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短編「恋愛物、令嬢物、その他の短編」

塔に選ばれた少女

作者: ヒトミ
掲載日:2026/02/23

『あなたは私の──。塔を登って──』


誰だろう。暖かくて、だけど少し冷たい声。初めて聞いたはずなのに、なんだか安心する。


目の前の霧が晴れて、塔が見えた。広い草原に、色とりどりの花畑。その中心に(そび)える荘厳な塔。


誘われたように入口まで歩くと、豪奢な扉の内側に吸い込まれる。自意識が消失する恐怖に固まった。


一瞬の暗闇。そして、真っ白な空間にフィーは立っていた。


いや、真っ白ではなかった。下を見ると自身の姿が反射して見えた。


「白髪……可愛い」


肩下までの白髪。毛先は緩やかにウェーブを描いている。毛先に触れてみるとふわふわしていた。細くて柔らかい。


白いローブから覗く指先は乳白色で(すべ)らか。白い髪に縁取られた顔も自然な白さ。全体的に儚い雰囲気の少女だった。


「目は灰色……なんだか空気に溶けちゃいそう」


頬を触って温もりを感じ、生きていることを実感する。


少しほっとして、ゆっくりと周囲を見渡す。


広い空間だ。壁が見えない。


「塔に吸い込まれたから、塔の中だと思うけど、なんで私はここに居るんだろう」


《それは、君が塔に選ばれたからだよ。ようこそタワーセレクター学校へ。入学おめでとうフィー》


「ひゃっ! びび、びっくりしたぁ!」


突然、真横から幼い子どもの機械的な声が聞こえて、フィーは飛び上がった。


ちょっと体がふわりと浮かんだ気がした。だけど、床に転んだ痛みで、涙目になりながら腰をさすった。


きっと浮かんだのは気のせいだったんだ。


恐る恐る声が聞こえた方を見る。


「……ロケットペンダント?」


何でだろう。自身の記憶も曖昧なのに、見ただけでそれがロケットペンダントだと分かった。


このペンダントから声が聞こえたんだ。


立ち上がって、空中に浮いているペンダントを手に取る。


銀の鎖に金色に縁取られた白いロケット。


「タワーセレクター学校……?」


ロケットに書かれた流麗な文字。首を傾げてその文字を読み上げていた。


「分からないけど、ペンダントは首からさげるものだよね……」


鎖部分を首からさげて、ゆっくりとロケット部分を開く。


中から柔らかな光が溢れ出し、空中に立体映像が現れた。


「ちょ、ちょっと待って!」


驚きでロケットが手から滑り落ちそうになって、慌てて掴む。


危なかった。


片手で胸元を押さえる。跳ねる鼓動が少しずつ収まっていくのを感じた。


《僕は君の案内精霊ナビ》


フィーの慌てぶりを気に留めた様子もなく、目前の映像から先ほどの声が聞こえてきた。


灰色の長い髪と丸い目をした子どもだ。性別は……分からない。声の感じから男の子みたいだけど、精霊だから性別は無いのかも。


《分からないことがあったら、このロケットを開いてね。質問に答えるよ》


(すが)るようにナビを見た。


分からないことは沢山ある。この子は全部答えてくれるんだろうか。


「塔に選ばれたってどういう意味なのかな……?」

《そのままの意味だよ。フィーは塔に選ばれてここに居るんだ。選ばれた人間は、この塔を登ることで成長できるんだよ》


何だか、煙に巻かれたような。


少し眉をひそめながら、フィーは頷いた。


来たからには塔を登らないといけないんだ。塔の外で聞こえたあの優しい声を思い出す。塔を登ろう。


自然とそんな思考に傾いていた。


「塔を登るには、どうしたら……いいのかな?」


ナビが暖かな微笑みを浮かべた気がして目を(またた)く。


《階層ごとにある試練を突破すると登れるよ》


説明は機械的だけど、この子にも心はあるのかも知れない。


《あ! 行き詰まったら、会話映像を見るのも手だよ。フィーと同じセレクターの会話を見れるし、フィーも会話を送れるから、塔を登る助けになるかも》

「……えっ?」


(他の人? あ、タワーセレクター学校……。そういう意味か。私だけなら、学校とか無いよね)


立体映像からナビの姿が見えなくなると同時に、一階過去会話、現在会話の二つの見出しが映像内に浮かび上がる。


見出しの下に【内容確認】の吹き出しがあって、吸い寄せられるように、指で吹き出し部分を押してしまう。


一階過去会話


【アレン:記憶無いんだけど、これって普通のこと? それとも俺がやばいの?】七年以上前


【リーレイ:セレクターになったの!? 本当に、私が?!】五年以上前


【ラン:取り敢えず、ここの試練を試してるとこ】三年以上前


【ユリア:記憶吹っ飛んだ人、結構いるんだ……】一年未満


ズラズラと過去会話の文字が立体映像に映し出されて、目を回しながら飛ばし飛ばしに文字を追った。


「この会話って、今一階にいる人じゃなくて、過去の……」

《そうだよ。フィーが過去会話の確認を開いたから、表示されたんだ。現在の会話を見たければ、現在会話を表示しないとだよ》


過去会話の端っこからナビが姿を覗かせて、フィーの独り言に反応してくれる。


ナビは人間じゃないけど、孤独感が薄れて有り難い。


「そうなんだ。教えてくれてありがとうナビ君」


何となく男の子だと仮定して、ナビに微笑みかけると、彼は照れたように頭を掻いた。


やっぱり自意識があるみたい。


現在会話に表示を切り替えてみる。


一階現在会話


【キリエ:塔を登ると何があるのか分かる人いる?ナビは詳しく教えてくれないの】


【ユリース:え、まじ? キリエじゃん。記憶飛んでんのウケる。まあ、頑張って試練突破してみなよ】


【キリエ:あんた誰? いきなり失礼なんじゃない? 私の知り合い……?】


【ユリース:腐れ縁だし。というか、同時にセレクターになるとか、腐れ縁通り越して運命かよ。ウケる】


【キリエ:いや、突然運命感じられても困るんだけど。ユリース? だっけ。あんた、もう試練突破したってこと?】


【ユリース:今試してるとこ。俺の力が何なのかさっぱり分からん】


【オルガ:おい、新人二人。ここは公開会話だぞ。身内同士の会話は個別会話でやれ。他の人が困ってるかも知れないだろ】


【ユリース:えっと、オルガさん? 先輩っすか。すみません。興奮してました! 一階の試練、どうやったら突破できるか教えて下さい!】


【オルガ:自分で考えろ。それも経験だ】


どうしよう。会話を追うだけで精一杯だ。


現在会話から視線を逸らして目を閉じた。顎に指先を当てながら思案する。


(ユリース君? は記憶があるみたい。積極的に塔を登ろうとしてる。オルガ先輩? は上の階層にいる人で、助言はくれなそう。進んでみないと何も始まらないのかも。試練か……やってみよう)


深く息を吐いた後、ゆっくりと目を開ける。


(いま)だに続いている現在会話を閉じて、ロケットを襟元から服の内側に滑り込ませた。


試練で何があるか分からない。だからロケットを安全な場所に隠したのだ。


「試練って言われても、周囲には何もないし、どうすればいいんだろう……歩いてみる?」


階段とかあるかもしれない。


歩き出そうとした瞬間。目前の風景が変わった。


「ふぎゃっ。な、何……?」


驚きで変な悲鳴が漏れる。もう何回驚いたか忘れそうだ。


自身の姿を反射していたはずの床が草原になり、目の前に立て看板が現れた。


「塔って何でもありなの? 逆に冷静になってきたかも」


ジト目で立て看板の内容を読む。


【力を示せ】


「……これだけ? 力って何? どういうこと……」


拳を握ってみる。首を傾げて、握った拳を胸元から前に突き出してみた。


何も起こらない。


みるみる頬に血が上る。


「は、恥ずかしい……何やってんだろ」


両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。


しばらく動かないでいると、草を掻き分ける音が聞こえてきた。


肩を震わせて、警戒しながら両手を顔から退()かす。


「か……かわいぃ」


しゃがんでるのに、土下座するくらいに崩れ落ちる。


小さくて、丸くて、もふもふな。


「ハムスター?」


眼前に可愛らしい生き物がいた。


今絶対、誰にも見せられない表情をしてる自信がある。


触りたい、()でたい、なでなでしたい。


衝動に突き動かされて、両手でハムスターを持ち上げた。


「……っ。痛ッ」


怯えさせてしまったのか、指を噛まれて咄嗟に振り払ってしまう。


ハムスターが結構な勢いで地面に転がり落ちた。


(あっ……あぁ、ごめんハムちゃんっ!)


自身の指から血が(したた)る。


痛みに顔をしかめながらも、あたふたとハムスターの無事を確認した。


ハムスターは地面でぐったりとしている。


(た、大変だ! 怪我させちゃったのかも! 手当てしてあげないと。でも、どうやって? ……ぇえい、ここは塔。何があってもおかしくない。それなら……)


「治れー! 治って! ハムちゃん元気になって!!」


全力で祈った。ハムスターにそっと触れながら、必死に願いを込めた。


指先からキラキラと輝く光の粒が広がり、ハムスターを包み込む。


体から何かが抜けていく感覚。急な脱力感に襲われ、目の前に靄がかかった。


意識が無くなる寸前、盛大な音楽と共に、ハムスターの後ろに階段が現れるのを見た気がした。


(……試練……突破した……のかな。ハムちゃん、怪我させて……ごめんね。……治せたみたいで……良かった)


◆◆◆


暗闇の中、一筋の光が射し込んできて、フィーは目覚めた。


「……ここ、どこ? 私、寝てた……の?」


簡素だけど寝心地のいい寝台に、フィーは寝かされていたらしい。


窓から射し込んでくる朝日に目を細める。


ハムスターに噛まれた指先を見て、首を傾げた。


「治ってる……あれは、夢……だったのかな……」


ゆっくりと上体を起こして、首の重さに気が付いた。


「……ロケットペンダント……」


自身の服装はローブでは無くなっていたけど、夜着の胸元には夢で見たペンダントが、確かな存在感を放っていた。


「夢じゃ……ない」


緊張で嫌な汗を掻きながら、周囲を見回す。


寝台の横には、ゆったりとした空間を隔てて、壁際にクローゼットと、勉強机が置かれていた。


部屋にはフィー以外に誰もいない。


「夢の中での出来事以外、何も思い出せない。ここ、どこ?」


ふらふらと寝台から出て、本が置かれている机に近付いた。


本の表紙には【タワーセレクター学校説明書】と書かれていた。


「この部屋、私の部屋ってこと? ここは夢じゃないよね? 現実……だよね……」


本のページを開こうとした時。天井付近から鐘が鳴る音が聞こえてきた。


体を震わせて固まる。


《生徒の皆さん。おはようございます。寮内放送の時間になりました。塔の攻略は順調ですか? 一階の試練を突破して目覚めた新入生はおめでとう。記憶が曖昧(あいまい)な生徒は保健室に向かって下さい。───》


「目が覚めてからも驚かされるなんて、きっと記憶が無いせいだ」


少し口を尖らせて不満を吐き出した。


(放送からすると、ここは寮の自室ってことだよね。私は新入生で、記憶が曖昧。というか、無い。それなら、放送の通りに保健室に向かわないと)


夜着のまま部屋を出るのは気が引けた。クローゼットに向かい、中を見るとハンガーに学生服や、何着かの私服がかけられていた。


学生服を手に取りながら、眉間に(しわ)を寄せる。


(夢で、ナビ君が入学おめでとうって出てきたのに、現実では既に寮の自室に居るだなんて、おかしくない? それとも、記憶に無いだけで、入学して寝た時に塔の夢を見た……とか?)


うんうん(うな)って、時間だけが過ぎて行くことに焦りを感じ、着替えを再開する。


「もういいや。まずは保健室! 塔のことはそれから考えよう。次は多分二階層……頑張ろう」


学生服の襟元を正し、ロケットペンダントを一度握り締めて、胸元に収めた。


肩口までの髪を、後ろでポニーテールにして、気合いを入れる。


「よし。行こう!」


フィーは扉を開けて、部屋を(あと)にした。


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