学級委員
どうしてこうなった?
俺は今猛烈に項垂れている。皆が帰った後、クラスメートが提出したノートを持って職員室に向かっている最中、俺が置かれている状況を思い直した。
「不器用だけど・・・私も手伝うから!ね!がんばろ!!」
涼やかな声が思い出された。声の主は小春風だ。入学初日の本日、すべての授業が終わった後のホームルームで学級委員を選考する事が確か議題に挙げられた。
確かにっていうのは決して比喩とかではない。俺は勉学以外学校で特に何かをしたいというのはなかった。家に帰ってバイトに向かう。金を稼ぐ。そう、父を亡くした一家にとって大黒柱である俺には一番重要なことだった。だからということもあって議題に挙げられても俺は学級委員になどなるつもりはなかった。
しかし気付いたらなっていた。なぜかその決定までの意識があいまいになっていたのである。ただしはっきりと覚えている言葉、それこそが先の小春風の言葉だった。
とは言え…
―なぜに運んでいるのが俺だけなんだ?
そうなのだ。学級委員になったのは俺だけではない小春風も同様に就任したはずだった。何
故かはわからないが小春風が就任した時安心していたのを覚えている…のだが
「初日からサボりか?いや、彼女に限ってそんなことはしないか。!!」
俺は自分自身で言ってその内容に驚愕した。
―彼女に限ってだと?俺が彼女の何を知っているというんだ?
無意識のうちに彼女を擁護していた自分に驚いた。と、その時
「清十郎、1年目から内申稼ぎに動いているわけ?」
後ろから雪花の声が聞こえた。
「雪花か。いや、なんだかわからないうちに学級委員になってしまってな。」
「ふーん、そういうわけでノートを職員室に届けているわけだ」
反応しつつ歩みを止めない俺の隣についた雪花は同じペースで歩き始める。
「なら半分持つよ!ホレお貸し!お、早川修平?どうイケメン?」
「よくわからん」
「それじゃあ、水島拓哉!ん~名前がカッコいい。」
「どんな奴だったか・・・」
雪花の質問に俺はことごとく返していった。そしてしばらく答えているうちに雪花が呆れたようにため息をついた。
「清十郎、あんたそれだよ」
「何がだ?」
「その無関心さ、仮にも1年を一緒に過ごそうっていうクラスメートの名前も顔もろくに覚えようとする気力がないのに学級委員を決めようなんて話覚えているわけないじゃん」
「・・・なるほど」
俺の言葉に雪花はもう一度大きなため息をついた。
「そんな残念そうな顔をするな。そういえば一人だけしっかり覚えているクラスメートがいる」
「お!清十郎のお目にかかるなんてなかなかの逸材ですな。なんて人?」
「あぁ、小春風恋って女子なんだが。」
「え?女の子・・・なの?」
雪花は面食らったようで声を失った。
「ハハッ、邪推するな雪花。俺と同じく学級委員になった。それだけだ」
―本当にそれだけなのか?
瞬間頭にそんな事がよぎった。
「あ、そっか、それなら覚えておかなきゃだよね?」
「だろ?それで?」
「え?」
「いや、こうして手伝ってくれてるんだもしかしてお前も学級委員にでもなったのか?」
「いや、なってはないけど・・・」
「なら無理して手伝うことはない。まだ初日だが学級委員とはなかなか面倒な仕事だな。多分雪花のクラスの委員も同じことを考えているはず。雪花が手伝うのなら俺ではなく同じクラスの奴を手伝うのが筋だろうな。」
「まぁ、いいのいいの気にしない。」
雪花は俺の言葉にバツが悪そうに笑った。
「俺は一度止めたからな」
「わかってるって!ねぇ、そういえ「真田君ごめん!」」
職員室へ向かいながらの雪花と俺の一通りの掛け合いが終わり、その次に雪花が何かを言いかけた時にかぶさる声があった。耳触りのよいよく通った声だった。正面からこちらに小走りをする姿があった小春風恋だ。急いできたのか少し息が荒い。
「小春風、廊下は走らない」
「ご、ごめんね。」
俺の小言に小春風はうつむいた。
「なんて、冗談だ。」
「え?」
「え?」
俺の言葉に小春風はともかく雪花まで目を丸くしていた。
「いや、何か用事があったのだろ?だがそれでも手伝いに来てくれたんだ。それで今はいいじゃないか。」
「うん、ありがとね。さっきまで生徒会長に呼び止められちゃって。なかなか用事が終わらなくて。あ!生徒会長が悪いんじゃないよ!!」
ドクン
不意に胸の内が鳴った気がした。
「そうか」
おれは黙って彼女の目を見つめる。いや、見つめてしまった。小春風は俺のまなざしに耐えられなかったようで目を斜め下に伏せた
「あ、あのさ?小春風さん・・・でいいんだよね?学級委員になったの今日なんでしょ?だったら会長が用事があったとしても今日が初めての学級委員としての仕事だったなら先に終わらせてもよかったんじゃないのかな?清十郎だって暇じゃないんだし。」
「ご、ごめんなさい!」
雪花の発言を聞いた小春風は凄い勢いで何度も頭を下げる。その光景は俺には耐えられなかった。
「雪花、俺は大丈夫だから。小春風もきっと悪気があって遅れてしまったわけだし」
「でもさ~」
「雪花、俺はいいと言っている。それにこれを出せば今日は帰れるんだ問題にもならないだろう」
そう、小春風に限ってそんなことはしない…なぜ今日知ったばかりの俺がそんなことを言える?
そうさ俺が許せば彼女の思いつめた表情を見なくて済むんだ…何を考えているんだ俺は?
頭の中が思考が絡まっていくようなそんな気がした。
そしてそんな俺の言葉を聞いた雪花は黙って俺の目を見ている。
―何を見ているんだ?お前までそんな思いつめた目をしてほしくはない。
「雪花、ここまで運んでくれてありがとう。助かった。」
俺は有無を言わせず雪花が抱えているノートを取り上げ、小春風に受け渡した。
「わ!」
「遅れた罰だ。これくらい任せたって別にかまわないだろう?」
「それは構わないけど」
もう職員室はすぐそばだが彼女がノートをしっかり抱えているのを確認して俺たちは歩みを進めた。
「清十郎、気付いている?私にすら滅多に見せてくれないのに…楽しそうに笑っているよ?」
彼女は俺たちの背中を見てつぶやいた。
「普段、冗談だって言わないのに。」
廊下に取り残された彼女が俺たちに向かって発した言葉を俺は拾うことができなかった。