第1章 第1幕 ボールダン、始動!
「えへ、えへへ♪」
不法侵入やらプライバシーの侵害やらが入り混じった部屋の本来の住人である彼女は、満面ににやけ、彼らの侵入に気付いていなかった。
「おい、おい、どんな疑似体験させてるんだ?」
髪金と呼ばれた男は、フリフリな女『キャンディ』に声をかけた。
「たまたま寄った喫茶店の店員が、声を掛けてくるの。彼女に見覚えはないけど、小学生の頃、同じ学校に通ってて、彼は彼女のことをずっと好きだった、みたいな。そんな恋愛ドラマ♪ 髪金も見てみる?」
「遠慮しておくよ」
「彼女には悪いが、戦いの間、夢心地でいてもらおう。トロ子状況説明を」
「ホゲーン、ビッグボールまでの到達時間は約1分30秒後」
淡々と状況説明をする彼女は『トロ子』。なんだか人形のような無表情な女の子で、別にトロいわけではない。
「博士、ボールダンの準備は?」
「ダンボールオールクリア。ガムテープのスタンバイ、オッケー」
『博士』と呼ばれるのは、いかにも勉強が出来そうな、土瓶めがねをかけた女の子だった。
「よし、ぐずぐずしている暇はない! ボールフォーメーションだ!」
「ボルボル、ダンダーン!」と全員が叫ぶ。
トロ子が部屋のラジカセにスイッチを入れると、ちょっと音が割れた、いかにもヒーローものっぽい音楽が流れた。その音楽にあわせて、部屋に転がったダンボールをみんなが揃え始める。特別、この音楽に意味があるわけではない。雰囲気作りのためという。
音割れした音楽とともに並べられたダンボールは、V字のカタチに並べられ、その周りに彼らは規則正しく座った。
「ドッキングボール、セット!」
リーダーの掛け声とともに、街に異変が起きる。
街に散乱するダンボールがふっと空中に浮き、そのまま空の一点に集まり始めたのだ。
そしてそれらのダンボールは、Dの文字を作り空中に浮遊していた。
ボルレンジャーがアイコンタクトと共に叫ぶ。
「チェーンジ、ボールダン!」
その瞬間、ダンボールは輝きだし、不思議な引力のもと、大きな人型となっていった。そして次の瞬間、その集ったダンボールは巨大ロボットへと変形した。
「ボール!」
低い声で叫ぶ。
全長約マンション10階分の高さ。四角い箱がそろってどうしてそんなカタチになったの? と言わんばかりの均一のとれたボディー。
ダンボール色に映し出されたそのロボットを、人は『ボールダン』と呼んだ。
*
雲ひとつない青空の太陽に照らされたアザラシ怪獣ホゲーンが、ビルの隙間をくぐり、ゆっくりとビッグボールに近づいていた。
そんな緊急事態であるにもかかわらず、街の人々はまるで防災訓練のように淡々と逃げている。
街の人々は知っていた。ホゲーンの狙いはビッグボール1点であることから、その直線上にいなければいいということを。
街の人々が避けることで作られたビッグボールへの道を、ホゲーンはゆっくりと進んでいた。そして軽やかなステップを踏み、徐々に勢いがつくと同時に、ホゲーンは巨大なスクリューのように回転しながらビッグボールに突っ込んだ。
ボコッ!
厚紙が凹む音と、ドガガガガ! というコンクリート構造物が崩れる音。
立ち上がった煙の中には2つの大きな影があった。
一直線上に伸びたコンクリートの残骸ロードの先で、ボールダンがホゲーンを寸でのところで止めていた。
その光景に街の人々は静まり返った。
そして「ボールダンだ!」という第一声と共に、街の静観は壊された。さっきまで手馴れて逃げていた人々が慌てふためく。
車のクラクションが鳴り響き、避難勧告が発令される、あちらこちらで子供が泣き叫ぶ!
そう、この街では直線的に動くホゲーンよりも、派手に動くボールダンの方が恐怖の大魔王だったのだ。のんびりとした街の風景は、世界の終わりがもうそこまでといった大パニックへと様相を変えていた。
しかし遠方のアパートから操作している彼らには、そんな街の状況を知るはずもなく、良かれと思い公務をこなしていた。
「着地で何軒かつぶしたか」
「損傷率1%、まだ補償出来る範囲です」
「よし、損傷率5%までなら公費で補償出来る範囲だ! 一気に攻めるぞ!」
ボール! とボールダンが声をあげ、腕を振り上げる。
負けずとホゲーンもゆっくり口を開き、光り輝くエネルギーを溜めていた。どこぞの宇宙戦艦の必殺技と同様の波動砲が、「マオー」という声と共に放たれる。
「シールド!」
危険をいち早く感じたボルレンジャーの一員『キャバクラ』がシールドを展開した。間一髪で防がれた波動砲は、きらーんと空の彼方に飛んでいった。
ひょろひょろとした男『クール』が、さすがですねと言わんばかりに、かすれた口笛を吹く。
「ち、ミスターめ! ホゲーンに波動砲をつけやがったな! 博士、こっちも負けずにレーザー砲だ!」
「そんなのない!」
博士のリーダーへの突っ込みと同時に、ホゲーンの第二波が放たれていた。さっきよりも光り輝く閃光は、威力の大きさを表していた。
「シールド全開!」
が、放たれた波動砲は、展開したシールドとボールダンまでも貫き、ビッグボールに直撃した。
ただ、ビッグボールはびくともしていなかった。ホゲーンは目をぱちくりとさせ、その頑丈さに驚いているようだった。
一方、街には胴体が貫通されたボールダンの影が映し出されていた。ど真ん中がぽっかりと空いた影は、損傷が甚大であることを示していた。
「博士、ボールダンの損傷は!?」
「モーター部の損傷なし。大丈夫、動けるよ!」
ボールダンはダンボールをくっつけただけのロボット。5個のタミタ製モーターが配置されている動力部さえ壊されなければ、問題はなかったのだ。
省エネ! 低コスト! リサイクル! あらゆる技術を駆使して完成されたボールダン、さすがは公務員ロボットだ!
「次はこっちの反撃だぜ!」
血の気が多い髪金が、闘争心丸出しでミサイルボタンを押した。