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6話 会社仲間? 勿論招ける訳がない≪後編≫

 突然ではあるが、僕は胃が丈夫だと自負している。

 結婚して、一週間と少し。この僅かな短期間で、僕は鋼鉄と言うに等しい胃袋を手に入れたのだ。……正確には、手に入れなければいけなかった。が、当てはまるか。

 そんな僕だからこそ分かる。今回の戦いは、既に勝者は決まっている、所謂出来レースというべきものだったのだと。


「ま、こうなりますよね~」

「あ、やっぱり美紀もそう思ったかい?」


 僕のすぐ横でため息をつくのは、後輩の、四谷美紀だ。それに同意するように僕も頷く。会社のラウンジには、今や人っ子一人いない。その場所こそ、『ドキッ! 奥さんの手料理食べ比べ大会』もとい、悪意あるフードファイトの会場だった。


 ちなみに、その催し物は、悲惨なままに幕を閉じた事を先に告げねばなるまい。

 先鋒、次鋒共に、結構なエグい料理が出てきたものだ。

 生臭いカレー。味付けしてない煮物。相手を屈服させる気満々な料理に、新入社員の坂本君は早々とギブアップ。加えて、美紀が相手に出した料理は、いつもの高給料亭顔負けな和食だったお陰で、相手には脱落者なし。ついでに、次鋒戦にてうちの社長も早々とギブアップ。

 楽勝と、言わんばかりな相手の様子を、〝わざとギブアップした〟社長は悪そうな笑みを浮かべながら見ていた。

「問題ない。シナリオ通りだ。さぁ、葛城君。出撃したまえ」

 人類でも補完しそうな口振りに僕は料理を手に、十字をきってから相手の方へ歩み寄る。

 誰に祈ったか何て、説明の必要は無いだろう。

 これから彼らが食べるのは、他でもない。

 愛という補正が抜け落ちた、アリスの料理なのだ。



 そうして、惨劇は起きた。

 一口目にして、相手の社員さん達は軒並みギブアップ。

 会社対抗の妙な催し物は、僕らの会社が勝利を収めた。

「なんじゃこりゃあ……。何て言いながら食べなくてもなぁ」

「……いや、あれに言わないのは無理ですよ」

 美紀が引きつった顔で、会場テーブルに残されたそれを見る。

 そこにあったのは、アリス曰くミネストローネだった。

「……ミネストローネって、黄緑でしたっけ?」

「……何か起きたんだよ。サードインパクト的なのが」

 器を回収しながら、僕は乾いた笑いを漏らす。

 ちなみに、笑顔で味見を頼まれた時、僕は胃薬に加えて、相手の社員さんへとオロナミンCを用意した。

 元気ハツラツにならないとダメな味だった。

 もちろん、僕はアリスの笑顔だけで元気ハツラツなんだけども。

「あ、松さんからラインが来ましたよ。相手の社員さん、みんな無事に部屋に送り届けたそうです」

「おお、よかったよかった」

 まさか全員動けなくなるとは思わなかったので、一先ず胸を撫で下ろす。ちなみに、相手の社長さんは、うちの社長が直々に送っていた。多分今日の勝利をネタに、さんざんたかるに違いない。我が社長ながら、中々に容赦ない。

 そして……。

「ハハッ、さすがアリスだ! パンチが効いてて、僕もうKO寸前……げふ」

「……食べるんですね。それ」

 呆れを通り越して、哀れみすら浮かぶような顔で、美紀は僕を見る。

 そりゃあ食べる。アリスが作ったものを、持って帰ったら、まるで相手さんが残したみたいじゃないか。

「そういえばさ、美紀はどうして普通に料理して来たんだい?」

 込み上げる吐き気を抑えながら、僕は問い掛ける。

 相手が完食できなければいいというルールをいいことに、やりたい放題な物が出るなか、美紀だけは普通の料理だったのだ。

「ああ、あれは、私なりの皮肉です」

「皮肉?」

 理解が出来なくて、僕は思わず首をかしげる。すると、美紀はおもむろにスプーンをつかみ、アリスのミネストローネを口にした。

「……斬新な味です」

「無理しやがって……」

 涙目で感想を述べる美紀のために、僕は無言でラウンジの自販機へ走る。手にしたのは、美紀が密かに大好きなペプシコーラ。

「……それをチョイスしますか」

「でも好きだろう? 今なら隠れファンやら、皮肉屋な女上司もいない。気取った飲み物を飲む必要もないよ」

 女の。特にOLの世界は、化かし合い。少しでも隙を見せれば喰い殺される。加えて美紀は美人という事もあり、そこそこ苦労している事を僕は知っている。

「……たまにこうやってズルいことするから……」

「何か言ったかい?」

「いえ別に。ありがとうございます。頂きます」

 コーラを一口。喉を潤した美紀はそのままため息をつくように会場内を見渡した。

「今回のイベント……正直乗り気じゃなかったんですよね。何ていうか、わざと食べられないものを作るなんて」

 勿論、先輩の奥さんは別ですよ。と、つけ足してから、再び目を伏せる。

「料理って、楽しいものの筈なんです。それが上手い下手は関係なく。だって、どんなものであれ嬉しいじゃないですか。自分の為に、誰かが用意してくれる料理だなんて」

「うん、それは同感だね」

 僕だって、アリスがあの笑顔で作ってくれるからこそ、天にも昇る気持ちになれるのだ。……リアルに天に召されそうになるのは、この際置いておいて。

「だからこそ、料理で遊ぶようなこの企画は反対でした。私の主義に反するんです。不味いとか、美味しいとか。上手い下手を越えた、悪意ある料理は」

 吐き捨てるようにして、そう言う美紀。揺らぐような瞳には、並々ならぬ思いが宿っていた。料理上手な美紀のことだ。何か思うことがあったのだろう。

「……次からは、参加者で企画を検討しようか」

 どこまで反映されるかはわからないけど、それでも、やらないよりはいい筈だ。

 僕の提案を境に、会話が途切れる。正確には、僕がミネストローネを食べた事で、無言になってしまったからだが。

 い、いや! ほら、美味しいものを食べたら、喋ることを忘れるだろう? 僕は今まさにそんな状態なのだ。


「……先輩。あの、一ついいですか?」


 アリス特性のミネストローネが残り僅かになった辺りで、美紀がおずおずと口を開く。

 僕が首をかしげると、美紀はどこか迷うような仕草をしながらも僕と、ミネストローネを見比べながら、ゆっくり頷いた。


「ずっと、疑問に思ってたことがあります。先輩。先輩は――。」



 ※


「ただいまー」

「あ、おかえりなさい! 竜斗」

 いつものように、ブロンドの髪を靡かせて、笑顔で僕を出迎える妻。空っぽになった鍋の中身を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる姿は、もはや天使と表現しても差し支えないだろう。僕は幸せ者だと再認識する瞬間だ。

 でも……。

「竜斗! どうだったの? 今日の食べ比べ大会は?」

「ハハッ! 愚問だねアリス。君の料理以上に美味しいものなんてないさ!」

 そう、アリスの料理以上に、嬉しいものなんてない。だけど、その時の僕はちゃんと笑顔になれていたか。少しだけ自信がなかった。


「先輩は――。奥さんが自分の料理を食べているところ、見たことありますか?」


 美紀の問い掛けが、僕の胸の奥に深く突き刺さっていた。


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