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1話 プロローグ

 愛する人の手料理。それは……男なら誰もが憧れる。幸せの象徴。

 愛する人の作る物ならばそれはどんな高級レストランの豪華フルコースであっても、カリスマ料理人が手掛けた至高の一品であろうとも敵うことはないだろう。

 少なくとも僕はそう思う。

そう、それが……。

竜斗(りゅうと)! あ〜んして!」

「あ……あ〜ん……」

 舌にソレが触れた瞬間、刺すような痺れがくる。何故……何故カレーが酸っぱいのだろうか? 心なしか身体中を大量の冷や汗が流れ、視界がぐにゃぐにゃし始める。

 いや、それどころか、手足が痺れてきた。

「どう? 美味しい? 今日のは自信作なの!」

 満面の笑みで可愛らしく首を傾げるのは、新婚ホヤホヤの愛する妻。

 その笑顔が物凄く眩しい。どれくらい眩しいかというと、目の前を桃色の星が飛び交う位には。

 比喩的な表現ではなく本当にだ。

 これはきっと僕の妻が美人過ぎるからだろうなぁハッハッハ……。

「あ、ああ。お、美味しいよ。さ、流石はアリス。素敵な……味、だね……」

 現実逃避的しつつも、僕は何とか笑顔を浮かべる。……笑顔になってるよね?

「本当? 良かった〜! 一杯作ったからどんどん食べてね!」

 そんな心配をよそに、アリスはますます嬉しそうに笑う。

 それが可愛らしくて僕の口元が緩む。決して、決して! 顔面の筋肉まで痙攣し始めたからとか、そんな理由ではない。断じてだ。

 ああ、でもこのカレーまだあるのか……おや、何だろう? 汗が目に入ったのだろうか? 涙が出てきた。

「竜斗」

「な、なんだい?」

 僕が謎の涙を流していると、妻が不意に呼び掛けてくる。

 涙で滲んだ視界のままで前を見ると、妻はなにやらもじもじと上目遣いで此方を見ていた。

「アリス? どうしたの?」

 妻が何時までも何も言わないので、僕は首を傾げながら問いかける。

 すると妻は恥ずかしげにハニカミながら柔らかく微笑む。

 綺麗な、ロングヘアーを持つ金髪碧眼の若妻の肌は驚くほど白い。

 そんな妻が笑うと本当にお人形さんの様で……。

 ああ、やっぱり綺麗だなと、何故か軋み始めた身体の節々に気を配ることも忘れて僕はうんうんと頷く。

 首がゴキリと嫌な音を立てた気もしたが気のせいだ。

「竜斗。今日もお仕事お疲れ様。いつもありがとう」

 ああ、天使はここにいたのかと僕は実感する。

 妻は自分で言って恥ずかしくなったのか、再びスプーンでカレーを掬うと、そっと僕の口元に運んでくる。

 僕はそっとそれを口に含む。

 再び襲いくるカレーにはありえない酸味と謎の虚脱感。一日の疲れが一気に押し寄せては消え、押し寄せては消える妙な感覚。目の前がぼやけるが、僕は変わらず笑顔のまま……。

「ごちそうさま」

「お粗末様」

 何とか食べ終わり、僕はふぅと一息をつく。“今日も”凄かった……

「嬉しい……全部食べてくれるなんて……」

「ハ、ハハハ……アリスの料理なら、ウブッ! い、幾らでも食べれる……よ……」

 何とか吐き気を堪えて声を絞り出すと、美しい妻は益々幸せそうに笑う。

「ありがとう。明日も腕によりをかけて作るから、期待しててね!」

「あ、ああ……た、たたた……楽しみだよ……」

 そう、例え妻の料理が……愛する人の料理がどれ程殺人的に不味くても……

 その笑顔を見ながら口にすれば、その妻が作ったと思えばどんな料理も足元にも及ばないのだ。…………多分。


「ウエップ!」

「? ……竜斗、どうしたの? 何だか苦しそう」

 心配そうに首を傾げる妻に今にも崩れそうな笑顔を向けながら、僕は吐き気と寒気を抑え込む。

「い、いや、今日もアリスが美人だからドキドキしちゃっただけさ……」

「も、もう……!」

 自分で出した言葉に別の意味で吐きそうになるが、その言葉は妻にはとても響いたらしい。

 妻は耳まで赤くしながら僕の近くに歩み寄ると、そっと身体を寄せてきた。

「ありがとう。大好きよ竜斗」

 程よくかかる体重に僕は必死で呼吸を整える。

 た、耐えろ! 耐えるんだ僕!

 ここで妻の色香にドキドキしてる。とか、新婚さん特有のロマンチックあるいはエロチックな事を考えた人、期待した人。今のうちにごめんなさい。

 生憎、今の僕はそんな余裕ございません。

 胃が! 幾ら羽のように軽い妻とはいえ、こうも全身を委ねられると胃がぁあ! お願いもうやめて! 竜斗のライフはもうゼロよ!



 こうして、今宵も僕の胃袋と腸は、もはや毎度恒例と化した難敵(妻の料理)との激闘を繰り広げることになるのであった……


 葛城竜斗(26)会社員。

 イギリス人の美人でスタイル抜群、性格良しな妻を貰った時は同僚、先輩、後輩、上司から「このリア充がぁああ!!」と罵声混じりの祝福を受けた彼だが、そんな彼にも悩みがあった。

 それは、妻の料理が凄まじく不味いこと。

 本当に。完璧に。文句無しに。壊滅的に。洒落にならない位に。……アレ? 死ぬんじゃないか? と、毎食後に感じてしまう程に。料理が不味いことだった。

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