アルバイト
you got mail you got mail you go・・・ピッ!!
時刻は午前5時30分、高校に入学して初めての週末は突然のケータイメール受信音で早めに起きざるを得なかった。
ーうぅん、何だ?、俺に連絡してくるような奴はあまりいないはずなんだがな。
俺はまだ眠い瞼をこすりながらもケータイを開けてみる。最近みんなが持っているようなスマートフォンではない。一昔前のパカパカケータイだ。
”登録ID:サダキヨ様 あなたが当ページで出品した商品に注文タグがつきましたのでお知らせいたします”
「買い手が出たのか・・・よし・・・」
俺は確認したメールの内容に嬉しさを隠せなかったが、瞼が重いこともあってなかなかテンションが上げられない
-今日のバイトは・・・7時半からだ、ここで2度寝するのはまずい。シャワーでも浴びるとしよう
俺はもう一度寝たいという欲求と、2度寝をして万が一バイトに遅刻してしまうリスクとを頭の中で戦わせあい、しばらくベッドの中でもぞもぞと動いた後、遂に意を決して掛布団を押しのけた。ここは家の2階、寝惚けはまだ解消されないが1階の風呂場に行く為に階段は足元を注意することにしよう。
キュ、キュ、キュ
しゃああああああああ
「うっくぅぅぅぅぅぅ!!つめたぁ!!」
俺は風呂場に入り、出たてのシャワーの冷たさに悲鳴を上げてしまった。時間はまだ6時にもなってない。春になり最近暖かくなってきたとはいえ、夕闇に冷えた空気、そして地面はその下に埋められている水道をも冷たくしていたようだ。
俺はすこしガス給湯で水が暖かくなるのを手で確かめた後、もう一度シャワーをくぐった。
ー今日のバイトは7:30~19:30まで結婚式場でバイト。時給は1,000円、20:30から24:30まではカラオケでバイト。時給は850円
俺はシャワーを浴びながら今日のバイトのことを考える。正確には時給についてだ。
ーネットショップの売り上げで出る粗利は12,500円、高校に入ってバイトを始められることを考えて
俺は知らず知らずのうちに自分の意識を口に出してしまう。
寝惚けの体に暖かいシャワーが心地よい、気を抜けばすぐに夢の淵に落ちてしまいそうだ。
「結婚式のバイトで日給12,000円、カラオケ日給3,400円、今日のネットショップ12,500円、もしこれを毎土日続けられるなら・・・月給223,200円・・・20万を超えるのか・・・」
体力など続くかどうかなどわからない。ネットショップだって毎週売り上げが上がるか怪しい。それでも俺は捕らぬ狸の皮算用宜しく、自分の中で導いた金額に口元をゆがめる。
ーそれにしても入学早々、売り上げがでるなんて今週末はいいことがありそうだな。
俺はそう考えながらこれ以上の水代とガス代の無駄を削減するため、シャワーを止め、風呂場から出た。
「初めまして、本日からこちらのハートマリッジでお世話になります。真田清十郎です宜しくお願いいたします」
パチパチパチ
人生初めてのバイト・・・少し緊張しながらも俺はやっとの思いでバイト仲間になるであろう皆さんに挨拶をした。そしてそのあとにその皆さんとともに、一通り本日の披露宴内容、件数、料理内容、アレルギーについての話を黒服と呼ばれるフロアマネージャーから説明されるに至った。
「それじゃあ一軒目の披露宴は12時からなので、みなさん会場のテーブルセットや外の掃除は11時半までによろしくお願いいたします。真田君は・・・今日は木ノ下さんに教えてもらって。」
「わかりました」
そうして本日第一回目のバイトに向けて、俺の教育係を紹介してくれる。
俺と同じくらいの年ごろの女性だった。
「木ノ下愛奈よ。まずは一通りテーブルクロスをセットするところから始めまようか?」
紹介された女は初対面にも関わらず初めてのバイトに緊張した俺に対して不安を払しょくさせるような笑顔を向けてきた。
初めての結婚式のバイトはとにかく大変だった。知らないことが多くあるだろうとは最初から予想していたが、とりわけ難しいのは一般的なマナーについてだった。マナーについては教養はないわけではない。ただしいざ実践するとなるとこれが難しかった。また必要以上にお客様との付き合いはストレスを生むものであるとわかり、木ノ下さんに”すぐ慣れるから”と言われてもなかなか不安が抜けない。食事を出すときの動作、ドリンクの注ぎ方、また新郎新婦を撮影するために席から離れてしまい、コース料理に手を付けてもらえずに次の料理が出せない。なんてこともある。結局、19時半という約束の時間がくるまで俺は木ノ下さんに迷惑をかけるばかりだった。
「木ノ下さん、あの本日は誠に申し訳ありませんでした。」
「え?いいよ、最初でしょ?みんな同じようなものだし。それよりも仕事に慣れることよりも・・・もっと笑ったほうがいいよ真田君」
バイトが終わり、俺は今日の不甲斐なさを木ノ下さんに謝罪をした。だが木ノ下さんが返してくれた言葉はなぜか仕事についての話ではなかった。
「疲れとかじゃなくて・・・真田君今日一度も笑わなかったね。結婚式、披露宴のお仕事だから仏頂面ではなくてもっと笑ったほうがお客さんには心象はいいと思うよ?」
「・・・なるほど、猛省します。ありがとうございます。」
「まぁそんなに真剣にとらえないでよ。あ、だからっていつでもニヘラ~ってなるのもダメだよ?私の部活でいっつも問題起こすやつがずーっと笑ってるやつで真剣さがまるでないんだよね。君の場合は真面目すぎるけど時々笑ったら結構いいと思うんだよね~」
「はぁ、部活・・・ですか?そういえば木ノ下さんって高校生ですよね?どちらの・・・」
「あぁ!!やばい!!もうこんな時間!ゴメン真田君!明日もなんだよね!私明日いないけど!がんばってね!!それじゃ!!」
ひとしきりアドバイスをくれた木ノ下さんは腕時計で確認した途端、俺の問いに答える間もなく慌ててその場を立ち去った。
-さて、これから・・・カラオケのバイトだ
「やること自体は全部単純作業、客きたら空室状況見て調べて案内コースごとの金額を人数分前金で払ってもらって。後は客が電話でオーダーした料理やドリンクを出して。で延長になったらその分支払ってもらう。終わったら部屋の片づけ・・・どうだ!簡単だろう!」
「はぁ、まぁ。」
もう一つのバイト先、カラオケ店に30分以上早くついた俺は、カラオケの先輩店員に今日から働くことをご挨拶し、その流れでやることを教えてもらった。
・・・とはいえ、彼の業務終了時間は終わりだったのかすでに制服から私服に着替えが終わっている。彼はニコニコ笑いながら右手には従業員休憩室で購入可能な缶コーヒーが握っていた。
「いやぁ、早めに来てくれて助かったわ!実は俺ちょっと友達待たせてんだよね。もう一人この後俺と入れ違いで店員来るからさ、その人とがんばってよ!じゃ」
「はい、お疲れ様でした。」
ー・・・バイトによって、後輩の扱いがこうまで違うものなのか・・・勉強になったな。
「きゃ!ゴメンなさい!!」
俺はその先輩ー葛城の背中を見送っていると、不意にカラオケルームから出てきた一人の女子と葛城がぶつかった。葛城といえばその衝撃でコーヒーがこぼれてせっかくの私服が濡れてしまっている。
「私、なんてことを・・・あの、ごめんなさい。」
ぶつかった女子はしきりに葛城に謝っている。俺は・・・その声に聞き覚えがあった。
ー小春風・・・
部屋から飛び出し葛城とぶつかったのは・・・俺のクラスメート、小春風恋だった。
「あっちゃー、こりゃどうしようかなぁ・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい、あぁどうしよう。」
小春風は必死に葛城に謝っていた。その鏑木は当初コーヒーに濡れた上着を苦笑いしながら見ていたが、その後押し黙りじっと小春風の顔を見つめていた。先ほどのニコニコした顔が一転無表情だ。はじめに会った時が笑顔だったからこそ、その無表示には少し凄みがあった。
「クリーニング代・・・」
ボソっと彼が呟く・・・小春風は良く聞こえないようで葛城に今一度聞き直した。それに対して葛城は今度はにっこりとはにかみしっかりと小春風に聞こえる声で言った。
「クリーニング代、それで許してあげる!金額はそこまで高くならないと思うけど、連絡はしたいからまず名前教えてもらっていいかな。」
ドクン
葛城が小春風に名前を聞いた途端。何か自分の胸につかえができたような気がした。
「小春風恋です・・・あの、」
「恋ちゃんかぁ、連絡先聞いてもいいかな?」
名前を聞いた葛城はその後質問を畳みかける。
「わ、分かりました。ゼ、090」
「ちょっと待ってください。お客様、お召し物にお汚れはございませんか?、葛城さん、確かこの後ご友人との予定が・・・着替えのためにどこかに入る必要もあるでしょう?彼女の連絡先は自分が聞いておきます。この場は任せて先輩は・・・」
俺はなぜか今回の衝突と葛城の服に染みを作った。小春風へよりも被害者であるはずの葛城に不満を抱き、その問いを中断させる。
「葛城さん、是非」
「う・・・そ、葛城君との限定イベントなのに・・・なんで真田君がいるの?」
俺の葛城さんの念押しに、小春風は聞こえない声で何かをつぶやいた。
「・・・、うん、うーん、分かった。じゃあ・・・頼んだ」
少し考えていた葛城は俺の言葉に最終的に従い、
”それではごゆっくり”
とまたにっこり笑顔になってその場を去った。
「あの・・・真田君、どうしてここに?」
「バイトだ。今日からな。小春風こそどうして?もう20時もまわってる。女の子が遊ぶにしてはもうそろそろ遅くなりそうなんだが。」
俺は小春風の質問に回答する。努めて落ち着いた声で。実際に葛城と話しているのを見ていた時に比べて少し心が落ち着いているのを実感する。
「そっか!そうだよねお父さん。亡くなっていま真田君ががんばって働いて家族を養っているんだもんね!・・・そうか、なら学生がバイトするようなお店ってこの街じゃ限られているし・・・この世界ならそうなのかも?」
「清十郎でいい」
「え?」
「最初の時点で清十郎と呼んでたんだ。今になって真田もないだろう。清十郎と呼んでほしい。」
俺は彼女が獅堂に茶化されてから名字で呼ぶようになった小春風に妙な距離感を感じていた。
「・・・うん、わかった!」
彼女は俺の提案に少し照れたように笑った。本当に愛らしい。
ー愛らしい・・・だと?俺は何を考えているんだ。彼女は今週あったばかりで何も知らないじゃないか。それに・・・なんで俺の父さん死んだことを知っている。
「あの・・・」
小春風は少し不安そうに眉をひそめて俺を見つめている。
「あ、ああスマナイ。今日は友達と?」
「うん、中学校時代の親友たちと!」
「そうか・・・女子・・・なのか?」
「そ・・・そうだけど、え?」
ー何を聞いているんだ俺は!!彼女が誰とこようがそれは彼女の自由じゃないか?
「あ、いや・・・スマナイ。まぁ、何だ・・・そうだ、悪いがさっさと葛城さんの要件済ませてしまおう。君の友達を待たせてしまうのも悪い。・・・俺が聞くにあたり、俺も君の連絡先を知るところになるが・・・それでもいいか?」
俺は自分でそこまで言うと、ふと、今まで身に覚えのない感情が広がって行った。傲慢で自分勝手で実に俺らしくない考えだ。
ーそうだ、俺はこの子のことを知らない。だったら知ればいい。知る・・・何のためだ?
「うん、いいよ」
小春風はそう言いながら受付カウンターまできて俺がだしたメモ帳に自らの連絡先を記した。
「ねぇ東原さんってさ、清十郎君の幼馴染・・・なんだよね?可愛くて明るくてみんなから人気がありそう。どんな子?」
「ん?雪花のことか?どうっていわれてもな」
「もしかして・・・二人は恋人同士?」
「!それはない!まず、ありえん?勘ぐらないでくれ!」
自らの連絡先を書きながら、小春風はそう俺に聞いてきた。俺はといえば・・・なぜ自分がそこまで強めに否定したのかわからなかったがそのように言った。なんというか、小春風にはそういうことを聞いてほしくなかったからだ。
「ご、ごめん!!あの連絡先書いたから!もう行くね!」
俺が怒鳴ってしまったからか小春風は驚いたような顔をして俺の言葉を待たずに元の友達のところに戻ってしまった。
その1時間後、小春風とその友人一同がカラオケ利用時間を終えてマイクを受付に戻しに来たのだが、俺も彼女も何も言葉を交わすことはなかった。
「ご利用、ありがとうございました。」
うちのカラオケ店はビルの3階だ。彼らが乗ったエレベーターの扉が閉まると同時に俺は深く頭を下げた。
ドアが閉まったあとも俺はしばらく、頭を上げられないでいた。
ーなぜ俺は小春風には普段自分にはない感情が出てきてしまうんだ?なぜ俺は彼女の不自然な言葉を聞きつつも聞き返せずにいるんだ。なぜ俺は・・・彼女に対して、いや彼女に自分だけを見てもらいたいんだ・・・
そうして俺は下げた頭を上げて閉じたドアを見つめていった。
「まさか・・・俺は小春風のことが・・・」
そう呟いた瞬間、新しいカラオケ利用客を載せてエレベータが―また3階でドアを開けた