第2章 第12幕 狂気
「髪金、だっしゅの恋愛がどうしたって!?」
俺の顔1cm位まで顔を近づけてきたリーダーの瞳孔は、完全に開いていた。
「だ、だっしゅのやつが、ラブレターをもらったんです」
俺の言葉を聞くと、耳まで裂ける位の笑みを浮かべ、首を180度回転させだっしゅを見た。不気味に「キシャァ」という声をあげる。
―― 狂気。
次の瞬間、リーダーはだっしゅの横までジャンプし、1cm位まで顔を近づけた。
「…… ラブレターとはどういうことだ?」
「な、なんでもないです」
だっしゅはとぼけてみせたが、いつの間にかリーダーの手にはラブレターが握られていた。
「あ、その手紙は!」
ロボの言葉にリーダーは、さらに首を90度曲げた。合計270度。人間業じゃない。
このラブレターを知っているのか? という質問に、ロボはなんでもないですと答えた。すると首を90度戻し、リーダーは読み上げた。
「ボルレンジャー、7日後、日の明かり公園で待つ。デートのお誘いか?」
リーダーがギョギョギョと声を出す。
「こんなものなかったものにしてくれるわ!」
ラブレターは高々と宙に放たれ、リーダーの手刀が振り落とされる。
が、ラブレターに当たる瞬間、手刀は軌道を変え、そしてラブレターはリーダーの逆の手で掴まれた。部屋を取り巻いていた暗黒の淀みも収まりつつあった。
「…… だっしゅ君、君は何か勘違いしていないかい? ごらん、ここにはボルレンジャーと書いてあるではないか。つまり君とは言っていないだろう?」
するとだっしゅが封筒の裏を見てと言った。リーダーが封筒を裏返すと、そこには「だっしゅ様」と慌てて書いたような文字があった。
「貴様、書き足しやがったな!」
俺は思わず声を上げた。この男、なんてあこぎな奴なんだ!
「最初はあんなの書いてなかった!」クールも援護射撃を行う。
「本当か、だっしゅ? 加筆するとはなんと卑劣な奴。あえて言おう、これは貴様へのラブレターではないと。強いて言おう、これは私のものであると」
高らかに声をあげたリーダーはさらに続ける。
「貴様は髪金とクールには勝ったのかもしれないが、まだ一人男がいるのを忘れてはいまいか?そう、この私だ! この私と勝負せずに自分宛と断言するとは、随分と傲慢でないか? さぁ、誰のラブレターなのか、勝負だ!」
恋愛ご法度といいながら、結局リーダーも人の子か!
「なお! だっしゅ君、2本指以外だしたらどうなるかわかっているな?」
しかも卑劣だ。権力をたてになんて卑劣なんだ。
「おいで、ほら君のホームグラウンドはこっちだよ」
クールが俺の肩を抱きながら手招きしている。そうだ、今俺はこいつと同じホームグラウンドなんだ。
「くそ! 僕はもう女っけのないそっちの世界には戻らないんだ! でも、チョキ以外をだしたら」
「悩める立場かな、だっしゅ君? さあ、いくぞ! 最初はグー、じゃんけんほい!」
だっしゅは結局、卑劣な作戦に逆らえずチョキをだした。しかしあろうことか、もうひとつの手はアホのパーを出していた。
「くくく、私は5本だ! さあ渡せ!」
それじゃんけんじゃないぜ、リーダー! 当然、だっしゅは反論するだろうが、果たしてリーダーに通じるかどうか。
「僕の勝ちだよ、リーダー!」
「貴様2本だろうが!」
「わけのわからないことを!」
「わけ分からないのは貴様だ! 5対2だろ! なぁ、みんな?」
そうだといえばいいのか?
「じゃんけんは指の数を数えるものじゃない。じゃんけんってのはね……」
観戦していたキャバクラが、リーダーに淡々とじゃんけんの説明を行った。ルールを理解したのか、リーダーの顔色が変わる。リーダーは、なおもオリジナルルールをプッシュしようとしたが、周りの視線から諦めざるをえなかったようで、口をつぐんだ。
「勝った、勝ったぞ! もう文句言わせない! これで正真正銘、僕のものになったんだ!」
こうなってしまうと、負けを認めざるをえなかった。くそ、うらやましいぜ。
そんな浮かれただっしゅを見ているメルヘン女、キャンディーがボソボソとひとり言を呟いた。
「…… うれしそう、だっしゅ、うれしそう」
キャンディーの手には、真っ二つに折れたボールペンが握り締められていた。