第4章 第9幕 そして…
トロ子は必死にもがいたが、ロボから解放されることはなかった。首に回された手は、さらにトロ子を締め付けた。ロボの目は激しく光り、アイビームがいつでも放てる状態であった。
足手まといになってしまったと、トロ子は今の自分の置かれている状況を悔いた。
顔をあげると、みんなが何も出来ないでいることに、困惑した表情を浮かべていた。ただリーダーだけは落ち着いた表情を浮かべていた。そして緊迫感を切るようにゆっくりとトロ子に話し掛けた。
「……何故そこまで無茶をする?」
その目はまっすぐにトロ子を見ていた。
「髪金が救われるからか? それで世界が救われるからか?」
その言葉にトロ子は小さく頷いた。リーダーは納得するように言葉を続けた。
「お前が犠牲になることで世界が救われるならそれに従おう」
「そんな、リーダー!」髪金がリーダーに食い下がった。しかしリーダーは髪金に諭すように言った。
「私たちの目的は世界を救うことだ。未来が見えるトロ子が、世界を救うのはこれだというなら、私はそれを選ぶ」
「でも!」
「でももスモモも桃のうち! そんな甘っちょろい考えならボルレンジャーを辞めろ!」
リーダーの言葉に髪金は苦い顔をした。リーダーの言葉の意味を理解できる、でもそんな考えは認められないと、拳を握りしめた。これまでのリーダーへの不満も、その拳には込められていた。
「……かっこいいじゃないか、お前のため、自分がどうなってもいいなんて。素晴らしいじゃないか。出来ないよ、そんなこと」
でもと言ったあと、髪金は次の言葉を出せないでいた。髪金は唇を噛み締め、何も言えないでいた。
「……トロ子、最後に教えてくれ。ボールダンの未来はどうなってる? ボールダンは世界を救っているか?」
リーダーの言葉に、トロ子は笑顔で頷いた。
さよなら、みんな。ありがと、髪金。
その言葉を聞くとリーダーはやさしく微笑み、そうかと頷いた。そして胸ポケットから小さなボタンを出した。
トロ子はそのボタンを見た途端、驚きの表情を浮かべた。そのボタンは説明書で、一度だけ見たことがあるものだった。そう最後の最後にしか出てこないボタン。
「トロ子、お前の予知……当たんないな」
リーダーは手に持ったボタンを躊躇することなく押した。たった一度だけ押せるボールダンの『自爆ボタン』を。
窓の外からカチという音が聞こえた。
両手を振り上げ止まっていたボールダンは、内側から光がこぼれた後、パンという渇いた音と共にダンボールとなって弾け飛んだ。ロボットが弾け飛ぶというには小さな爆発で、ただ組み立てられたダンボールが崩れたという感じだった。
茶色いダンボールが空に舞い、ゆっくりと地上に降っている。
「もう一度聞く! ボールダンの未来はどうなってる!? ボールダンがなくなった今、どうなってる!? こんなんで世界が救えるか!? どうやって救う!? 答えろ、トロ子!」
ダンボールが舞う外には、大きくそびえ立つボールダンの姿はもうなかった。
「いい未来は信じればいい! 悪い未来は信じなければいい! そのためにな、死ぬなんて考えるな!犠牲だなんて考えるな!」
リーダーの手は強く握られていた。
「今日みたいなことが何度あったって助けてやる! 何度だって救ってやる! 私達は仲間だろ!」
トロ子の頬を涙がつたった。
「もっと仲間を信じろ。私達がな、お前が見てるものよりずっといい未来を見せてやる」
「いい……未来?」
「お前がいることがいい未来なんだよ、大事な未来なんだよ。……だからもう無理はするな」
トロ子の涙はとまらなかった。ただ頬をつたう涙は温かかった。こんなにも想ってもらったことはなかった。トロ子は温かい仲間に包まれていた。
「ミスターに言っておけ。私たちを倒すことは不可能だと。例え私たちを倒そうとも、この正義の心までは倒せないと。わかったか、偉大なるスーパーロボットのパーツ!」
ロボの目の輝きは消えていた。
「……でも、ボールダン壊しちゃったのはちょっとやりすぎだね」
「ロボの思惑通りになってしまったわけか」
「まいったね、僕の計画が台無しだよ」
「クールに計画なんかあるの?」
「いや、こっちの話さ。ただ、リーダーの行動は賞賛するよ」
みんなが微笑んでいる。
最強さんが力コブを見せて、「次からはどうするんだ? とうとう俺の腕力で戦うときか?」と聞けば「博士に正義のヒーローに改造してもらうかな」という髪金。「いくらなんでも人造人間までは作れないよ」という博士。「その前にカツラじゃない?」というキャンディーさん。
トロ子は思った。なんだかな、すごく大変な事があったのに、いつもみたいにこうやって話している。でも……私はここにいてよかった。ここなら『今』と向き合える。いいよね?
囚われていたトロ子の体が急に開放された。ロボは涙をこぼし、そしてぷすぷすと煙を上げていた。
「……私は……私は間違ってたんですかね? 何が何だかわかりません」
自分の涙でショートしだしているロボは、ぎこちない言葉で続けた。
「ただ……かっこいい。かっこ……いいです。これが……偉大……ですか?」
ボンという音と共にロボは崩れた。崩れたロボは、「チャーハンターチャンス」という言葉をひたすら繰り返していた。