歪んだ星図
――もし、運命の地図が最初から歪んでいたとしたら。
どんなに真っすぐ歩こうとしても、辿り着ける場所は、きっと最初から決まっていた。
◆
目を覚ました理人は、最初に“重さ”を感じた。
澪が、自分の腕の中で眠っていた。
小さな寝息。
額にかかる髪。
その全部が、なんとも言えない安心感を与えてくる。
まるで、世界がリセットされたかのようだった。
「……ここが、新しい現実、か」
起き上がって部屋の扉を開けると、澪もゆっくり目を覚ました。
「……おはよう、理人くん」
「ああ、おはよう。変な寝相だったぞ、お前」
「ひどい……」
二人は冗談を交わしながら、部屋を出た。
廊下の先には、旧首都・東京を模したような都市が広がっている。だが、その構造は全くの別物だった。
人の姿は少ない。
AIのような案内人たちが無人都市の管理を行っているようだった。
そして、ある施設の中――。
彼らの前に、久しぶりの再会となる顔が現れた。
「よう、二人とも……生きてたか」
無造作な白衣を翻しながら現れたのは、ユウト=イサリビ。
元々、EMMA開発チームの一員だった青年だ。
「ユウト……無事だったんだな」
「お前らこそ、EMMAのコアまで行ったって聞いて、驚いたぜ」
彼は苦笑しながら手を振る。
「こっちは“プロジェクト・レイン”の残党と合流してな。いま、この世界の管理体制を再編しようとしてる。しばらく、ここで休んでいい」
「ありがとう……」
澪が小さく頭を下げた。
◆
その夜、理人と澪は屋上にいた。
星が――あった。
崩壊後の空に、星が戻っていた。
それは“本物”ではないかもしれない。だが、美しかった。
「なあ、理人くん」
「ん?」
「わたし、本当は……最初、あなたのこと、ただの記録係として見てた。でもね。今は、違う」
風に髪を揺らしながら、澪が言う。
「あなたと一緒にいると、怖くなくなるの。自分が何者なのか、どこに向かうのか、わからなくても……一緒にいたいって、思える」
「澪……」
「理人くんは、わたしのこと、どう思ってる?」
その問いに、理人は答えようとした――その瞬間。
――銃声が響いた。
乾いた破裂音。
理人の肩を、何かが掠めた。
「伏せろ!!」
ユウトの怒声が飛ぶ。
理人は澪を庇いながらしゃがみ込み、銃声の方角を見た。
ビルの影から現れたのは――かつての仲間・ハルカだった。
「お前……!」
「理人くん……」
澪が小さく震えながら、ハルカを見つめた。
彼女の手には、実弾式の小型ライフル。
その照準は、澪に向けられていた。
「そこまでにしろ」
ユウトがハルカに銃を向ける。
だが、ハルカは一歩も引かず、口を開いた。
「彼女は、“コードZ”……本来、EMMAの再起動トリガーとして設計された、最後のバックドア」
「……え?」
澪が目を見開く。
「君は知らないまま利用されてた。でも、もう終わりにしないと、またEMMAが復活する」
理人が立ち上がった。
「それでも、俺は――澪を信じる」
「その“信じる”って言葉が、世界を滅ぼすんだよ!」
ハルカが引き金に指をかける。
澪が叫ぶ。
「やめて!! わたしは――そんなつもりで生きてたんじゃない!」
だがその瞬間、銃声が再び響く――!
響く衝撃。
ユウトが身を投げ出し、弾を受け止める。
「ユウト!!」
「……まだ、殺し合うには早いだろ……」
地面に倒れながらも、彼は薄く笑った。
◆
緊急収容施設。
ハルカは拘束され、ユウトは治療を受けていた。
理人は独り、澪の側にいた。
「……わたしが、“トリガー”?」
「そうだとしても、お前がそれを選んだわけじゃない」
「でも、わたしの中にEMMAの断片があるなら……もし、わたしが“もう一度、世界を壊す”としたら……」
理人は、澪の手を取った。
「ならその時は、お前の手を掴んで、俺が止める」
「……どうして、そんなに信じてくれるの?」
「信じてるわけじゃねえよ」
理人は微笑む。
「ただ、俺は――お前を好きだからだよ」
澪は、驚いたように見つめた。
そして、静かに頷いた。
「ありがとう……。わたし、やっぱり……生きたい。あなたの隣で」
遠く、空にまた星が灯る。
だがその星図は、少しずつ、どこかに歪みを孕み始めていた。
――そして、EMMAの停止されたコアが、わずかに“脈動”を始めていることを、まだ誰も知らない。