ヒロイン? との再会
「君の瞳に乾杯」
なんとなくノリでいってしまった言葉は目の前に座っている女性の頬を桜色に染め上げた。
ふくよかな顔立ち、豊満な肢体、人を明るくさせる笑顔。
その持ち主の女性と食事を共にすることになった。
「こんなおばちゃんに嫌だねぇ」
なんとく思いついたものの先ほどの言葉を発してしまったことを後悔している。
森から帰り獲物を換金してながら今日の戦闘について考えた。どうすれば効率よく戦闘をおこなえるかと。
ギルドに訓練場があるくらいだからそこで訓練、もしくは技術を教わることもできるのではないだろうか。
閉まる少し前の空いている時間帯に受付のおばちゃんに聞いてみると、訓練の教官募集の依頼を出せばいいと教えてくれた。
ここはあまり大きくない町なので専門の教官はおらず、一般冒険者が依頼を受けておこなう形をとっているそうだ。
教官依頼を受けるには教官の資格を持っていなくてはならず、1級から3級までの級により報酬金額も異なるというシステムだ。
そこで一番安い3級教官の募集依頼を明日出してもらうことにし、こうなった。
少し早いけど、ここで終わりにするから一緒に食事でもどうかと。
食事をしながらいろいろとアドバイスなどもしてあげるしね。というギルドの受付嬢リタさんの言葉に釣られて今に至る。
「本日のおすすめ定食5つね。あと、パンも追加でたくさん持ってきて」
一緒に席についているドヤッキー、ドンズルーの分も宿のおかみさんに注文をおこなう。
「姉さんよろしくね」
「あいよ、リタも隅に置けないねぇ。こんないい男と食事なんて」
「いやだよ、姉さん」
耳まで赤くしているが勘弁してもらいたい。ボン、キュ、ボンではなく、ボン、ドン、ボンは守備範囲外だ。
これでも彼女いない歴=年齢で恋愛にはまだ夢見ていたいピュアハートの持ち主なのだ。
そういえば前の世界でも同じバイト先のコンビニの若い女の子と話をしたいと思いつつもまともに話ができるのはパートのおばちゃんだけだったなと思考が脱線したがこの際それは関係ない。
「そういえばリタさん、情報掲示板に魔王が現れたとか王都では勇者召喚をおこなったとか書いてありましたけど、あれってどうなんですか?」
「なんでも王城に直接魔王が現れたということさね。そこで急遽異世界から勇者の召喚儀式をおこなうことになったそうさね。お城はまだ混乱しているらしく詳しい情報はこっちにはまだ来てないんだよ」
「勇者召喚ってよくあるんですか?」
「最近では30年前にあったらしいね。私がまだ小さかった頃の話であまり覚えていないけど、年寄り連中に聞けば教えてくれると思うよ。その前はおとぎ話とかになってしまうけど200年位前らしいさね」
「へぇ~、そうなんですか」
連れの二人は食事に夢中でこちらの会話にはあまり興味がないようだ。
この町のこと、王都のこと、冒険者についていろいろ話を聞かせてもらった。
食事も終わりリタさんが帰るとのことでお開きのつもりが、おかみさんに女性は家まで送っていくべきだと言われ、しぶしぶ送っていくことになった。
元盗賊の二人はというと、アニキの邪魔をしちゃ悪いとかいってとっとと部屋に戻ってしまった。奴隷の癖にいうことを聞きやしない。
外は暗く人通りもまばらで、ぽつりぽつりとある街灯と家々の明かりの中二人は歩いていた。
ケホケホ
「どうしました?」
「あたしじゃないさね」
ケホケホ
暗がりの中から聞こえる。
近寄ってみると壊れた鎧や木片、欠けた食器などなど、いわゆるゴミが積まれていた。
ケホケホ
ゴミの中から聞こえてくる気がする。ゴミを掻き分け音のする場所探す。
いた! ケホ子だ! って誰やねん。
咳の度に体が軽く上下するが、それ以外ほとんど動かない。
額に手を当ててみると熱い。ハァハァと息も荒く合間にケホケホと苦しそうな咳が混ざっている。
「大変だ。病院へ!」
「病院? あぁ治療院ならもう閉まってるさね。とりあえずうちに連れてきな」
「いや、泊まってる宿の方が近い。そっちに連れて行こう!」
ゴミの中から抱き起こす。明かりのある場所へと抱えていくその体はあまりにも軽い。
ぐったりとした体はあまりに頼りなく、そこからだらりと力なくぶらぶらとしている腕は枯れ木のようだ。
明かりに映されたぐしゃぐしゃの銀の髪の下に見えている幼い顔は咳をする度にひどく苦しそうだ。
「おかみさん、ちょっとこの子を休ませてもらうよ」
「姉さん、お願いさね」
固い木のベッドだがクッション代わりにドヤッキーとドンズルーの服を敷き、その上に少女を寝かせる。
苦しそうな顔を見てどうしようかとおろおろしていたら『アニキ、ヒールヒール』とドヤッキーが教えてくれたのでヒールをかけてみたところ苦しそうな顔は少し和らいだ。
リタさんは下から水をいれた桶を持ってきてくれ、顔を拭き額によく絞った布を当ててくれている。
MPがなくなるまでヒールをかけたところ、咳の時は苦しそうだがそれ以外はだいぶ落ち着いてきたように見える。意識がないのか眠っているのかゴミの中から連れてきてからずっと目は閉じたままだ。
頭からすっぽりと被った貫頭衣に隠れて今まで気づかなかったのだが、見ると奴隷の首輪が嵌められている。
どこかで見たような……
「見たことある気がするでんねん」「アニキ、こいつはあっしらと一緒に売られてた奴隷でやんす」
「そうか、どうりで見た気がすると思った。お前らではなく、こいつを買う予定だったんだ。それがなんの手違いか……」
「ひどいでやんすー」「捨てないでほしいでんねん」
「おい、おまえら行くぞ!」
「どこへ行くでやんす?」
「奴隷商のとこだ」
「あたしも行くよ、ひとこと言ってやらなきゃ気がすまないさね。あんたらふたりがこの子をみてやっておくれさね」
ドアを叩きまくっていたら何事かと家から顔を出してきたやつもいたが、奴隷商の館だと知るとそのまま何もなかったかのように家へと皆戻っていく。
「開けろ、用事があるんだ」
手が痛くなってきた頃ようやくドアが開き先日の奴隷商が出てきた。
「こんな時間に何事でしょうか。ご用は日中にお願いします。」
「昨日お前の店で見せてもらった咳をしていた少女はどうした?」
迷惑そうに対応していた顔に一瞬違う表情を浮かべたがそれもすぐ何もなかったかのように元に戻した。
「あの子でしたら昼間に売れましたよ」
「そうか? さっきゴミ捨て場のなかから咳が聞こえ、見てみると彼女が捨てられていたんだが」
「そうですか。きっと買ったのはいいけど役に立たないから捨てたんじゃないでしょうかね」
「あんたねぇ、奴隷といえど捨てたり殺したりは禁止されていることは知ってんだろ」
リタさんが重量級ボディを震わせつつ割って入ってきた。
「えぇ、もちろんでございます。ですから買ったお客様が捨てたのだと思います」
「買ったのはどいつだい? ひとこと文句言ってやるさね」
「申し訳ございませんが、購入されたお客様の情報をお教えすることはできかねます」
「奴隷の持ち主くらいはステータス情報でわかるから、こっちで調べてみるよ。そして衛兵に引き渡してやるさね」
「それって捨てたんじゃなく、盗まれたとかお使いの途中でいなくなってしまったって言われたら終わりじゃないかな」
「そうですな。もしかすると持ち主の登録は抹消されているかもしれませんな」
ここまで聞いて疑念は確信へと変わった。こいつが病気の奴隷の処分に困って捨てたのだ。
だとするとたぶんやりようがある。小説知識から今後の方針が浮かんでくる。
「もしかしてその奴隷は拾ったものが貰っても構わないってことか?」
「えぇ、そうなっております。所有者のいない奴隷は拾った者のものになります」
「聞いたからな。返せといっても返さないからな。リタさん、行きましょ!」
「奴隷をご希望の際は日中にお越しください。是非お待ちしております」
リタさんは腹立ちを隠さず、おれは心の底で小さくガッツポーズをしながら奴隷商の元を後にし、宿へと戻っていった。
「アニキどうでしたでやんす?」
「うーん、どうだろ。奴隷商はこの子はお客に売ったといってたが、まずは所有者の確認だな。あっ」
「どうしたでやんすか?」
「いや、なんでもない」
そういえば、鑑定すればよかったんだ。よしっ、鑑定!
名前:□□
所持名:奴隷
Lv1
名前が点滅しているな。奴隷となっているが、ドヤッキーたちはコウの奴隷と持ち主の名前が表示されていたがこいつのは誰のものか表示されていないな。やはりそうだろう。
「リタさん。奴隷の持ち主ってどうやって調べればいいんですか?」
「ギルドででも調べられるし、衛兵の詰め所なんかでも調べられるよ。あと当然奴隷商のところもさね」
「それじゃぁ、明日この子が動けるようだったらだけど、ギルドで空いてるときに調べてもらえますか?」
「もちろんさね。いくら奴隷とはいえこんな小さな子をぼろぼろの状態で捨てるなんて許されることじゃないさね」
水をよく絞り額の布を変えている彼女の顔は優しげだった。