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※でぃ!  作者:
6/6

※5 花園さんといっしょ




 突然だが、患部に新しく入部した花園百合について解説しよう。

 花園百合。俺、五十嵐誠と同じ一年生。紅蓮色のウェーブがかかったショートカットが女の子らしさを引き出している。まだサイズが合わないのか、両手をほとんど覆い隠すブレザーの着こなし方が可愛らしい。とにかく、誰が見ても魅力的な「女の子」だと思う。


 しかし、可愛いと思えるのはここまで。彼女には隠されたとんでもない趣味を持っている。



 ――彼女は、BLと呼ばれるジャンルに手を染めた、完全なる腐女子なのである。



 ***



 花園さんといっしょ。

 某アルファベット三文字の日本放送協会が提供する子供向け番組にありがちな名前だが、百合は別にお母さんでも何でもないし、「いっしょ」と言っても駅まで一緒に帰るだけなんだが。

 旧校舎から本校舎にまで戻り、下駄箱へ。


「百合って電車通学だったんだ。どこに住んでんの?」

「調布あたりかしらね」

 我が花園学園は東京都渋谷区に存在する。渋谷から調布と言えば、電車を乗り継いでも40分はかかる。


「結構遠くに住んでるんだな」

「中学の頃の知り合いと一緒になりたくなかったから、出来るだけ遠くの学校に通いたかったのよ」

 百合は冷静に答えを返し、下駄箱から自分のローファーを取り出す。表情はどことなく暗い。


「……ん、そっか。お前も色々大変なんだな」

「アンタほどじゃないわよ。地味男」

「……そうやって罵ると傷つくから止めてくれる……?」

 お互い短所を非難された同士なんだし、もっと仲良く行きたいものだ。

 元々、俺と百合がこのように一緒に下校しているのは、「女の子一人で下校させるのは危険だ」と判断した「患部」の部長、八重樫先輩が百合と同じ電車通学である俺が駅まで一緒に帰ってやれ、と、俺に対して部長命令を下したからだ。まぁ、女の子と帰るなんてこと初めての経験なので決して嫌ではないのだが。


「ちょっと、もうすぐ完全下校なんだし急ぎなさいよ」

「……お、おう」

 呆れ口調の百合の言葉に、上の空の俺の思考がかき消された。百合はと言えば、既にローファーを履いて帰る準備万全、と言わんばかりの状態だった。


「女の子をあまり待たせるものじゃないわよ?」

 百合が両手をそれぞれの腰に当ててやれやれ、と鼻から息を漏らす。俺は悪い悪い、と謝りながらローファーを地面に落とし、落ちたそれに足を入れていく。まだ新品のローファーは履きなれていないのかちょっとだけ痛む。

 トントン、とローファーを地面に弱く叩いてから「お待たせ」と百合に微笑みかける。百合は何も何も言わず、俺に女の子らしい小さな背中を見せて歩き出した。歩くたびに百合のショートカットがさらりと揺れる。

 校舎を出てすぐ、俺の目が夕焼けの眩しさに眩んだ。地平線の果てまでオレンジが広がっていて、校舎に差し掛かる影が純粋に美しい景色を作り出す。


「誠は明日の自己紹介、何て言うか決めた?」

 そんな夕暮れを背景にしつつ、歩き出した俺と百合。1分も経たずして、唐突に百合が俺に言葉を投げかける。


「え、自己紹介?」

「先生が言ってたでしょ?」

 そういえば、明日、ホームルームでそれぞれ自己紹介をしてもらうとのことで、各々言いたいことを考えてくるように、と終礼で先生が話していたな。


「そうだなぁ……無難に自分の趣味とか?」

「じゃあ万が一私が、『趣味はBL本の執筆です』なんて言ったら教室はどうなると思う?」

「……『凍てつく波動』を食らったみたいになるな……」

 沈黙が作り出すお通夜状態に成りかねない。


「でも、『趣味は読書』ですとでも言っておけばいいんじゃないか? 読書なら誰にだってありそうな趣味だし、誰も何も思わないだろ」

「んー、まあそれが無難かもね。でも、趣味を言えって、誠に趣味なんてあるの?」

「……」

 と、聞き返されたわけだが、そこで俺は考える。趣味、趣味、趣味――


「……あれ」

 趣味という趣味を探ってみるが、頭の中でそれに対する検索結果は0。


「もしかして、趣味も無しに生きてるの、アンタ?」

 プププ、と百合が口元に手のひらを乗せてあざ笑う。


「……ほっとけ」

「しょうがないわねぇ。自己紹介って言ったら『好きな趣味は読書』作戦が一番よ」

「それ俺が言ったやつじゃねえか!」

「だって何も無いんでしょ?」

「うー……でも、みんなにあっと言わせるような自己紹介して、友達をもっと作りたい、って言うか……」

「要するに目立ちたい、ってこと?」

「そう、それ!」

 地味だった自分を変えるには、とにかく目立てばいいのだ。


「それなら、こんな感じにやればいいのよ!」



 ***



誠「出席番号2番、五十嵐誠です。3年生の八重樫先輩と付き合ってます。八重樫先輩はとっても男らしくて優しい先輩です(ポッ」


先生「ウホッ♂」



 ***



「これで誠も目立つこと間違いなし!」

「違う意味で目立ってんじゃねえか!」

 ポッって何で俺、照れくさそうにとんでもないこと暴露してるんだ!?


「いやー、明日からアンタもクラスの人気者ね!」

「なぜドヤ顔」

 百合がグッ、と親指を立ててドヤ顔を俺に向けている。ここでドヤ顔を作る意味が分からない。


「いいじゃない。本当に付き合ってるんだし」

「お前の脳内の話だろ!?」

 あと、さりげなく先生が「ウホッ」と反応しているのがムカつくんだが。



 腐女子な花園さんあるある

 『とにかく考えるのは男同士を付き合わせる妄想』



 ***



 学校を出て、大通りに出た。駅も近づいてくると、さすが日本の首都。目に映るのは人、人、人――。仕事を終えたサラリーマンだったり、俺たちと同じ学生だったり。とにかくたくさんの人でいっぱいだった。

 そこで俺たちの目にとまったのが、こちらに歩いてくる男子高校生二人。あの通学カバンは、恐らくここらにある男子校のものだろう。

 普通に歩いていた俺だが、途中から隣に一緒になって歩いていた百合がいないことに気づいて、


「おい、百合?」

 と後ろを振り返ると、


「……はぁはぁ」

 高揚気分で息を荒くする女の子が一人。


「……一応聞くけど、お前は今何を考えてるんだ?」

「想像してみなさいよ。あれ」

 百合がぐへへ、と不気味に笑って男子高校生二人を指差した。乗り気はあまり無かったが、百合の言われるがままに男子高校生二人を見てみるが、興奮する要素は何一つ伝わってこない。


「あの二人がどうかしたのか?」

「どうもこうもないわよ。二人の耳に注目なさい」

「耳ぃ?」

 百合はどうやら彼ら二人の耳を凝視していたらしい。目を凝らしてよく見てみると、二人は一つのイヤホンを二人で共用しているらしく、それぞれ片耳に同じイヤホンをしている。

 あー、あるよな。この曲がいいんだよ、と言って音楽機器に流れている曲を友達に聞かせようとするあれ。何とも思わないシーンの一つだと言うのに、


「男同士……同じイヤホン……はぁはぁ」

 こうして荒ぶっている残念な女が一人。


「まったく理解できないんだが」

「はぁ? アンタの目は節穴なの!? あんな絶景を見て何にも思わないなんて頭がおかしいんじゃない?」

「頭がおかしいのはお前だ!」

 なんだ絶景って!



 腐女子な花園さんあるある その2

 『男二人が同じイヤホンを使っていると興奮する』

 

 あるあ……ねぇよ!



 ***



「私って、こう見えても結構恥ずかしがり屋なの」

「……また突然のカミングアウトだな」

 まもなく駅に到着、と言ったところで百合の話がまた一つ展開……するのはいいんだが、いつも百合の話は唐突すぎて話を合わせるのに少し苦労することが分かった。


「昔は自分が恥ずかしがり屋なんてこと思いもしなかったんだけど……最近、あることで自分が恥ずかしがり屋だって気づいたのよね」

「へぇ」

「この前、新しいBL漫画を買うためにお店に入ったんだけど……」

 あ、俺が何も言ってないのに話すのね。恐らく、自分が恥ずかしがり屋だと知った「あること」の話なんだろう。歩くことは止めず、百合に耳を傾けて話を聞くことにする。


「BLの漫画コーナーで私が買おうと思ってた漫画を手にしている女の子がいたのね」

 何でもその漫画は、腐女子全員から好評、というものではなく、一部のファンに大人気、と言ったマイナーな漫画だったらしい。


「ちなみに漫画の名前は『俺の妹が俺をストーカーしている件について』っていうんだけど」

「タイトルから見て一大事じゃねえか!」

 妹がBL好きの腐女子で、兄を見ては過度な妄想で興奮する、と言った内容らしい。兄よ気づけ。妹はとんでもない(やから)だぞ……ッ!

 ちなみに、5巻まで発売中だそうで、今度読む? と聞かれたが丁重にお断りしておいた。


「それで、私、その作品が好きなんだけど、あんまりその作品を買っているような人が他にいなかったから……」

「その同じ漫画を買ってる女の子を見て嬉しかった……と」

「……よく分かってるじゃない。それで、私は滅多にいない同士に声をかけようと思ったんだけど……」

 まぁ、分からなくはない。クラスで友達でも何でもない生徒の一人が自分と同じ趣味で、声をかけてみようかなーと思うのと同じことだろう。


「私と趣味が同じなら……聞いてみたかったの。――あなたの理想のカップルは、と」

「どういうことでしょうか」

 突然話が見えなくなった。


「理想のカップルよ。理想とする二次元の中で受けと攻めの役割を果たす男二人は誰かってこと」

 受けとか攻めとかわけ分からない。なにそれ、ポケモ●?


「でも……聞けなかった。いざ聞こうと思ったら足が動かなくなって……それで自分は恥ずかしがり屋だな、って気づいたの」

「あぁ……そう」

 それ以外に投げかける言葉が、俺には見つからなかった。



 腐女子な花園さんあるある その3

 『とんでもない出来事で自分の欠点を見つける』



 ***



 駅に到着して、あとは電車を待つだけだった。

 俺たちの利用するのは地下鉄だ。俺は代々木のアパートに住んでいるので、地下鉄を使って代々木まで、百合は一度新宿に出て京王線を使って調布まで行くらしい。つまり、俺と百合は同じ電車を利用するわけで。

 しかし、電車は俺たちと入れ違いに行ってしまったらしく、次の電車が来るまでホームのベンチに腰掛けているというわけだ。


「おーい、アイス買ってきたぞー」

「サンキュー」

「ひゃー! 部活終わりに冷たいものってのは最高だよなー!」

 その待ち時間と言えば、百合は同じホームにいる男をひたすらに観察している。部活終わりの高校生だったり、サラリーマンだったり。年齢は問わないようでとにかく「二人以上の男」に注目しているようだった。


「あっ、あの人カッコいい……」

 とか、


「あんな人が私の学校にいればいいのになー」

 とか、そんなことを口にする百合に対して、俺は初めて百合の乙女心を感じた。あんなに残念な発想の中でも、やはり女の子なんだろうな、と俺の中で思っていると、


「そうすれば学校にいる男とでいいカップルが成立するってのに……チッ」

 ……あれ?


「あの男の人、誠とくっつけば良さげね!」

 ……花園、さん?


「そうなるとアンタは受けかしらね。地味男だし。あの人に攻められる誠……ひゃー!」

 ……ダメだコイツ……早く、何とかしないと……。

 百合の『乙女心』は文字通り、『乙』な『女心』でした。乙。



 腐女子な花園さんあるある その4

 『男に夢中(BL的な意味で)』



 ***



 やって来た地下鉄に乗り込んで、都合よく2席分座席が空いていたこともあり、俺と百合が隣り合って着席する。

 隣に女性が座ってくるなんて電車通学ではありがちなことだが、知り合いの女子が隣となると何となく落ち着かないな……。

 百合も、それは同じだったらしい。たまにちらっ、と俺の顔を覗くように見ると、顔を赤くして、すぐに視線をそらしてしまっている。

 先程まで弾んでいた会話(性的会話を含む)はここでは何一つなく、地下鉄がトンネルを滑走する騒音だけが耳に響いていた。

 

 それから、10分ほど。そらしてた視線を再び百合に向けてみると、


「……あ」

 百合は、小さな寝息を立てていた。目を閉じて、俺に体を預けるようにして寄りかかっている。そうか、どうりで静かだと思ったら眠ってしまっていたのか。


「……」

 それから、百合の寝顔をじっと見てみた。気持ちよさそうに熟睡している彼女の顔は、守りたくなるような愛おしい表情というか、なんと言うか。何だか、見ていて非常に照れくさい。

 何が言いたいかと言えば――


(やっぱり百合も……女の子なんだなぁ)

 当たり前だけど。分かっていたことだけど。百合は正真正銘の女の子なのだ。


「残念な発想が無ければなぁ……」

 きっと百合も、友達がたくさんできるはずなのに。

 それでも俺は、百合の趣味を非難する気はなかった。だって、別にいいじゃないか。十人十色という言葉があるように、人はそれぞれ違う思考を持つわけで。

 

 そうしてたまたま百合が、BL好きだった、というだけであって。ただ、それだけのこと。残念とは思うが、それが彼女らしさなのかな、と俺は話をまとめて、表情を緩める。

 



 腐女子の花園さんあるある その5

 『花園百合は女の子だ』




 眠りこけている花園のお姫さまは今、どんな夢を見ているんだろう。


「……その大きな棒を挿入……ぐへへ」

(……聞かなかったことにしよう)



 小さな声の寝言は、「花園のお姫さま」という俺の想像を見事にぶち壊してくれました、まる



 そんな俺の思いを乗せて、地下鉄はスピードを上げて疾走を続けていく。





  

百合さんとはどのような人か? といった話でした。

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