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桜を探す会3 隠した想い

 森畑から少し外に出た所にある公園。公園というわりには遊具が一切無く、子供よりも大人を見かける方が多い。ここが二ヶ所目なのだが、薄ピンク色の葉をした木は何処にも無い。生えている木の葉全てが緑色の為、そもそも桜の木がどれなのかも分からなくなっている。


「ここも駄目だな。やっぱ桜の季節なんてもう終わってるよ。今からでも遅くない。何処かに遊びに行こうぜ。それか酒を買って家で飲むか」


「昼間からお酒は駄目でしょ。それに諦めるにはまだ早いよ。何故なら、最後の五ヶ所目こそが最有力だからね!」


「だったら最初からそこに行けばいいじゃねぇか」


「それもそうなんだけど……ちょっと条件があってね」


「嫌な予感がするな……ん? 音々、どうした?」


 音々の様子を見ると、私と時雨ちゃんとは真反対の方向へ視線を向けていた。その視線の先には、アイスクリームの移動販売車が停まっていた。


「音々、アイス食べたいの?」


「うん……」


「だってさ時雨ちゃん」


「なんでアタシにふるんだよ。お前が奢ってやればいいだろ」


「そのつもりだよ。だから、時雨ちゃんのお財布貸して」


「アタシの財布はお前と共有財産かよ。アイスぐらい買える金は持ってるだろ……持ってる、よな?」


「い、いいよいいよ……! 私が自分で払うから……! そうじゃなくて、その……一人じゃ、買いに行けないの……」


「だってさ時雨ちゃん!」


「……分かった分かった! じゃあ行くぞ音々。アタシが代わりに注文してやるよ。でも代金は自分で払えよ?」


「うん……! ありがとう、時雨ちゃん……!」


 アイスを買いに行く二人を見送った後、近くのベンチに座った。もう一度二人の様子を見てみると、メニューが書かれた看板の前で話し合っているようだ。会話の内容は知れないけど、遠目から見ても友達のように親し気に見える。音々に関しては、すぐに前のような友人関係に戻れるだろう。


 やはり問題は胡桃ちゃんだ。別に胡桃ちゃんは悪い人ではないけど、時雨ちゃんに対して強く当たる傾向がある。時雨ちゃんも胡桃ちゃんを本当に嫌ってはいないだろうけど、気に入らない何かの所為で友人関係に踏み出せないようだった。


「どうすれば仲良く出来るのかな~」


「こうすればいいのよ」


「え?」


 いつの間にか隣に胡桃ちゃんが座っていた。胡桃ちゃんの方へ振り向くと、脳が蕩けるような甘い香りがしたかと思うと、視界が胡桃ちゃん一色になった。


 またキスをされてしまった。突き放す事は出来るけど、別に胡桃ちゃんの事は嫌いじゃない。キスだって突然されるから驚いちゃうだけで、嫌なわけじゃない。だから胡桃ちゃんが自分から離れるまで待つ。出来るだけ自我を保って。


 高揚感を表に出さないように耐えていると、口の中に苺の味が広がった。果物の状態というよりは、苺を使ったアイスのような滑らかさのある甘味だ。


「……今日のキスは、なんか甘かった」


「苺のアイスを食べたからね」


「え? アイス食べてたの? いつ?」 


「三人が桜を探している最中に。どう見たって桜は無いのに、生えてる木を一つ一つ確認していくもんだから飽きちゃって」


「一人だけズルいな~。学生時代は生徒会までやってた真面目な胡桃ちゃんが、今は人の目を盗んでアイスを食べるなんて。それによく……キス、してくるし……!」


「私、学生時代もこんな感じだったよ?」


「そうなの? でも、私キスされた事なんてなかったよ?」


「我慢してたからね。霞の隣にいる時、霞が一人でいる時、霞が人気の無い場所に入った時。私はいつも、アナタを襲おうとする自分の欲を抑え込んでた。さらけ出せば、きっと避けられるから。それが怖くて、私はいつも我慢してた。でも、アナタが私達の前から突然消えてから、我慢していた自分を憎んだ」


「憎む? どうして?」


「こんなにも夢中になれる事、後にも先にも無い。実際、霞がいたおかげで私の人生は鮮やかになった。青春とは一生無縁だと思ってたけど、霞に抱いた想いは確かに青春と呼べるもの。いつしか私の中の優先事項が、自分から霞に置き換わった。それだけ強い想いを抱いたまま、私はアナタがいない人生を送った。鮮やかだったはずの私の人生の色に錆が出来て、日に日に剥がれ落ちていった。生きているのに、死ぬ事だけを考えていた」


 聞いているだけで苦しくなる内容を胡桃ちゃんは淡々と語った。きっと胡桃ちゃんは私を責めているわけじゃないだろうけど、淡々と語られる胡桃ちゃんの想い一つ一つに罪悪感が湧いた。


「……ごめん。何も言わずに突然海外に行っちゃって……」


「本当にそうよ」


「……胡桃ちゃん。こっち向いて」


 私は自分から胡桃ちゃんにキスをした。唇にするのは恥ずかしくて、頬に軽く唇で触れる程度。自分から胡桃ちゃんにしたのは、償いも兼ねた私の罪悪感を拭う行動だ。自分勝手な私に、ちょっと嫌悪感。


 そんな私とは裏腹に、胡桃ちゃんは私の唇が触れた頬を撫でながら、はにかんだ。動揺しているのか、私の目を見ようとする胡桃ちゃんの瞳が忙しない。 


「これで許して、なんて言わない。でも、嫌じゃない事は伝わってほしい」


「……それって!」


「あ、あくまでも友人としてね! 胡桃ちゃんの事は好きだけど、その好意は時雨ちゃんにも音々にも抱いている。だから今は、嫌じゃないとしか言えない」 


「……それでもいい。アナタの隣に他の誰かがいても、私の傍にいてくれるなら、私は十分だから」


 胡桃ちゃんは私の頬を両手で触れると、唇に深いキスをしてきた。私の唇から胡桃ちゃんの強い想いが心臓部へと流れ込んでくる。ほんの少しだけど、胡桃ちゃんが抱いている想いを理解出来た。 

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