第3章 序 あいつと作戦
「あのコ、友達がいないみたいだな。そりゃ話したくても話せないよな」
サッカーボールを蹴りながら、あいつはきっとこう言った。あのコとは、校庭の大きな木の下にいる彼女のことである。
「話さないから友達がいないんじゃないの?」
卵が先か、ニワトリが先か、答えのない話を交わす。
「俺が思うに、いつもあそこにいるのは話しかけられるのを待っているんじゃないかと思うんだ」
あいつはそう言ったけど、違うだろうなと僕は思った。
――ひとりでいたい。ただそれだけだ。
僕もひとりでいた時期があった。
周りと関わりを持ちたくない、とにかく何もかもから逃げたい時期があった。そんな時期を僕は「ひとり世界」と呼んでいる。
彼女もおそらく「ひとり世界」にいる。あの木の下にいるのは、教室という集団世界から逃げているんだろう。
ただ、あいつに見つかってしまっては……。
かくいう僕を「ひとり世界」から連れ戻したのがあいつなわけで、一度話し掛けてきたらとにかくしつこかった。確かその日も、今日みたいに青空がきれいな日だった気がする。
「一緒にサッカーやらないか?」
それが初めてあいつが掛けてきた言葉だった。そんな誘いを最初は無視したけど、強引なあいつに引っ張られ、いつの間にか一緒にやることになっていた。
ただ断ればいいだけだったのに、不思議とあいつに惹かれ、一緒にいることが多くなった。断っておくけど変な意味じゃない。
「というわけで、俺達があのコの友達になろう」
やだよ、と思わず本音が出た。
女の子と仲良くすること自体に抵抗があったし、ましてやまったく話さない面白みがなさそうな女の子と仲良くなろうとするなんて、正直いやだった。
「お前冷たい奴だな。そんなんじゃ友達減るぞ」
友達が減ることは、そんなに気になることではなかった。如何せん、かつて「ひとり世界」の住人である。
ただもう一度イヤだと言おうとした時、あいつが僕をじっと見ていて、その真剣な目を見ていたらあいつのお願いを断ることはできないと感じた。
「……わかったよ」
渋々ながらきっと僕はそう言った。
「よし、なら明日な!」
活き活きときっとあいつはそう言った。
こうして僕らは、彼女と友達になるためのアプローチをすることになった。
「場合によってはホゲーン大作戦が必要だな」
あいつはぽつりと言った。
「ホゲーンって?」という僕の質問にあいつは「なんでもない」とだけ言って、サッカーボールを転がした。