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5話 会社仲間? 勿論招ける訳がない≪前編≫

「天下一武闘会?」

「日本のごく普通の一般企業で、そんな物騒な催し物が繰り広げられてたまるか!」

 出勤するなり告げられた謎の言葉。それに僕が首を傾げると、戸惑う僕のお腹に、松さんのボディーブローが突き刺さった。

 酷い。パワハラだ。訴えてやる。僕のお腹は只でさえアリスの料理でいつも奮闘してくれているというのに、物理的ダメージまで与えるなんて。

 もっとも、くだらないボケを返した僕にも責任はあるので、あまり強くは言えないが。


「すいません話の腰折りました。で、何ですか? その『会社対抗! お宅の奥さんの手料理食べ比べ大会』って?」

「竜坊、社長の友人が他の会社の社長をやってるって話は?」

「あ、それは知ってます。毎年変な催し物やってますよね。去年は『会社対抗! 鰻手掴み大会』でしたっけ?」

 確かうちの社内のラウンジで行われ、床中ヌルヌルのビッチャンビッチャンになって大変だった記憶がある。

 清掃のおばちゃん達が流石にキレて、ストライキを起こしかけたという噂もあったな。

「そうだ。毎年やるあの意味不明な催し物を今年もやるんだとよ」

 呆れたように肩を竦める松さん。

 そうか、また今年もやるのか。あの謎の戦い。……ん? まて、おかしいぞ。


「何で僕だけに話すんですか? 会社対抗なら皆に大々的に話せば済むんじゃ?」

「去年の社内での被害を反省してな。今年は会社から代表数名が選ばれるだとよ。つーわけで竜坊。お前中堅やれ」

 ……ホワット? え、何これ? 何この有無を言わさぬ空気。

 てか中堅てなんだよ。柔道でもやるの?

 僕はハッとして、思わず社内を見渡す。デスクワークに勤しむ皆が、何故か今に限って同情の視線を向けてくる。

 そりゃそうだ。皆わかっているのだ。あの毎年恒例行事は完全にうちの社長と向こうの会社の社長の娯楽というか、悪ノリのようなものだ。出来ることなら参加したくないに決まっている。

「あー、先に言っとくが、こりゃ社長命令だ。安心しろ。俺も副将で出る。後は先鋒に坂本。次鋒に四谷ちゃん。んで大将が社長だ。」

 肩を竦めながらため息をつく松さん。どうやら僕に拒否権は無いらしかった。

 坂本君といえば、今年入りたての新入社員だったはずだ。入社早々こんなことに巻き込まれるなんて……。哀れな気もするが社長命令なら仕方がない。

「ん? 待ってください。何で美紀も出るんですか? 美紀に奥さんなんていませんよ?」

 あの子はむしろ物凄いスペックの良妻賢母になれる逸材だ。

 僕がそんな事を言うと、松さんは肩を竦めながら「それを昔本人に言ってやればよかったのによ……」なんて呟いている。……何の話だ?

「四谷ちゃんは紅一点枠だ。このテーマの戦いだと野郎しか集まらねぇからな」

「ああ、成る程」

 納得したように僕がうなずくと、松さんは一枚の企画書を僕に手渡す。

「まぁ、ともかくだ。詳しいことはこの中に全部書いてある。目を通しておいてくれや。損な役回りを押し付けて悪いが……」

「何言ってるんですか。松さんも出るんだから押し付けじゃないですよ。終わったら飲みに行きましょう!」

 少し申し訳なさそうな松さんに笑顔で返答しながら、僕は企画書を受けとる。これも立派な仕事なのだ。嫌な顔などしてる暇はない。

「ところで、いつやるんです? これ?」

「明日」

「はいぃい!?」

 暇は無いけど……これは流石に急すぎなんじゃないかなぁ……?



 ※


 ルール。

 各家庭の奥様は、五人分の一品料理を作る。

 先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順に、それぞれの料理を相手チームにご賞味いただく。

 一人が一食完食につき、そのチームに一点入る。最終的に点数が高かったチームの勝利である。

 因みに、満腹。あるいは、それ以上食べきれない場合は、ギブアップもとい、ごちそうさまをしてよい。その場合、その人物は以降の試合の料理は食べられず、ポイントも得られない。

 

 以上。


 自宅に帰り、アリスの特製グラタン(野菜だくさんらく、毒々しいくらいの緑色だった)に舌鼓を打った僕。……鼓なんて優しいものではなく、まさにメタルバンドのドラムの如しな夕食だったが、そこは愛情でカバーし、早速企画書を見た僕の第一声。それは……。


「人選ミスじゃないか? これ?」

 だって考えてみて欲しい。アリスの料理だ。愛情がない奴らが食べたら、不味いと感じるに決まっているじゃないか。

 てかこれ。先鋒も何も関係ないぞ? 唯の大食い大会……。

「ん? 待てよ。食べるの相手?」

 それに気がつき、思わず僕は思わず感嘆の声をあげる。てことは適材適所とも言えなくもない。そうか社長……ガチで勝ちを取りに。もとい、()りに行く気なんだなぁ。

 しみじみと社長の強かさに舌を巻く僕をよそに、アリスはマジマジと僕の隣で企画書を眺めていた。

「えっと。じゃあ私は明日、五人分のお料理を作ればいいの?」

 首を傾げながら言うアリスは、最高級に可愛かった。今日のグラタンで未だにギュルギュル鳴っているお腹の痛みが忘れられるようだ。……おっと、鳴り響くお腹はアリスのグラタンが原因ではない。ただ僕の消化が早いだけだ。決して。胃から、某ネズミ王国の飛沫山よろしく、大腸まで直下したからではない。断じてだ。

「うん。でも、流石にそんなにたくさんは作れないだろう? 大変だから五人分は僕が……!」

「ダメ!」

 惨劇を回避しようとした僕の策はあっさり却下された。

「えっと、僕の分だけで大丈夫」

「そんなのダメ! 奥さんのお料理食べ比べ大会なんでしょう? これは戦争なのよ!」

 僕の妻が何故か燃えていた。グッと握り拳を作り、気合いは充分! ……多分キッチンも燃えるなぁこれ。物理的に。

 因みに僕は萌えていた。握力そんなにないのに精一杯力込めるアリス。可愛いよ可愛いよ。

「安心して竜斗! 明日は腕によりをかけて凄いのを作るわ! 竜斗も頑張って!」

「あ、う、うん」

 こうなったらもう止めるのは野暮だ。本当に凄いのが出来そうだけど……まぁ、いいか。可愛いから。

 謎の納得をした僕は、取り敢えず明日出勤前に胃薬を買っていく事にした。

 誰のためなんて聞かれるまでもない。向こうの社員さん用だ。愛と言う名の特効薬が無いのだ。これは当然の備えだろうさ。


 こうして、会社対抗のフードファイトの幕は上がった。

 これが前代未聞の大惨劇になろうとは……誰も予想出来なかっただろう。

 アリスの凄まじい料理を知っている、僕と美紀。そして、松さんと社長を除いては。

 ……結構多いな。

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