当に銅貨を渡しておいた。
ベッドに腰をかけ、自分を鑑定でステータスを確認してみるとMPは13/18となっている。魔法のMP消費について調べておく必要があるようだ。
少女のベッドの脇へと立ち額へ手を当てて唱える「ヒール」。次は鑑定でステータスを確認するとMPは8/18となっている。
鑑定でMPが1消費されるのでヒールのMP消費は4のようだ。今後はMP残量をできるだけ把握しておかないとまずいだろう。戦闘中に意識を失うなんてことになると死にもつながる。できるだけ余裕をもつようにしよう。
少女の顔を眺めていると二人が朝食を手に戻ってきた。
「それじゃぁ、そこの机の上に置いてくれ。それとお釣りはちゃんと返してくれ」
「いや、あれでは足りなかったでやんすよ~。足りない分はおかみさんがサービスっていってくれたでやんす」
「で、おまえは今朝はどれだけ食べたんだ。ドンズルー」
「ガハハハー」
「はぁ、まぁいいよ」
ていうかこいつらを奴隷商に預けたら教育してくれないかな
「う、う~ん」
「目が覚めた?」
少女の鼻がくんくんと動き、ぐーっというお腹の音で返事を返してきた。
「お腹空いてるんだね、スープだったら飲めるかな。それじゃぁ起こしてあげるね」
伸ばした手に少女が体をびくっと強張らせたことにちょっとショックを受けた。
怖がらなくていいんだよと自分では優しく微笑んだつもりで背中に手を回すと、少し体を固くしていた気もするが今度は何事もなくベッドから起こし座らせることができた。
「さぁ、ゆっくり飲むんだよ」
「ありがとうございます…」
少女にあーんとスプーンを運んで食べさせようかとも思ったのだが、俺にはそこまでのイケメンスキルが備わっていなかったので、皿を渡し自分で食べさせることにする。
皿が空になり、それでも机の上にある食事を見ているのでパンとスープをもう一皿少女にあげることにした。
俺はというと固くなかなか喉を通らないパンをもそもそと口にし、水で流し込んでいる。
少女が食べ終わったのでどうしたのか聞いてみることにした。
「さっきはごめんね。ヒールの使いすぎで混乱しちゃったみたいなんだ」
「は、はい大丈夫です。こちらこそびっくりしてしまい申し訳ございません。旦那様」
普通に答えてはいるが、衣の裾をギュッと掴んで握り締めている。やばい、トラウマを与えてしまっただろうか。
「えっとだけどね、昨夜君を連れてきた後奴隷商の元に行ってみたんだ。すると君は誰かに買われて、そいつに捨てられたんじゃないかって奴隷商に言われたんだ。言いにくいんだけど、俺としては君は病気のため売り物にならなくて捨てられたんじゃないかと思ってる」
「そうなんですか……」
「そこでだけどね、君が今どういう状態なのか誰かの奴隷なのか確認したいので冒険者ギルドに連れて行きたいんだけど、動けるかな」
「はい、ヒールをかけていただいたおかげで、体もだいぶ楽な感じがします……」
「それじゃぁ、もう少し休んでから行こうね。冒険者たちが出払ってギルドが空いてから行きたいしね」
少女を横にさせ、額に手をあてMPを使い切らないよう3回ヒールをかけた。額は昨夜のような熱を感じず温かな平常に近い体温を感じたので耳に触れないようそっと少女の頭をなでると彼女は最初一瞬身を固くしたものの目をトロンとさせ、後はされるがまま半分夢の世界とこちらの世界と微睡んでいる。
ドヤッキーに留守番を頼み、ドンズラーには昨日のゴブリンから奪った装備品を売りにいかせ、皮のマントを買ってくるように指示だす。
俺はというと宿屋で荷車を借り、馬小屋で人が見ていないことを確認するとアイテムBOXから昨日の狼を取り出し乗せていく。
肉屋に狼を持っていき解体を頼むと狼3頭と引き換えに請け負ってくれた。ついでに兎も3羽渡し1羽を報酬として同じように解体を頼み、その間にギルドへと走り依頼を受けてくる。
狼の皮15枚と討伐部位ではない牙、それに兎2羽の皮と肉を受け取り、その足でギルドに報告をおこない報酬を受け取ってきた。考えている金額にはまだ足りない。
困ったときの露天と露天を覗いてみたが、あまり目ぼしいものはみつからない。それでも切れ味アップの効果がついたナイフと敏捷アップの皮の靴を見つけ、店で売ると銀貨80枚になった。ほんとは自分で使いたいところだが背に腹は代えられない。
宿に戻り所持金を確認するとどうにか金貨1枚と銀貨8枚、それに小銭が少しになっていた。