最終章 第1幕 走り出す想い
走りながら、横っ腹が痛くなるのを感じた。運動不足――いつもトランプばかりだもんな。
足を止めて街の方を見た。真っ黒なビッグボールがビルを食べ始めている。そうか、きっかけを食べて完全に忘れさせようとしているんだ、そうだろ?
僕は右手に握った写真に話しかけた。忘れようとしたモノ。そこには笑った三人が写っている。
顔をあげてまた走る。
あれはいてはいけない、僕はビッグボールを止めなければいけない。
少しずつ頭に入ってくる想い出が、僕のすべきことを教えてくれている。
なんであの時忘れようとしたんだ。
あいつは僕にとっては大事なやつだった。だからこそ忘れてはいけないやつだったんだ。
僕は少しずつ思いだしていた。少しずつ分かってきていた。
僕は全部忘れていたのに、彼女は忘れきれていなかったんだ。まだ断片的に覚えていたんだ。だからあの箱を持ち出して、そして閉じ込めようとしたんだ。
想いを、より強い想いで閉じ込めようとしたんだ。
逃げ惑う人々の群れ、そしてその中で見かけるビッグボールを拝む人々。
「神様、守ってください」
手首に傷が見える女子高生が、うれしそうに両手を広げて叫んでいる。逃げなさいと必死に叫ぶ母親の言葉にまったく耳を傾けていない。
車のライトに照らされた彼女の顔には涙がつたい、そして唇をかみ締めていた。
そんなのは救いじゃない。そんなものばかり作るあれは、決して神様なんかじゃない!