第2章 第8幕 その男、クールにつき
案の定、クールは変な決めポーズ―― 本人はかっこいいと思っているらしい ―― をしたかと思うと、
「だっしゅ君、ラブレターをもらったんだって?」
と言い、怪しげな視線を送っていた。
何かバカなことを言うなとピンときたと共に、そのバカのお陰で、俺の情けない醜態が掻き消える気がした。クールなら見当違いの何かをしてくれる期待が持てた。
そしてクールは、見事に期待に答えてくれる男だった。
だっしゅがうなずくや否や、それは僕へのラブレターだと言い出す始末。
クールの勘違いボンバーを見ると、俺の暴走もまだまだ甘ちゃんだなと思わせてくれる。少しばかり元気になった。
なおもクールの勘違いボンバーは続く。
「そもそもこの僕がラブレターを貰ってないのに、だっしゅ君が貰えるわけないじゃないか」
だからそのラブレターは僕のだと、まったく筋がない根拠でだっしゅを説き始めた。僕がいかに素晴らしい男か、いかに貰うべき男であるか、そしてなぜそれが僕のラブレターであるかを長々と、それでいてまったく根拠が成立しない理論でまくし立てている。素晴らしいよ、クール。これで二人の視線は情けない俺から、宇宙語を話すお前に移り変わった。だからこそお前に感謝の意味を込めて助言してやる。
「どんだけ自信あるのか知らないけど、そんなモテないぞ、お前。クールに決めててもさ、あんまり決まってないんだよね。猫背はクールじゃないでしょ」
いいこと言ったよ、俺。これでクールの勘違いも少しは落ち着くだろう。
が、というか当然クールは怒った。
「よくも気にしてる事を言ったな、背後霊ハゲ!」
……背後霊ハゲ、背後霊ハゲ? 背後霊ハゲ!?
ブチ。キレた。
「俺ならまだしも、俺背後霊を傷つけやがったな!」
「僕猫背を傷つけたやつに言われたくない!」
その瞬間、俺背後霊が鬼と化したのか、背中の空気がズシンと重くなるのを感じた。あいつの気持ちが俺に流れてくる。
つらかろう、そうだ悔しかろう。よし、俺の体お前に預けた!今こそあの技しかない!
俺は腰を折り、中腰のような姿勢をとった。俺の背中には、俺背後霊が背中合わせに乗っている気がした。いや乗っている。それが今の俺には分かった。そう、この技を出すために!
「ロングホーントレイン!」
俺は鬼と化した俺背後霊を背に、クールの胸に頭から突っ込んだ。
ボキボキと乾いた音が俺の耳に入る。アバラを何本か折ってやったようだ。俺背後霊をバカにした罰だ!
……そういえば昨日も最強の肘突きでアバラを折ってたな、こいつ。……ん? その後、強力接着剤でくっつけてなかったか?
俺の心に引っ掛かった不安は不運なことに見事に的中した。突き刺さった頭を取ろうと後ろに下がったが、俺の動きに合わせてクールがくっついてくる。後ろに下がろうが、右に行こうが、クールがくっついてくるのだ。そう、強力接着剤でクールの胸と俺の頭がくっついてしまったのだ。無理にはがそうとすると、髪の毛の抜ける音がぶちぶちと聞こえる。
…抜けねぇ。
背筋が凍った。そして妄想が膨らんだ。
ひょっとしてクールとずっとくっついて生きてくのか? ひょっとしてこれがトロ子の言っていた出会い!? OH、GOD! 第一、クール三つ編みじゃないだろ! ……いや三つ編みだったっけ?
記憶も曖昧になるほど俺は動転していた。三つ編みのクールを想像してみたが、その見た目の違和感に三つ編みじゃないと気付いた。理性を取り戻した俺は、クールから頭の取り外しにかかった。
ブチブチブチ、多少の抜けは諦めるしかないか。
が、そんな俺の思いとは裏腹に、部屋に物悲しい声が響いた。
「やぁめぇてぇ、かぁみぃのぉけぇ」
その断末魔の声は切なく、悲しく、切実なるものだった。多少もなにも抜けることに変わりはないという、俺背後霊の悲痛の叫びだった。
そうだよな、俺背後霊。髪、これ以上抜けるわけにはいかないよな。