気持ち
残された、私と護。
「………」
長い沈黙。
「ねぇ、護」
「うん?」
「ありがとう」
「今更、何だ?」
「うん、何かね。言いたくなった」
「オレこそ、ありがとうな。大切な家族を増やしてくれて……」
私は、首を横に振った。
「私は、何も出来てないよ。あの子達も護とお母さんのお陰で、素直に育ってくれてる。凄く感謝してるの。ありがとう」
私は、護に頭を下げた。
「何言ってるんだよ。二人は、お前を見て育ってるんだよ。素直な気持ちを伝えようとする詩織を見てるからだよ」
護が、私を抱き締めた。
「だから、何も出来てないって言うな」
護の言葉が嬉しくて、涙が溢れる。
「ほら、今からファンに会いに行くんだろ。泣いてたら、心配されるぞ。一番のファンの子供たちにも」
そう言いながら、涙を拭ってくれる。
「うん、そうだね。皆が、私の為に来てくれてるのだから、笑顔でいないとね」
私は、涙を浮かべながら、微笑んだ。
「そうだ。笑顔の詩織を見せてやってくれ」
護の言葉は、私に勇気をくれる。
「ねぇ、護。今日、全部話してもいいかな?」
その言葉に躊躇したが。
「いいよ。話してしまっても。オレも知って欲しいって思う」
笑顔で、そう言ってくれた。
「ありがとう」
私が、お礼を言ったときだった。
コンコン。
ノックの音が、部屋に響く。
「はい」
「shiori。そろそろ時間だ」
マネージャーが呼びに来た。
「はい」
私は、椅子から立ち上がって、歩き出す。
「詩織、手を出せ」
エッ……。
私は、おずおずと手を差し出す。
すると、左薬指に指輪を嵌める護。
「お守り。舞台袖まで、着いて行くよ」
私は、護に付き添われて、舞台袖に向かった。
「オレは、ここまでだな。後は、客席で観てるから…」
それだけ告げて、行ってしまった。
今は、アーティストshioriなんだ。
ファンが、私を待ってる。
皆を楽しませることが、今の私の仕事。
私は、気持ちをオフからオンへと切り換えた。
「shiori、頑張ってこいよ!」
マネージャーに背中を押されて、ステージに出た。
ステージ上は、まだ暗い。
配線に気を付けながらスタンバイする。
ステージ中央に立つと、ゆっくりとイントロが流れる。
それに合わせて、ステージにスポットライトが当たる。
幾度となく感じる声援。
あぁ。
私、ここに立てて本当に嬉しい。
この気持ちが、歌で伝えられたらいいなぁ。