高校初日
「おいユキナ、そろそろ起きろ、朝飯ができたようだぞ。」
「うーん、うるさい、お兄ちゃん、あと15分。つか、勝手に妹の部屋に入ってくるなぁ」
「なんだ、また乙女ゲームで夜遅かったのか。」
「いいじゃん、ちゃんと宿題したし、やることやった後には好きなことやる権利あるでしょ~ホラ、出てってよ。」
「俺はちゃんと起こしたぞ、始業式には遅刻するなよそれじゃあ学校でな」
「・・・」
俺の言葉に妹は答えない。俺はため息をついて妹の部屋のある2階から1階におり、朝食のにおい漂うダイニングに足を運んだ。
「おはようございます、母さん」
「あら、おはよう!清十郎さん、ユキナは・・・あの子また昨日夜遅かったのね。朝食代は浮くけど親としてはしっかり食べてもらいたいのだけどね。」
「最近クラスの女子たちの中で流行っているゲームだそうで、まぁ宿題等はちゃんとやってるようですので問題はないでしょう。」
俺は軽く笑いながら机について置いてある新聞を広げた。
「そういうわけにはいかないわ!・・・あなたが自分の青春を犠牲にして与えてくれる自由ですもの。あの子にはそのありがたみをもっと感じてもらわないと。」
バターを塗りたくった厚切りのトーストをかじりモグモグと咀嚼しながら、口を開いた。少しというよりもかなり行儀は悪い。
「母さん、自分だけの力じゃないですよ。母さんも日中は働きに出て家計簿をつけて、苦労されているからこそこの家のローンも継続して払えているというものでしょう?体調など崩されませんよう」
「あなたに言われるとこそばゆいわ。なんというかあなたはとってもいい子だけど。蛍雪の功というか、どこか若々しさが見えないのはなぜかしらね」
母さんが呆れたように笑いながら紅茶をすする。
俺は母さんが焼いてくれた半熟卵の黄身を皿に崩し、パンを少しずつちぎりディップしながら食べた。
ピンポーン
チャイムが鳴った。
「清十郎!準備できてる~?」
外から声が聞こえてきた。この時代の書物の設定でよくありがちな幼馴染の女の子宜しく小さいころから仲良くしてきた友人だ。
「清十郎さん。雪花ちゃんなんて・・・どうかしら?」
「どう・・・とは?」
質問に質問で返した俺に母さんは困ったようにため息をついた
「何でもないわ、さぁすぐに朝食を片付けて行きなさい。あ、歯は磨いていくのよ雪花ちゃんだって女の子なんだから。雪花ちゃんおはよう。ゴメンちょっと待ってて、今ちょうど歯を磨くところだからなんだったら上がって行って」
「もごもご、ごちそうさまでした。」
俺は母さんのその言葉の裏でパンのかけらを口の中に押し込み、いそいそと洗面所にこもった。3分ほど歯を磨いた後に鑑で自分の歯をチェックし問題ないのが分かると洗面所を後にした。
「雪花、待たせた。母さんそれでは行ってきます。」
「おばさん行ってきます。」
俺は母さんに深く頭を下げた後幼馴染と外に出た。
「いってらっしゃい・・・清十郎さん。あの子のおかげで助かっているのは事実だけど、もっと遊びとか部活とか恋とか若い時にしかできない事をやってもらいたいのだけれど。本当に前のヒトはとても固いヒトだったのね。あなた。」
息子を送った母親は扉が閉まったことを確認した後そんなことをぼやいた。
「クラス分け、どんな組み合わせになるかな。中学の頃と同じようにまた一緒だといいね」
「そうだな。まぁどこに行ってもやることは一つ。青春の炎でも燃やすさ」
「なんか相変わらず時代遅れ感あるよね。私はぁ新しいクラスで告白されて彼氏ができたりして!」
「告白!」
通学途中の道路での幼馴染の一言に俺はガクッとうなだれる。
「っちゃぁぁぁぁぁ、まだ許してもらってないんだぁ。」
「あぁ、ユキナとはまだなかなか会話ができない。」
「そりゃあ、部活帰りに家に送ってくれたボーイフレンドぼっこぼこにしちぇえばねぇ。」
雪花は気の毒そうに言った。
「いくら部活の帰りとはいえ夜の9時だぞ!その友達とやらが不埒目的で付き添っていないとも限らない。ここは一家の大黒柱としてだなぁ。」
「ストップ。不埒とかいつの言葉よ。清十郎がどう思うがそこはユキナちゃんのとらえ方次第。違う?」
「だとしてもなぁ」
雪花と話しながら曲がり角に差し掛かった時に急に人がぶつかってきた。
「キャ!!」
俺に衝突したことで後ろに倒れてしまったらしい。
「これはスマナイ。怪我はないだろうか?」
しりもちをついていたのは同じ制服を着た女の子だった。
俺はしゃがみこんで手を出す。女の子はそれに笑顔で握り返し立ち上がった。自然に手を差し伸べたとはいえ抵抗なくすんなり握り返す女子も珍しいと思うに至った。
「こちらこそスミマセン!!あの、お怪我はありませんか?」
「いや、こちらが聞いているんだが。」
彼女は俺の言葉に“そうですよね”と恥ずかしそうに両手で髪を撫でていた。
「私は大丈夫です。お優しいんですね。えっと何かお詫びを」
「や、優しいだと?詫びなど必要ない。気にしないでくれ」
彼女の申し出を俺は断った。
「この場所、回答、ルートの正選択肢通りだ」
ボソッと彼女が呟いた。
「何か言ったか?」
俺はよく聞こえなかった為、彼女のセリフを聞き返したが彼女はそれをやんわりとごまかした。
「その制服、そのリボンの色あなたも今年からの新入生?」
俺たちのやり取りに雪花が入ってきた。同級生だったらここで花開く交友もあるだろう。
「チョット、ライバルキャラは割り込んでほしくないなぁ。」
「え?」
「なんでもありません。それでは私、急ぎますので。また校舎で会いましょう。清十郎君」
「は?」
彼女は俺たちに一礼したのち学校に向かって走って行った。
「雪花」
「何よ」
走り去っていった女の子の背中を見つめて俺は口を開いた。
「その目つき直したほうがいいぞ。睨みつけているようにしか見えんからな」
「な!!」
俺はその後の雪花の言葉が耳に入らなかった。なぜか彼女が離れていくことに後ろ髪を引かれる思いがした。そしてもう一つ気になった点があった。
―彼女はなぜ俺の名前を知っているんだろうと。