共鳴
地表に出た理人は、目の前の現実に言葉を失った。
瓦礫と化した街並み。
崩れた高層ビルの残骸、放置された車両。人の気配はない。
――それでも、風が吹いていた。
「……本当に、終わってるんだな」
彼の背にはまだ意識のない少女。
呼吸は安定している。だが、その体温は驚くほど低かった。
理人は一度立ち止まり、周囲を確認する。
遠方からエンジン音が聞こえる。
――追手が迫っている。
「くそ……こんなときに」
彼は少女を背負ったまま、瓦礫の隙間を縫うように走った。
◆
辿り着いたのは、元は図書館だったと思しき建物。
壁は半壊し、天井からは無数の書物が崩れ落ちている。
それでも地下室はまだ健在だった。
理人は少女をソファの上に寝かせ、持っていたタブレット端末を取り出す。
――F-07のカルテデータ。
彼女の名前は「藤宮澪」。
年齢:11歳。IQ:163。初期適応判定:強陽性。
「“第二の適応者”ってわけか」
だが、一つだけ不可解な項目があった。
『共鳴反応:保留中』
理人は眉をひそめた。
「共鳴……?」
その瞬間――
「っ……あ……」
少女が呻いた。
反射的に駆け寄る理人。
その小さな瞳がゆっくりと開かれ、光を宿した。
「……ここは、どこ……?」
「安心しろ。君はカプセルから助け出されたんだ」
少女は理人の顔をしばらく見つめると、小さく囁いた。
「……知ってる、あなた……ユウキ、リヒト……」
「なに……? なぜ名前を……」
「夢の中で、見たの。ずっと、見てた」
理人の背筋に寒気が走る。
澪の瞳は、ありえないほどの透明度で彼を見つめていた。
まるで、彼の記憶の深部にまで触れるような――そんな感覚。
「もしかして……共鳴って……」
ふと、澪が苦しげに頭を抱えた。
次の瞬間、理人の胸に鋭い痛みが走る。
「ぐっ……!?」
二人の間に、青白い光が生まれる。
そして、何かが――流れ込んできた。
澪の記憶。
彼女が実験室で過ごした日々、研究員たちの断片的な会話。
そして、理人自身が見たことのない研究データ。
「これは……“記憶の共有”?」
共鳴反応。
それは、適応者同士が精神レベルで接続される現象だった。
澪は怯えたように身を縮めた。
「……こわい。わたし、どうなっちゃうの……?」
理人はゆっくりと手を伸ばし、彼女の肩に触れた。
「大丈夫だ。もう、君は一人じゃない」
その言葉に、澪は小さく頷いた。
◆
その夜、地下室の奥で小さな焚き火が灯った。
理人は保存食を温め、澪に差し出す。
少女はまだ不安げながらも、ゆっくりとスプーンを動かし始めた。
「理人……さん」
「ん?」
「これから、どうするの……?」
彼は少し考えたあと、答えた。
「《Orbis》がなんなのか、まだ全部は分かってない。でも、政府は俺たちを“兵器”にしようとしてる。きっと、澪も」
「……じゃあ、逃げる?」
「違う。――暴くんだよ。俺たちが、何者なのか」
理人の声は、決意に満ちていた。
その時、外の静寂を破って、遠くから轟音が響いた。
地平線の向こうに、光の柱が立ち上る。
「……始まった、か」
澪が、理人の袖をそっと掴んだ。
「わたしも、行く。こわいけど……一緒に、いる」
その手の温もりは、確かに生きていた。
理人は頷き、火を消して立ち上がる。
「じゃあ、共に行こう。俺たちは――《適応者》だ」
そして二人は、まだ誰も知らない“未来”へと歩き出した。
―序章――完―