第4章 第1幕 動き始める夢
トロ子はダンボールの裏に隠れてロボを監視していた。
あの夢――髪金の死――を見たことを、自分だけの秘密にしていた。
髪金は見かけによらずとても繊細な心を持っている。きっとこれを知ったら、不安で心がおかしくなってしまうかもしれない。だから口が軽いみんなには、教えられないでいた。
この夢――運命を私が変える。
その決意のもと、トロ子はロボの行動を阻止すべく、作戦を実行してきた。
ロボミサイルの飛ぶ方向を遥か彼方に設定した――帰巣本能が優れているのか、次の日にはみんなの輪の中にいた。
オイルをサラダ油に変えてみた――今だに正常に動いている。
充電器をカラにした――単三乾電池で代替エネルギーを確保した。
運命はトロ子が思っているほど簡単には変わらず、行動は失敗続きだった。時間だけを浪費して、そして今日という日を迎えてしまっていた。
ロボは1時間前から、ボソボソと何かを呟きながら、非常ボタンを見ていた。
誰かが来ると、非常ボタンから離れ、とぼけた顔をしてオイルと戯れる。そしていなくなると何かを呟きながら非常ボタンを見る、それの繰り返しだった。ただでさえ怪しいその行動に加えて、聞こえた呟きは『破壊』とか『ミスター』とか、その怪しさを増長させるものだった。
夢が現実になろうとしている――トロ子は直感した。
ただトロ子は、そんな状況にあるにもかかわらず動けないでいた、
『爆弾』
夢のロボは爆弾を持っていた。つまり少しでも取り押さえるのに手間取ったりしたら、爆発するおそれがあった。それを考えると動けないでいた。
慎重に、間違いなく何も出来ないようにしなければならない。どうやって近づいて、どうやってロボを止めるのか。
トロ子は本当はどうすればいいかわかっていた。それなのに何もできないでいる。そう……怖いと感じている。
『今』がなくなるのを怖がっている、『今』から離れたはずなのに。みんなから白い目をされた時に、『今』を見ることはやめたはずなのに。
なんで? トロ子はそっと目を閉じて、深呼吸をした。
思い浮かんだのは、『笑って話し掛けてくれた髪金』だった。『今』から離れていた時に、私に声をかけてくれた時の髪金だった。その日、眠りにつく時に感じたドキドキが、今の私を包んだ。
そっか、私は髪金のことを――だから『今』にいたいんだ。
――何を躊躇してるんだか。
トロ子はなんだか可笑しくて、声を殺して笑った。
髪金を救う。作戦なんていらない、こっそり近づき後ろから水をかけるしかない。
もう一度、大きく深呼吸をして決意を固めた。手に持っていたペットボトルをしっかりと握り直して、戸惑いを振り切る。そしてダンボールから、部屋にゆっくりと入り込んだ。
が、トロ子の足は、慌ててダンボールに引き返すこととなる。
躊躇して、いろいろ考えている間に、キャバクラが部屋に入ってきていたのだ。タイミングを完全に逃していた。
キャバクラは、非常ボタンに向き合っているロボをじっと見ていた。ロボはキャバクラに気付いていないようで、ぶつぶつとまだ呟いている。そして気味の悪い笑みのような雄叫びを上げたりした。
……迂濶すぎ、トロ子は小さく呟いた。
ただキャバクラは、そのロボのおかしな行動に顔色を変えず、むしろクスと確かに微笑んだ。
トロ子は、背筋がぞくっとするのを感じた。
その笑みの不気味さと、そして――その微笑に反応したように感じた、手にしている見たことのない箱に。
キャバクラさんが微笑んだとき、空気が淀んだような。
キャバクラさんが入ってきたのに合わせたのか、インターホンが鳴った。ううん違う、鳴ることがわかっていてキャバクラさんが部屋に入って来たんだ。
インターホンの音に驚いたロボは、キョロキョロとあたりを見回し、そしてキャバクラさんがいることに今頃気付いていた。
「非常ベルを押すのかしら?」
キャバクラさんは、笑いながらそう聞いていた。
「な、何を言ってるんですか! キャバクラさんこそ謹慎中だったんではないですか?」
「そんなの守るわけないでしょ」
そう言うとキャバクラさんは、玄関へと歩き出した。奥から誰かと話している声が聞こえる。ただすぐに玄関のドアが閉まる音がして、キャバクラさんが部屋に戻ってきた。その手には玄関に行くまで手にしていた箱はなかった。
「勝手に郵便を呼ぶと怒られてしまいますよ」
「リーダーに言えばいいじゃない。そんなことで怒られるならボルレンジャーを辞めたって構わないわ」
辞める――その言葉をさらりと言うと、キャバクラさんはダンボールに戻っていった。
イヤな予感がした。その予感がなんなのか。
でも、今は目の前のロボを阻止することが優先だった。
ロボはキャバクラさんがいなくなるのを確認すると、非常ベルに向き合った。私は慌ててロボに近づくためダンボールから出ようとした。
けれど今度はだっしゅさんが部屋に入ってきたので、またダンボールに引き返さざるをえなかった。