終わり良ければ総て良し
紐で吊るされた電球がユラユラと揺れている。僅かな光で照らされた部屋は薄暗く、部屋の全貌を掴めない。
いや、部屋の内装なんかどうでもいい。重要なのは、目の前にいるノッポの魔法使い。そしてアタシの背後に敷かれたジオラマだ。
「ごめんなさいね。ここにはお茶の類は無いの。約束を破ってしまったわね」
「そんな事はどうでもいい。それよりも説明してくれ。さっきまでアタシがいた世界は何だったんだ?」
「後ろを御覧なさい」
後ろへ振り向くと、床に敷かれたジオラマに幾万もの小さな光があった。ジオラマの広さと比べ、その光の数は多過ぎて、個が集合体となって一つの光にも見えた。
しばらく見続けていると、光の輝きが失われていき、やがて一人の人間となった。
その人物は、霞だった。霞は腹の上で手を合わせ、眠っていた。
「アナタがいた世界は彼女の世界。彼女の心の巣」
「……消したんじゃなかったのか」
「言ったはずよ? 魔法の施術には対価が必要、と。アナタに都合の良い彼女だけを残し、他は対価として抜き取った」
「都合の良い?」
「おかげで独り占め出来たでしょ? まぁ、アナタはそれでは満足出来なかったみたいだけど。どうして満足出来ないの? アナタが望む関係にならずとも、アナタと彼女は一緒にいられる。アナタが他の人に恋をするのは出来るけど、彼女にはアナタしかいないのよ。彼女はアナタ以外の心を生む事は出来ないのだから」
「そんな縛り付けるような真似を! アタシは望んでない!」
「では、アナタの望みは? アナタは彼女にどうあってほしいの?」
「霞であってほしい!」
「……へぇ」
ノッポの魔法使いは着けていたマスクを外した。露わとなった顔は、歪ながら人の形を成しているが、人とは呼べない物だった。
「その顔は……!」
「あの娘から聞いたでしょ? 元はただのゴミだった廃棄物が、意思を宿し、個として存在を確立させた。この体に体温は無く、この体に心は生まれない。意思はあれど、アナタ達と同じ存在にはなれない。どうしてかしら?」
「……人間じゃないからだ」
「残酷よね。人間に作られ、人間に使われ、人間に捨てられた。それだけ人間と関りを持っていながら、ルーツを変える事は出来ない。意思を持ち、人の体を模倣しようとも、廃棄物は所詮廃棄物。それなのに、人間はその逆をいく。人間とは違う種になりたいと誰もが願う。ある者は鳥に。ある者は樹に。ある者は星に。そう願う対象の全てが人間になりたいと願っている事に気付かず」
「何が、言いたい……!」
「互いが相手に願望を向けるのが正しい関係。なのに、彼女の願いは矛盾の願い。人間でありながら、人間になりたいと願う。アナタにはアナタに合った霞を。他の者にはそれぞれに合った霞を。そんな彼女に【霞であってほしい】なんて言えるかしら?」
なんとなくだが、コイツが言わんとしてる事が理解出来た。
霞は自分の意思を持たない。何かが欲しい・何かをしたいという望みを口にしても、それは相手が望む自分を演じているだけ。
信じたくない。もし事実だとしたら、アタシは、アタシ達は、霞を都合よく利用していただけになってしまう。アタシ達が好きだった霞が、全て偽物になってしまう。
「いっその事、彼女の願いを叶えてあげましょうか」
突拍子なく、ノッポの魔法使いは言った。あまりにも突然で、調子も軽過ぎて、アタシはノッポの魔法使いが言った言葉の意味を理解出来なかった。
その間に、ノッポの魔法使いは完了した。一瞬か、あるいはアタシが呆然とし過ぎていたのか。どちらにせよ、既にノッポの魔法使いは霞の願いを叶えてしまった。
「霞ちゃん」
声が聞こえた。心が満たされる安心感のある声。
振り向くと、アタシの隣には霞が立っていた。霞はアタシを真っ直ぐと見つめながら、手を握ってきた。
「私は霞ちゃんの友達。霞ちゃんだけの私。私だけの霞ちゃん。私達はこれから先も、ずっと一緒」
嬉しさの端っこに、一抹の不安があった。それもすぐに嬉しさに押し潰され、アタシの心は嬉しい気持ちで一杯になった。
「今度は満足出来たかしら? 人間なら、やっぱりハッピーエンドがお好きでしょ。終わり良ければ総て良し」
「……違う……ちょっと待って―――」
良いように丸め込まれている事に気付けたが、もう遅かった。アタシ達はいつの間にか元の世界に戻っていて、来た時にいた遠山楓の部屋に立っていた。
すぐに戻ろうとしたが、あの場所へ行ける手段を持つ唯一の人物である遠山楓は、部屋の何処にもいなかった。家中を見て回り、外にも飛び出してみたが、遠山楓は何処にもいなかった。
「クソッ、クソがぁ!!! 結局アイツのペースに乗せられたままだった! 何も変わらないどころか、悪化させちまっただけじゃねぇか!!!」
アタシは酷く激昂した。あのノッポの魔法使いに。自分自身に。アタシの叫びは夜の田んぼ道で響き渡り、そのまま消えてしまった。
「時雨ちゃん」
霞の声が耳元で囁かれた。後ろへ振り返ると、少し離れた場所に、霞が立っていた。月の光を浴びた霞は綺麗で、近付けば消えてしまうような危うさがあった。
すると、霞の方からアタシに近付いてきた。アタシは逃げる事も向かう事も出来ず、その場に立っている事しか出来ない。
霞が目の前まで来ると、アタシの頬に手を当て、アタシの目を真っ直ぐと見ながら微笑んだ。
「……お前は、本物の霞なのか?」
霞は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んで、アタシの胸を強く叩いた。
「私は私に決まってるじゃん。変な事言うね。自分で言うのもなんだけど、なんか私みたい」
「……霞、アタシは―――」
言おうとしていた言葉を唇に人差し指を当てられて止められた。
「もういいじゃん。私は私。それで終わり」
「……でも」
「らしくないなー! 時雨ちゃんはお馬鹿さんなんだから、何も深く考えなくていいんだよ! だからさ。もう、帰ろう」
「……ああ」




