桜を探す会2 音々との思い出
一ヶ所目に辿り着いた。動物園が近くにあるこの広場。ここに生えているいくつもの木は、全て桜の木。私達が住む森畑では、ここで毎年桜祭りが行われる。
しかし、通路の左右に並び立つ桜の木は既に緑色に変わっていた。
「やっぱ終わってるな。どれもこれも緑だぜ?」
「でも、これはこれで綺麗じゃん」
「時雨、霞のポジティブ思考を見習いなさいな」
「アタシらは桜を探しに来たんだぞ? 桜が無きゃ意味が無い」
「じゃあ時雨ちゃんに仕事を与えるね。そこの動物園の売店から朝ご飯買ってきて。全員分ね」
「金は?」
「二人でお願い。時雨ちゃんと胡桃ちゃんで」
「……え? 私も?」
「ほら行くぞ淫魔。会長様のご命令だ」
「ねぇ、いつまで人外扱いしてくるの?」
口喧嘩を交えながら、二人は朝ご飯を買いに行った。呼吸をする暇も無い程に悪口を吐く、というより、呼吸をするくらいなら悪口を言いたいのだろう。
「霞ちゃん、いいの……? あの二人に任せて……?」
「今は喧嘩してるけど、すぐ仲良くなるよ……多分」
「多分なんだ……」
「待っている間、そこのベンチで座ってよ」
私は音々の手を引いて、近くのベンチに座った。もちろん、私の膝の上に音々を座らせて。
「お、重くない……?」
「むしろ軽過ぎる。これって現実? 触って確かめよ」
「ヒャッ! く、くすぐったいよ……!」
腰薄過ぎでしょ。私の手は平均的より少し小さい程度だけど、それでも十分に掴める程に音々の腰が細い。
初めて会った幼少期の頃もそうだったけど、音々は他の子よりも一際細かった。中学に上がった時、太くしようと色々試行錯誤したけど、結局あまり変わらなかった。周りの子はどれだけ食べても太らない音々を羨ましがっていたが、私は心配だった。
そして、最後にお腹周りを触った時より、今は細くなっている。
「ね、ねぇ音々? ご飯ちゃんと食べれてる?」
「うん……」
「本当?」
「……ごめんなさい」
「中学の時言ったじゃん! ちゃんと食べないと駄目だって!」
「ちゃんと、食べてたんだよ……? でも……時雨ちゃんがいなくなってから……食事が喉を通らなくなって……。でも、霞ちゃんと再会した時から、少しは食べれるようになったよ……!」
その言葉を聞けて安心したし、後悔もした。私が戻ってきたおかげで食欲が戻ったけど、原因は結局私だ。毎日のように音々の体調を気にしてたのに、私は自分勝手な考えでアメリカに行ってしまった。あっちにいる間も音々の事は心配してたし、今もしてる。でも、以前程じゃない。そんな自分に嫌気が差す。
私は音々を抱き寄せ、壊れないように注意しながら抱きしめた。目の前の音々のつむじから、お陽さまの匂いがした。安心出来て、不思議と温かくなる。
「……霞ちゃん……大好き……」
「私も音々が好きだよ」
「……初めて霞ちゃんと逢った時、その……ちょっと苦手意識があったの……」
「え? ウザい女だった!?」
「そ、そうじゃなくて……! 初めての人なのに、グイグイ来て……凄く緊張した……」
タイムマシンがあるのなら、過去の私をぶん殴りに行きたい。こんな可愛らしく愛らしい音々を不安がらせるのは万死に値する。過去の私を処した後は、過去の音々を連れて現代の音々と一緒に飼いたい。一生甘えさせて、一生太らせたい。
「でも、おかげで他人との接し方が少し良くなった……。時雨ちゃんや、胡桃さんともお友達になれたし……。独りだった時より、生きたいって思うようになれた……! 全部、霞ちゃんのおかげだよ……!」
「音々……私こそ、ありがとう」
「そういうのも好き……!」
「そういうの?」
「霞ちゃんがね、私の名前を呼んでくれる事……!」
「他の人も名前で呼んでるよ?」
「ううん……霞ちゃんの声で呼ばれるのが好きなの……! 音々って名前を……好きになれるから……!」
音々という名前を好きになれる、か。
確かあれは、小学五、六年生の頃。音々はクラスの子に名前を弄られた。名前が変だという理由で。今思えばくだらない事だし、弄ってきた子の方がよっぽど変で馬鹿だ。でも、音々は凄く傷ついた。
そして事件が起こった。私も音々が馬鹿にされて頭にきちゃって、一番騒いでいた子の頭を椅子で殴ってしまった。結構な大騒ぎの後、その子は念の為に病院に運ばれ、私は大人達に叱られた。叱られて泣かなかったし、後悔もしなかった。逆に、何故叱られているのかが分からなかった。
それ以降、私はクラスメイトから恐れられるようになった。男子も女子も、先生さえも、みんなが私を怖がっていた。怖がっていなかったのは、私の両親と友達だけだ。
特に、音々はその事件以前よりも私に懐くようになった。
「音々が求めるなら、何度でも呼んであげるよ」
「うん……霞ちゃん、大好き……!」
「~~~ッ!? もう本当に可愛い子だねぇぇぇ! よしよしよしよしよし!」
「くすぐったいよー……!」
両手で音々の頬を撫で、鼻で音々のつむじを擦る。贅沢とは、至高とはまさにこれだ。
心身共に音々を堪能している時、視線を感じた。見ると、朝ご飯を買って帰ってきた時雨ちゃんと胡桃ちゃんが、呆れたような困っているような表情で立ち尽くしていた。
「あっ……よし! 朝ご飯を食べたら二ヶ所目にレッツゴーだよ! イッツァブレイクファースト!」