第1章 序 ボルレンジャーの秘密
今から5年前、東京の真ん中にビルよりも高い大きなダンボールが建設された。
「なし」と書かれたそのダンボールについて情報はなく、誰が作ったのかさえ不明だった。
そんな謎に満ちた物体ではあったのに、なぜかそれを守るべきロボット『ボールダン』とそれを操る組織『ボルレンジャー』が国によって結成された。
謎に満ちた物体を国が守ろうとする行為が、さらに謎に輪をかけ、様々な憶測が飛び交ったが、そんな憶測も月日の流れとともに霞んでいき、いつのまにかその物体は日常の中のごく当たり前のものとなっていた。そしてその物体は『ビッグボール』と呼ばれ、観光スポットとして親しまれるまでになっていた。
*
『本日未明、ビッグボールから3キロ離れた朝日地区にホゲーンが出現しました。繰り返します、本日未明、ビッグボールから……』
「どうだ、髪金?」
ボルレンジャーの基地に詰まれたダンボールに隠れながら男は言った。
「ビンゴのようだ。ホゲーンのやつ、ビッグボールに向かって突き進んでやがる」
髪金と呼ばれた男が返した。
基地に置かれたテレビには大きなアザラシが映され、その状況をどこかのアナウンサーが淡々と説明していた。
「ここから見えるな。しかし……」
男が口篭る。
そう彼らはその状況を確認しようにも確認できないでいた。なぜなら基地、いや正確には部屋の住人である女子大生が、そのテレビを見ていたからであった。
「いくら秘密組織とはいえ、アパートが基地ってどうも腑に落ちねぇ」
髪金と呼ばれた男はため息交じりに言う。
そう、ボールダン及びその操縦者である『ボルレンジャー』についての組織構成や活動拠点などは極秘情報とされており、目立たないよう活動を行っていた。そのため活動拠点は、ビッグボールが一望できる少しばかり高くそびえ建つアパートの一室に設けられており、ましてやそのアパートには一人の女子大生が生活していた。それだけ極秘にされていることから、当然ながらその女子大生が『自分の部屋に積み上げられたダンボールの裏側で、10人の国家公務員が働いている』ことなど、知る由もなかった。
「このままでは埒があかない」
リーダーと呼ばれる男はいらいらと言う。
「大丈夫だ、リーダー。彼女には必ず隙が出来る」
「隙?」
「彼女はホゲーン好きだ。必ず窓から見ようとするはず。その隙をつくんだ」
「ホゲーン好きだと!? 人類の敵を好きになるとはどういうことだ!?」
リーダーと呼ばれる男が怒りを露にするなか、髪金と呼ばれる男が言ったとおり、彼女が部屋の窓に近づいた。一瞬ではあるが、彼女は背を向けた。その隙を彼らは見落とさなかった。
「チャンスだ、髪金! 疑似体験モードだ!」
「ボル!」
怪しげなやり取りが、自分の部屋で行われているとは知らない彼女の背後に、ダンボール色の服を着た金髪の青年が仁王立ちする。彼女が振り向くのが早いか否か、金髪男は電飾が付いたヘルメットを彼女にかぶせた。
「疑似体験モード、セットOK!」
すると、壁に並べられたダンボールから、リーダーと呼ばれる男が、ひょこっと顔を出した。
「大丈夫か?」
「本日は晴天なーりー!」と、髪金と呼ばれた男が彼女の耳元で叫ぶ。その声に彼女は反応せず、ニヤニヤしている。
「OKのようだ」
「よし、全員集合!」
リーダーと呼ばれる男の合図とともに、「ボルチェンジ!」という声と決めポーズを伴いながら、ダンボール色の服を身にまとった男女が、ぞろぞろとダンボール裏から出てきた。
そう、彼らこそがこの部屋に隠れ住む10人の国家公務員、ボルレンジャーなのだ。