部活後篇
「それで真田君はどの部活に興味があるの?」
「俺・・・か、さしたる希望はないのだけれどな。小春風はどうだ?」
「何が私に会うと思う?」
教室で山田に言われた言葉の気持ちの悪さは、廊下にでて小春風と話すうちに少しずつ薄れていった。
ーそうだ、話し方だって小春風は特に気にするそぶりだってないじゃないか?・・・なぜ彼女基準で俺は物事を考えている?
ただしそれでも俺はこれまで感じたことのない異和感だけは不思議と感じていた。そしてそれは小春風がいるときのみに感じている様な気がした。
「それをこれから見つけに行くんじゃない!」
俺より少しだけ先に歩いていた小春風は俺の方に振り返り両手を後ろ手重ねて少し前掲したような姿勢から低い位置で俺の顔を見上げる。
「!!」
可憐だ、とそう思った。だが今までにはなかったこの感覚に俺は言葉を失ってしまう。そんな時だった。
「清十郎!」
小春風がいるさらにその先に知った顔が声をかけてきた。声をかけてきた相手は・・・雪花だ。
「学級委員の仕事、終わったんだ。あたしそろそろ帰るから一緒に・・・」
「え?あ、清十郎君、もしかして東原さんと約束があったの?なら。」
雪花の話した言葉に小春風は驚く表情を見せた。だが俺としては・・・雪花よりも小春風といたかった。
「いや、気にするな小春風、雪花、俺はこれから小春風と部活勧誘周りに言ってくる。」
「え?・・・清十郎、でもそんな部活する暇ないって言って・・・」
俺の言葉に雪花の表情が固まる。
ーなぜだ、どうしてそんな表情をする雪花?そんな暇はないなんて俺は言って・・・何だ?この柄も言われない頭に引っかかる感覚は。俺はそんなことは言って・・・いや、気にする必要もないだろう。
「雪花、悪いが帰るならお前一人で帰ってくれ。まだ明るいとはいえ女子一人で帰るんだ気をつけろよ。さぁ小春風、部活勧誘の机だし時間はあと1時間程度だ、急ごう。」
俺はそう言うと軽く雪花に会釈をしてその場を後にした。俺は気付かなかった。雪花が黙ってしばらく廊下の真ん中で下をうつむいていたことに。
一生男道柔道部
スタイリッシュに踊ろうチアリーディング部
最強の男にボクシング部
日本人なら空手部
たおやかな女性に日本芸能部
雪花と別れた後、俺は小春風と中庭で開かれる各部の勧誘ブースを歩きまわっていた。それぞれのキャッチフレーズは・・・なるほど目を引く者がある。
その中で小春風は家庭科部に興味を持ったようだ。聞けば家では裁縫や料理を作ったりもするらしい。
「あの、もしかして入部希望の後輩さんですか?」
家庭科部のブースに入り小春風は一人の先輩男子学生に声をかけられた。その学生は俺よりも先輩であるはずなのに背が低く、華奢で、地毛なのか染めているかは分からないが金色の神を持ち、一見女子と見間違えそうな程の愛くるしさを持っていた。
「いえ、まだ決まったわけじゃないんですけど、家では良くお母さんの手伝いをするんです。」
小春風は律義に答える。
そんな彼女の態度に気を良くしたのかその先輩男子学生はまばゆいばかりの笑顔で彼女に応対をした。
だが・・・俺は不愉快だ。彼女が他の男と楽しそうに話しているのは我慢がならなかった。
「ねぇ、清十郎君、どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
俺は他の男子生徒と話しているのが面白くなかったからか知らずうちに怖い顔をしていたようだ。
そしてそれはどうやら俺だけではなかったらしい。
「家庭科部?は!おままごと部かよ。それに先輩だか何だかしらねぇけど野郎が料理って腰ぬけもいいところじゃねぇか。」
後ろから声をかけてきたのは・・・同じクラスの獅堂だった。
「あ、君も興味があるんですか?・・・あ?」
家庭科部の先輩は変わらずににこやかに獅堂に声をかける。が、獅堂といえば威圧するような視線に無言でその先輩の襟首をつかんだのだ。
俺自身も驚いてしまった。
「お前みたいな男女むかつくんだよ。黙ってろよテメェ。」
獅堂は背がかなり高い、力もあるのだろう家庭科部の先輩の襟首を両手でつかみながら上に引き上げた。
「獅堂君、ダメ!!」
その光景に小春風は悲鳴を上げた。
「おい、お前、何やっている!新見を離せ!!」
騒ぎが大きくなってきたのか・・・先ほど勧誘をスル―した空手部の動議を来た坊主頭でがっしりした体格の先輩学生が獅堂に向かって大声を張り上げた。
「駄目だ!喧嘩しちゃ!」
獅堂に襟首を掴まれた先輩・・・新見という美少年は苦しそうにしながら空手部の学生に声を張り上げた。
「だったら俺のこと止めてみろよ。空手やってんだろ?俺に勝てば辞めてやるし、空手部で下っ端でもなんでもやってやるよ。」
獅堂は空手部員に対して不敵な笑みを浮かべた後、新見をブースの机にその剛腕で投げ飛ばし空手部員の所まで凶悪な笑みを浮かべて走って行った。
「ぶ、ブフゥ、なんなんだこの野郎・・・」
「どうした?、大口をたたいていた割には大したことないんだな。かつての俺の友は仲間内で一番力が及ばない奴であってもお前の数倍は強かったぞ?」
俺は今冷ややかな目で地面で両膝をついて流れ出る大量の鼻血を両手で受け止める獅堂を見下ろしていた。
「うぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
獅堂はその言葉に逆上したのか立ちあがり俺に突っ込んできた。俺と言えば・・・、家庭科ブースに配置された椅子を両手に持ち思いっきり振りかぶると獅堂の上半身・・・ではなく下半身に攻撃を行った。
脛に椅子の鉄骨が当たった奴はその痛みに再び苦悶の表情と小さな悲鳴を上げて地面に突っ伏した。
俺と獅堂が戦っているいきさつはこうだ。
獅堂は空手部の先輩と喧嘩をし、あっさりとこれを破った。そうしてそれに続いて何人もの格闘系体育部の学生が彼に戦いを挑んだのだがどれもすぐ瞬殺されてしまいうずくまる彼らに対して獅堂が執拗に追撃をしているものだから俺も奴を諌めるために勝負を仕掛けたのだ。
そうして現在は俺は突っ伏して地面に向ける奴の顔に思いっきりサッカーボールキックを見舞ってやり、その後奴が戦意を喪失するまでその腹に蹴りを見舞った。
「そこまで!」
奴が食らい続けていた俺の攻撃に悲鳴も上がらぬころになった時、良く通った高い男の声が聞こえてきた。振り返ってみる。そこには苦々しい顔をしながらも気高さと高貴さを漂わせる生徒会長だった。
「何が原因かは分からないが校内での私闘というのは生徒会長として見過ごすわけにはいかない。」
「ち、これからがいいところだってのによぉ、オイ、小春風、俺はお前みたいな能天気が大嫌いなんだよ。次回茶々入れようとしたら・・・楽しみにしやがれ」
会長の一言に獅堂がそう言ってにやりと笑いその場を後にした。
ーなんだ、おかしいぞこの違和感。明らかに劣勢だった獅堂、楽しいなんて余裕はなかったはずだ。小春風も止めに入っていないはずだ。
「どういう事?このイベントでは真田君は怖がって後ろで見ているはずなのに・・・会長がもっと気遣ってくれて、獅堂君は少し認めてくれて、新見君は私の事をもっと心配してくれるはず・・・」
小さい声でぼそぼそと呟く小春風、俺には聞こえなかったがなぜか小春風がなにを思っているのかを知りたくなり声をかけようとした。その瞬間である。
彼女のケータイがなった。
「はい、小春風です。ハイ、この前は御免なさい!」
電話に出た彼女は先ほどの表情と打って変わって嬉しそうだ。
「分かりました。和弓部ですね。すぐに向かいます。葛城先輩!・・・ごめんね!真田君、チョット予定ができちゃって。行かなきゃ。また明日ね!」
小春風は俺にそう言うとその場から軽やかな足取りでその場を去った。
俺にはどうしても理解が出来なかった。
彼女が・・・葛城の番号を知っていることである。俺は前回のバイトで彼女の番号を教えてもらった。だが葛城にはウソの番号を教えていたのだ。だから彼女が連絡をとれるはずがない。そしてあれから何度かバイトに出ているというのにウソの番号を教えた俺に葛城は何も言わずにいつも通りのスタンスで俺と絡んだ。
もうひとつ、自分で言うのもなんだが俺はかなり獅堂を痛めつけたとは思う。
だというのに彼女は全く気にするそぶりを見せず俺にその場を離れることを伝えてきた。その落ち着いた様は、なぜか彼女が今日の立ち回りを最初から知っていたのではないかとそう思わせるほどの様だった。