婚約破棄され追放された令嬢、山賊に攫われたので盗賊として貴族に復讐します
出産時に母が死亡。暴力、性暴力の記載があります。主人公の倫理観が壊れています。
ダークな内容ですので、苦手な方はお気を付けください。
わたくしは愛を知らずに育った。
わたくしが産まれたとき、母が死んだそうだ。
母をたいそう愛していた父は、わたくしを「悪魔の子」と忌み嫌った。
母方の祖父がわたくしを引き取ろうと申し出た。
まだ若いので、再婚すればいいと。
父は、なぜかそれを断った。
執事が乳母とナニーを手配した。
成長したら家庭教師に変わった。
そうして、王子と婚約した。
王子の浮気相手に冤罪をふっかけられ、夜会で婚約破棄された。
強引に夜会から連れ出され、帰宅。
父に殴られ、除籍すると荷物一つで北限まで追放された。
今、ここ。
可哀想なのは、何日もかけてボロ馬車を走らせてきた御者と馬である。
もしかしたら、途中で殺されてしまうかもね。ご愁傷様。
途方に暮れていたわたくしは、山賊に攫われた。
普通に、ひどい目に遭った。
だが、泣き暮らすよりも「役に立つから生かしておこう」と思われるよう努力した。
メソメソして使い捨てにされる女たちは、たくさんいた。
わたくしは料理をしたことがない。
刺繍と繕い物は違う。だが、覚えよう。
孤児院で当て布をして穴を塞ぐのを見たではないか。得意げに「ボタンがつけられる」と言っていた子が、どうやっていたか思い出せ。
夜になると、次から次へと男が来る。
気持ち悪いし悔しいが、ぐっと我慢だ。
わたくしは媚びを売るのではなく、終わった後に相手の体を濡れた布で拭くことにした。
初めは「余計なこと」と嫌がられたが、回を重ねるうちに、清潔にすることの気持ちよさを理解する。
一人一人の滞在時間が長くなる。
相手にしなければいけない人数が減り、どんどん偉い人が相手になっていった。
そうすると、捕虜の女同士でいじめが発生する。
だが、幹部に気に入られているわたくしを害したら、その女はひどい目に遭う。
わたくしを気にいっている男たちを敵に回すのは、怖ろしい。
次第に、女たちから腫れ物を触るように距離を置かれるようになった。孤立――だが、そんなものは自宅にいたころと変わらない。
わたくしは変わらずに、堂々と生きている。
王子に愛されない婚約者と陰口を叩かれても、その通りだと開き直った。
父に「お前が死ねばよかったのに」と何度も言われたが、殺されなかったので、生きている。
口だけでなく、実行すればいいのに。追放なんて、中途半端なことを……。
そもそも、わたくし以外に家を継ぐ子どもを作らないのは、当主として職務怠慢なのではないだろうか。
無事に王子と結婚していたら……養子を取るつもりだったのだろうか。まあ、どうでもいいことだ。
ある日、文字を読めない男が、毒物を開けそうになった。
それをとめて、信頼を得た。
「危険」という文字を書いて、これは駄目だと教える。
そこから更に信頼を得て、わたくしは地位を上げていった。
ついに、盗賊の頭領の女になる。
王国で言うならば王妃の座だ。
だが、それだけでは安泰ではない。
また次に攫ってきた女に、その座を奪われるかもしれないのだ。
若さはいつか衰える。
珍しさはいつしか慣れて、飽きられる。
ならば……かけがえのない人間になるには、どうしたらいい?
社交界のおしどり夫婦を思い出せ。
夫人はなんと言っていた?
「この人は、わたくしにだけ甘えてくれるのよ」
甘える? 甘えた経験がないのでわからない。
相談相手になら、なれるか?
わたくしの強みはなんだろう。
ああ、貴族を襲うときに助言ができるではないか。
襲う場所は毎回変える。
そして、家によって対応を変える。
交渉して金だけですます家。
根こそぎ命までいただく家。
執念深く復讐されるから見過ごす家。
わたくしは家門の紋章を覚えている。馬車に付いている紋章を判別すればいい。
その家門が武力を持つか、騎士団にコネがあるか――そんな情報も叩き込まれている。
ああ、わたくしは知識を生かし、盗賊の女として生きていく。
貴族社会に復讐しながら、義賊としての地位を確立するのだ。
ある日のこと。
「あら、わたくしに果実水をかけたご令嬢じゃありませんか」
攫ってきた女たちの面通しで、懐かしい顔を見つけた。
「あ、あなた……」
結い上げた髪は崩れ、ドレスもボロボロになって手を縛られた令嬢が、わたくしを見上げた。
「王子殿下の婚約者になれまして?
あなたの頭脳では王妃殿下のお眼鏡に適わないと、現実を思い知ったかしら?」
「ぐぬぬ……」
顔を真っ赤にしているところを見ると、婚約者にはなれなかったのだろう。
「ふふ。このお嬢さんは『かけられる』のがお好きなのよ。お相手して差し上げて」
「姐さん、貴族令嬢で生娘なら高く売れるんじゃ?」
「それでいい人に買われたりしたら、業腹じゃない。やられた分はやりかえさなくちゃ」
わたくしの一言で、その女はなぶり者にされた。
別にすっきりするわけではないなぁと、物足りなく思った。
また別の日に、父が囚われた。馬車を襲えとゴーサインを出したのは、もちろん、わたくしだ。
殴られ、蹴られて埃まみれになった父が恨みがましい顔をしている。
「お前には親子の情はないのか?」
「一度たりとも教えていただきませんでしたので、ないですね」
「生活できたのは誰のおかげだ?」
「使用人と領民のおかげですね。
あなたからもらったのは、蔑みと恨み言だけでしょう。他に何か与えた記憶はありますか?」
「王子殿下の婚約者にしてやったろう」
「あれは、王妃が言いなりになりそうで仕事を押しつけられる有能な令嬢を探していただけです。
更に、親が苦情を言ってこない、関心を寄せられていない子なら完璧という……心当たり、あるでしょう?」
ジト目で、目の前の男を見る。
「お前が何も言わないから……」
もごもごと言い訳を始めた。
「何を言っても無視されれば、無駄だから言わなくなりますよ」
「私は妻を愛していたんだ! お前は妻の命を食い尽くして……」
「でも、子どもを作ったのはあなたですよね?
その結果、お腹に宿って産まれたわたくしと、どちらに罪があると?」
「あ、ああ……そんな。お前のせいだ。私のせいじゃない。
彼女は、生きて私と生きるより、お前を選んだんだ。
裏切りだ。子どもなんかいなくていい。君が生きていてくれたら」
身勝手な、中年男の叫びが、森に響き渡った。
手下たちが殺気立つ。
「妻の健康より、己の快楽を優先しただけじゃない」
わたくしの言葉に、男は愕然としたようだ。
「お前の妻は、子どもは二人の愛の結晶だと信じていた。輝く未来を繋ぐものとして、共同制作者である夫に委ねた。
だが、お前にとって、愛ゆえの共同制作ではなかった。
ただの排泄行為。だから、排泄物に妻を踏みにじられたかのように感じて、許せなかったのだろう」
男は、わたくしの言葉を受け止めきれないようだ。口をだらりと開け、青ざめている。
「そして、お前の妻も愚か者だ。
お前には愛などなく、性欲だけの獣だと見抜けなかった。
お前の性格を理解していれば、子どもを残して自分が死んでも大丈夫だと安心することはなかっただろう。
子どもを殺して自分を優先するという、正しい道を選べただろう」
「つ、妻を馬鹿にすりゅな」
男がよだれを垂らしながら、喚いた。
「お前の妻に会ったことはない。
だからお前の行動が、妻をそういう女に貶めているのだ。
交尾をしたあとの責任を取らない男と女。子どもなど作るべきではなかったな」
腹の底がぐらぐらと煮え立つようだ。
わたくしは大きく深呼吸をして、いつもの自分を取り戻す。
口調も、淑女らしく慇懃無礼なくらいがいいだろう。
「今まで誰ひとり、お前に出産の危険性を指摘しなかったのかしら?
医学の知識くらい持っていた方がよろしくてよ。
たとえば王族が難産だったり死産したりしたときに、慰めるつもりで失言するかもしれないでしょう」
男が震えだした。
そう。先日その失態をしでかして、領地に引っ込むために馬車を走らせていたのだ。
わたくしを追放した王子と浮気女の子が、流れた。
王宮に勤めるベテランのメイドが、わたくしたちに娘を人質に取られて、堕胎薬を盛ったのだ。
約束通りに人質を解放するか、情報源として利用し尽くすか、それを今、検討中だ。
震えて言葉も出ない男の首から、肖像画の入ったペンダントを奪った。
中で母が微笑んでいる。
わたくしはそれを地面に叩きつけ、踏みにじった。
「ああああ、お前えええ」
男は悲鳴をあげた。
怖ろしい形相でわたくしに体当たりをしようとする男を、手下たちが取り押えた。
「あなたのおかげで、閨教育を受けたときに、愛情表現だなんて思えなかったの。
だから、攫われて蹂躙されたときに他の娘たちほど絶望しなかったのかもしれないわ。
ただ、中に出されただけ。それ以上の意味はないって――」
数人の手下が、気まずそうに顔を背けた。
「当主の証である指輪を抜き取って」
と手下に指示を出した。
それを耳にした男は、指に触れられないよう体を丸めた。
必死で指輪を守ろうとする父を、手下たちが手加減なく暴行する。
盗賊暮らしも二年目に入り、わたくしはすっかり暴力に慣れてしまった。
優しいもの、善良なものに触れずに育ったわたくしには、平和な世界の倫理観が根付いていなかった。
叱られるから、やらない――それだけ。
力が全ての、単純な世界。善悪など、頭領の胸一つでたやすく揺れる。
人の嫉妬は、うまくコントロールしたほうがいい。
貴族も山賊も、人を妬む小物は他人の足を引っ張って、引きずり下ろそうとする。以前のわたくしは、それで嵌められた。
そうならないように、警戒しなければならない。
人の良心なんて信用できない、盗賊の世界。
罪悪感が湧かないわたくしには、適応しやすい環境だった。
父が抵抗できなくなってから、指輪を奪った。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった醜い顔。傲慢な態度で嫌悪感をぶつけてきた大きな男は、こんなに弱く矮小な存在だったのか。
ボロ布で血を拭い、指に嵌める。
「ああ、ブカブカですね。後で、ペンダントにでもしましょうか。
ああ、ちょうどペンダントトップが壊れたチェーンがありますね」
母の肖像画が入ったペンダントトップを父に投げつける。
もう、泥まみれで再生できないだろう。
折れ曲がった指で、必死に掴もうとする姿が滑稽だ。
わたくしは、すっと自分の腹をなでた。
「あなたを少しずつ痛めつけて、こき使ってやろうと思っていました。わたくしが苦しんだのと同じ分だけ苦しませたいと。
ですが、視界に入るだけでも不愉快ですね。
甚振って、情報が漏れないように処置して、捨ててきて」
利き手と喉を潰された、ボロボロの男が街道脇に捨てられていた。
豪華な馬車が何台も通り過ぎたが、誰も助けようとはしなかった。
それを眺めながら、わたくしは子どもが産まれたら当主の指輪を与えるかどうか、考えていた。
子どもが日の当たる場所で生きたいと言うのなら、教会で血縁関係を証明してもらえばいいのだ……。




