灰森にて、瞳が交わる
読んでくださりありがとうございます。
この物語は、言葉も知らずに生きてきた少年が、少しずつ自分の“牙”と剣を手に入れ、成長していく過程を描いています。
前作はまだ執筆中ですが、本作は別の物語の一篇としてお届けします。
どうぞ、彼の歩みをゆっくりと見守っていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします!
森は語らなかった。
昼間でも薄暗い、苔むした巨木と霧に包まれた深い影。
風は枝葉を揺らさず、ただ湿った静寂が全身に絡みついていた。
そんな“灰の森”と呼ばれる禁足地に、一匹の“ヒト”が棲んでいた。
痩せた身体、泥に汚れた肌。
枝と葉が絡まったまま放置された白髪。
言葉は発さず、名も知らず、ただ四肢で地を這い、時に跳び、咆哮する。
その目は──言葉を知らぬまま、生と死だけを学んだ獣の光だった。
彼を育てたのは“グリムヴォルフ”と呼ばれる古き魔狼だった。
銀灰の毛並みを持ち、全長三スア。
〈死者の森〉の守護獣として語られる伝承の獣。
ある日──
王女リュシエルの一行が雨を避けて灰の森に入ったとき、
霧の向こうに、その“白い子”が現れた。
リュシエルは、それが“人”であることを直感する。
侍女や騎士が止める間もなく、彼女は馬車を降りて歩み寄る。
だが次の瞬間。
霧を裂いて現れた巨影が、少女の行く手を遮った。
──グリムヴォルフ。
その体から立ち上がる魔力と威圧。
牙を剥き、低く喉を鳴らして威嚇する。
騎士が抜刀しかけたその時、リュシエルが右手を静かに上げて制した。
彼女は、恐れることなく一歩だけ前へ出る。
「あなたが──この子を、守っていたの?」
返事はない。だが、魔狼の唸りが少しだけ和らいだように見えた。
霧のなか、互いの目が交錯する。
王女と、森の主。
種を超えた沈黙の会話。
「もう、大丈夫。この子は、私が守ります。……あなたがしてくれたように」
その言葉を受けてか、グリムヴォルフはわずかに鼻を鳴らした。
そして静かに後ろへ下がり、霧の奥へと身を消した。
リュシエルはそっと跪き、怯える“少年”に手を差し出す。
「……大丈夫。こわくない。私は、リュシエル」
彼は言葉を持たない。
だがその瞳が、リュシエルの姿を確かに映した。
「この瞳は、誰のものでもない。けれど……きっと、私の国に必要な瞳だと感じたの」
こうして、アッシュは“王女に拾われた獣”として、灰の森を出る。
彼はまだ言葉を知らない。
礼も知らず、名乗る名もない。
けれどこの出会いこそが、
“閉ざされた空を裂き、剣として生きる”少年の、第一歩だった──。
空を裂き、剣として生きる
最後まで読んでくれて本当にありがとうございます。
アッシュの旅はまだまだ続けさせていただければと…この世界をこれからも作っていきます。
前作も含めて、気長に見守ってもらえると嬉しいです。