名誉挽回 1
「あー! つまんねぇ!」
ロウイは自室のベットに腰掛けたまま手を伸ばし叫ぶ。
いつぶりだろうか。退屈な日々に戻ってきてしまったようだ。
「これ、だけになっちまって」
首から下げたペンダントを眺めた。このペンダントにもう何の価値もない。
昨日から何も食べてない為、流石に腹が空いていたので重い腰を上げて扉の方へ向かう。あれからギルドを追放されて数日たったがバーミィの姿はまだ見ていない。あれで折れるようなやつには思えないが、今は何をしているのだろうか。
「……あぁ」
ため息と床の軋む音が部屋に響く。
「……中級冒険者としての立場も墓参りの夢も壁の外へ行ける自由も、コハチやあいつも、全部失った」
扉に手をかけた所で体が水をかぶったように重たくなって膝から沈む。歯を食いしばっても目の縁から落ちていく涙は止められず、そのまま俯いて床についた手と手の間に出来ていく水溜りをぼやけた視界でしばらく眺めていた。
「これからどうしよう」
震える声で呟く。
「犯罪も視野だな」
口に出して、やけになっている自分に乾いた笑いが出た。
「良い短剣じゃねぇかよ。こんな小さいので魔物に突撃するなんて勇敢だなぁ。俺には出来ないね」
手入れされた短剣を取り上げたバーミィが短剣を奪われた冒険者を見て笑いながら言う。
「頼む! それだけは! それがなくてどうやってこれから食っていけば良いんだよ!」
「冒険者以外の仕事があるだろ。物乞いでもなんでもやれば良い」
ハッ、と鼻で笑い飛ばして立ち去るバーミィの後をロウイは追う。
後ろから「魔物の血族が」と憎しみのこもった声が聞こえた。
「あそこまでやる必要あるのかよ」
ロウイはバーミィに聞く。
「あ? 武器を取り上げとかないとすぐに後ろから刺されるぜ。それにな、金はいくらあっても良い」
王都の舗装された道を歩きながらロウイは少し前、まだバーミィと二人で中級冒険者をやっていた頃の事を思い出していた。
俺には無理だなぁ、嫌がるやつをいたぶっても面白くないし、そう改めて思った。
「あれ、ロウイじゃん! 久しぶり。いつもの相方は?」
ロウイの幼馴染で同郷のリュエル・カーリーが声をかけてきた。あの地獄のような日に知り合ったカーリー家の一人娘だ。
「解散だ」
ロウイは顔を上げてリュエルに答えた。見ると肩の辺りまで伸ばしたリュエルの深緑の髪が風で揺れていた。
金属の胸当てと腰に携えた剣、装備を固めている所からして壁の外へ向かう途中だろうか、とロウイは思う。今も部屋で未練がましく残っている装備たちの事を思い出して少し羨ましくなった。
「あーそれはごめん! 嫌なこと聞いちゃったね」
茶色の丸い瞳を大きく見開いた後、手を合わせ勢いよく頭を下げるリュエル。
それにロウイは首を横に振って「いや、いいさ」と返す。
元貴族なのにリュエルに偉そうなやつの空気感を感じない。なのでロウイも自然体で接することができた。
「ツケが回ってきたんだと思ってるよ」
みんなちゃんとしている中で俺とあいつはこれまで散々自由にやってきた、そのツケだとロウイは思っている。
「ツケって」
リュエルは苦笑いを浮かべた。
「あっじゃあさ。私一人じゃちょっと手に余る依頼を今受けちゃってて」
本当は一緒に行ける人が居たんだけどここ数日は都合合わないみたいでさ、とリュエルは付け加える。
「……俺、ギルドから追放されてる」
「えええ!?」
リュエルは声を上げて跳ねるように驚いた。ロウイには見えなかったが実際飛び上がっていたかもしれない。
その後、しばらくリュエルは目を丸くしたまま固まった後、何度か瞬きを繰り返しようやく「本当?」と首を傾げながら口に出した。
「あぁ、色々あってね。それでもよければ手伝うよ」
「……うん。わかった。私はギルドの判断より私の知ってるロウイを信じるよ。中型の魔物の討伐任務、報酬は折半、どうかな?」
リュエルはそう言って頷きロウイに手を差し出す。
「良いぜ。やってやるさ」
危険な討伐任務の方が犯罪なんかよりずっと良い。ニヤリと不敵に笑ってロウイは手を握る。握った手に感じるリュエルの鍛えた手のヒラの硬さと指の細さと柔らかさにロウイは一瞬だけバーミィと初めて会った日の事を思い出した。
「で、どんな依頼なの?」
「これなんだけど」
リュエルは手を離しクエストの内容が書かれた用紙をロウイに渡す。
黒曜熊 大きいので全長三メートルを越える灰色の熊だ。
ここから離れた村の近くで暴れているらしく、そこそこの遠出になるだろう。ロウイの表情が曇る。
「これ……変異体とか言ってなかったか?」
リュエルはキョトンとした顔で「ううん」と首を横に振る。
「というか変異体だったら選んだり誘ったりしないよ。私」
ロウイは苦笑いを浮かべ「……そう」と応える。
もう既にコクヨウグマは何度か討伐していた。当たり前だ。この三年で王都周辺の中型の魔物のほとんどを一度は討伐した事がある。
「あぁ……やめときゃ良かったな」
リュエルに聞こえないくらいの声でロウイは億劫そうにボソリと呟いた。