第5章 第4幕 箱
部屋には私とだっしゅ、そして疑似体験モード中の彼女だけが残った。
「……やなんだよ、ここにいるのが。ここにいればいやでも彼女を見なければいけなくなる」
「彼女の事を諦めればいいでしょ」
「そんなことできない……好きだったんだ、ほんとに」
好きという言葉が重くのしかかる。だっしゅには何気ない言葉なのかもしれないけど、私には意味がある言葉。手が震えるのがわかった。
最初に戻さないと、だっしゅの気持ちは変わらない……。
「彼女を見るのがつらいのね。……なら忘れてしまえばいいのよ」
「忘れるなんて出来ない。彼女に挨拶して、僕はいくよ」
だっしゅはそう言って、疑似体験モードのヘルメットを彼女から外した。
「あれ? 今、コシヒカリ食べていたはずなのに。どうしたんだろ?」
だっしゅは寂しい目をしたまま、笑みを浮かべて言った。
「……実はさ、僕、宇宙に帰ることになったんだ」
「え、いつ?」
「これから」
「これから? ……さみしくなるね。お姉さんも?」
「……私はまだここにいるつもり」
「……もう行かないと。……諦めないで……がんばった方がいいと思うよ」
「……諦める? がんばる?」
「きっと想いは通じると思う。泣いてるのはイヤだからさ」
「……何言ってるの?」
「……好きな人がいて、その……振られてしまって」
「振られた?」と、彼女は私の方を向いた。私も首をかしげた。
「キャンディまでなんだよ。僕をからかってるの?」
「知らないよね? 振られたことなんて?」
彼女は頷いた。
知るはずもない、だって彼女は全てを忘れているのだから。
と、だっしゅが誰もいない方を向いた。
「……またお前か。……それ? それがなんだというんだ?」
そう言ってだっしゅは部屋の片隅に置いてある箱を指差した。ギクリとした。なんで気付いたんだろう。回収が来るまでの間、分からないように他のダンボールと混ぜていたのに。
頭を抑えたまま箱に近づくだっしゅの前に、私は立ちはだかった。この箱を見られては……。
「どうしたの?」
「……見た覚えがある」
「ダンボールだから、どこにでもあるでしょ」
「……ちがう、どこにでもあるダンボールじゃない。……ちがうんだ、これは」
そう言って手を伸ばそうとする。
でもその手をぐっとつかんでいる彼女の手があった。
「……見ないで」
彼女はいつもより低い声で言った。だっしゅを掴む手に力が入っている。
だっしゅは困惑の表情を浮かべていた。
「勝手に見ないでよ!」
「……ご、ごめん」
そう言って彼女はだっしゅの手を離すと、雑貨棚からガムテープを持ってきて箱をぐるぐるに巻いた。そしてそれを抱え込むとトイレに駆け込んでいった。
だっしゅは心配した目で彼女を見ていた。