第2章 第13幕 だっしゅの迷い
そんな勝負の余韻も束の間、ビーッ! ビーッ! と、慌しくサイレンが鳴り響いた。
「まもなく住人が到達します」というトロ子の冷静な声が、この戦いのヒートを覚ます。
「なぜそれをはやく言わない!」慌てるリーダーの言葉に、「話に入り込む隙がなかった」と冷静にトロ子は返す。確かにあの空気の中に入り込む事は難しかっただろうな。
「ぬぬ! みんな急いで戻るぞ!だっしゅ、勝負は百歩譲って貴様の勝ちにしてやるが、恋愛はご法度だからな!」
各々が痕跡を残していないか確認しながら、急いでダンボール裏に隠れ始める中、だっしゅだけは隠れようともせず、部屋の真ん中で何かを考えているようだった。
またいつもの『何を考えているかわかんないタイム』か?
だっしゅに話しかけようとしたが、部屋の住人である彼女の足音が近づいているのが、階段に設置している盗聴器を通じて流れている部屋のスピーカーから認識することが出来た。
近いな、とにかく今はダンボール裏に隠れることが先決だ。
俺はだっしゅに急げよとだけ言ってダンボール裏に隠れた。
*
「どうしたの?」
こんな緊急事態なのに、動こうとしないだっしゅに、私は声を掛けた。
「あのさ、キャンディー。恋愛に詳しいキャンディーだから思い切って聞いてみるけどさ」
え? ……まさか!? まだ心の準備できてないよ?こんな慌しい時に、そんな話しなくても良くない? でもだっしゅが私のことを思っていてくれてるなんて!
「……彼女に挨拶しようと思うんだけど、なんて言ったらいいかな?」
……。
びっくりした。勘違いしていた私にもびっくりだけど、住民との接触は禁止、まして恋愛ご法度の規則の中で、何事にも消極的なだっしゅが積極的にアプローチしようとしている事に。
だっしゅは、その消極的な性格、つまり逃げることに卓越したセンスを買われボルレンジャーになったほど、積極性が欠けている。だからメンバーの中では目立たないタイプだし、よく言えばクールな感じ。その変な魅力に魅かれてしまった私ではあるけれども。
うーん、まさか消極的なだっしゅを積極的にするほどの力がラブレターにあるとは。こんなことなら私も出しておくべきだった。
って、後悔しても仕方ない。とにかく今はだっしゅの暴走を止めることが先決だ。
「私たちは秘密組織なのよ? リーダーが怒るわよ? それに……私がいるじゃない?」
思わず言っちゃった。大胆すぎた? だっしゅはなんて言ってくれるだろう? ああ、ドキドキしてきた! 頬が熱いよ!
「でもせっかくラブレターもらったのに、挨拶しないなんて」
スルー! 私の気持ち、思いっきりスルー! 赤面の私、どうしてくれるのよ!! ……まぁ、いいわ。恋愛の気持ちはぐっと我慢するとして、とにかく今は彼女が帰ってくる前に隠れる事が先決。
だっしゅの手を引こうと手を伸ばしたけど、まるで手を繋いだみたいで思わず放してしまった。だっしゅの手ってあったかい。こういう手って私、好きだな。
そんなときめいている間に、事態は最悪な方に向っていた。
部屋に流れる足音は、いつの間にかすぐそこで生じていて、気付いた時には部屋の扉が開き、私達二人を不思議そうに見る彼女とご対面してしまったのだ。