表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

会心の一撃

作者: P4rn0s
掲載日:2026/02/04

その日、僕は急いでいた。

人は急ぐと、判断力を失う。

これは科学的にも証明されているし、少なくとも僕の人生では何度も実証されている。


改札まで残り三分。

自販機の前。

指先は冷え、頭は半分寝ていて、心はすでに会社に捕まっていた。


本当は、いつものお茶を買うつもりだった。

緑色のラベル。

目をつぶっても押せる、あの安心感のあるやつ。


だが、押した。


押してしまった。


ガコン、という無慈悲な音。

落ちてきたペットボトルは、見慣れない色をしていた。

いや、見慣れてはいる。

ただ、選んだ記憶がない。


コーン茶。


その瞬間、血の気が引いた。

間違えた、と思った。


返品不可。

時間もない。

僕はそれをバッグに突っ込み、走った。

コーン茶を罪のように背負いながら。


そして朝の電車。

揺れ。

人。


喉が渇いた。

仕方なく、という顔をしてキャップを開けた。

仕方なく、という態度で一口飲んだ。


──うまい。


いや、待て。

違う。

これは「うまい」じゃない。

「裏切られてない」だ。


思っていたより香ばしく、思っていたより静かで、思っていたより優しい。

何も主張してこない。

「僕、間違えて選ばれたんで」とでも言いたげな控えめさ。


二口目で、僕はもう負けていた。

完全敗北。

選択ミスだと思っていたものが、人生からの気遣いだった可能性が浮上する。


コーン茶は、朝に強い。

眠気を殴らない。

覚醒を強要しない。

ただ「起きてるだけで偉いよ」と言ってくる。


なんだこの飲み物。

お前、会社より優しいぞ。


気づけば、電車が目的地に着いていた。

コーン茶は半分減っていた。

後悔はなかった。

反省もなかった。

あるのは、薄い感動だけだった。


それからというもの、僕は時々コーン茶を選ぶ。

いや、選んでいるふりをしている。

本当は、あの日の間違いをもう一度なぞりたいだけだ。


朝の自販機で、わざと一瞬だけ目を逸らす。

指が少しずれる。

そしてまた、ガコン。


人生は大きく変わらない。

でも、間違える勇気が少しだけ増えた。


今日も僕は急いでいる。

そして、また間違える。

コーン茶を手にして、少しだけ勝った気分になる。


──全部、あの朝のミスのせいだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ