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水槽

 不思議な感覚だ。自分以外誰もいない。建物の中はもちろん、外には車一台も無い。それでも信号機は動いているし、建物の明かりは点いている。不可思議で不気味な様子に、恐怖も興奮も覚えない。まるで夢を見ているようだ。


 不思議といえば、この気配だ。何処を歩いても、どの建物の中にいても、すぐ近くから霞の気配がする。それはおかしい。ありえない。何故なら、霞はアタシとは真反対の方角へノッポの魔法使いを捜しに行ってるからだ。


 しかし、この気配は霞で間違いない。そう確信出来る程、アタシは霞を覚えている。


 一つずつ建物を調べていき、五件目の建物に入った。扉を開けた先で待っていたのは、いくつもの水槽が並べられたブルーの世界。水槽には魚か熱帯魚の名前が書かれていたが、水槽の中には水と砂があるだけだった。ここまで分かった事は、この世界には命を持つ生き物が存在しない。死んだ魚や肉となった動物は存在するが、それ以前の生きているものが無い。


 店内を回っていくと、霞の気配が今までより濃くなっていた。気配がする方へ歩いていくと、他の水槽よりも一際大きな水槽の前に、霞が呆然と立ち尽くしていた。


「霞? お前、ここで何やってんだ。反対側に行ったんじゃなかったのか」


 声を掛けるも、霞はアタシの方へ振り返らず、水槽を眺めていた。水槽に貼られていた紙を見ると、日本語でもなければ、他の国の言語でもない言葉が書かれていた。


 アタシは霞の隣に立ち、空っぽの水槽を眺めながら、霞が話しかけてくるのを待った。


「……」


「……」


「……なに?」


 酷く冷たく、無感情な霞の声に、アタシは思わず霞の方を向いた。霞は相変わらず水槽を眺めているばかりで、アタシに目を向けようとしない。 

 

「いや、お前が何でこんな物を見てるか不思議に思って」


「そうなんだ」


「……それにしても、水槽の中が空っぽってのはおかしなもんだよな。ちゃんと水も入れられてるし、海の中みたいに砂とかあったりさ。それなのに、肝心の魚がいないんじゃ、意味無いよな」


「いるよ」


「いや、いないだろ」


「見えないの?」


「見えてんのか?」


「うん。凄く綺麗だよ。見る方法、教えよっか?」


「……まぁ、せっかくだし」


 霞はアタシを中央に立たせると、後ろから手を伸ばしてアタシの目を塞いだ。暗闇に包まれた視界の中、霞の声が聞こえてくる。


「目には網膜という見たものを脳に送る機能がある。でもそれが邪魔をして、見えるはずのものが見えないものになってしまっている。だから、見えてたものを見えなくして、見えなかったものを見るようにするの」


「……簡単に言ってくれるな」


「暗闇の奥底を覗いて。奥へ、奥へ、瞳を覗かせて。そうすると、ボヤけた光の胞子が思議な感覚だ。自分以外誰もいない。建物の中はもちろん、外には車一台も無い。それでも信号機は動いているし、建物の明かりは点いている。不可思議で不気味な様子に、恐怖も興奮も覚えない。まるで夢を見ているようだ。


 不思議といえば、この気配だ。何処を歩いても、どの建物の中にいても、すぐ近くから霞の気配がする。それはおかしい。ありえない。何故なら、霞はアタシとは真反対の方角へノッポの魔法使いを捜しに行ってるからだ。


 しかし、この気配は霞で間違いない。そう確信出来る程、アタシは霞を覚えている。


 一つずつ建物を調べていき、五件目の建物に入った。扉を開けた先で待っていたのは、いくつもの水槽が並べられたブルーの世界。水槽には魚か熱帯魚の名前が書かれていたが、水槽の中には水と砂があるだけだった。ここまで分かった事は、この世界には命を持つ生き物が存在しない。死んだ魚や肉となった動物は存在するが、それ以前の生きているものが無い。


 店内を回っていくと、霞の気配が今までより濃くなっていた。気配がする方へ歩いていくと、他の水槽よりも一際大きな水槽の前に、霞が呆然と立ち尽くしていた。


「霞? お前、ここで何やってんだ。反対側に行ったんじゃなかったのか」


 声を掛けるも、霞はアタシの方へ振り返らず、水槽を眺めていた。水槽に貼られていた紙を見ると、日本語でもなければ、他の国の言語でもない言葉が書かれていた。


 アタシは霞の隣に立ち、空っぽの水槽を眺めながら、霞が話しかけてくるのを待った。


「……」


「……」


「……なに?」


 酷く冷たく、無感情な霞の声に、アタシは思わず霞の方を向いた。霞は相変わらず水槽を眺めているばかりで、アタシに目を向けようとしない。 

 

「いや、お前が何でこんな物を見てるか不思議に思って」


「そうなんだ」


「……それにしても、水槽の中が空っぽってのはおかしなもんだよな。ちゃんと水も入れられてるし、海の中みたいに砂とかあったりさ。それなのに、肝心の魚がいないんじゃ、意味無いよな」


「いるよ」


「いや、いないだろ」


「見えないの?」


「見えてんのか?」


「うん。凄く綺麗だよ。見る方法、教えよっか?」


「……まぁ、せっかくだし」


 霞はアタシを中央に立たせると、後ろから手を伸ばしてアタシの目を塞いだ。暗闇に包まれた視界の中、霞の声が聞こえてくる。


「目には網膜という見たものを脳に送る機能がある。でもそれが邪魔をして、見えるはずのものが見えないものになってしまっている。だから、見えてたものを見えなくして、見えなかったものを見るようにするの」


「……簡単に言ってくれるな」


「暗闇の奥底を覗いて。奥へ、奥へ、瞳を覗かせて。そうすると、ボヤけた光の粒子が散らばってるのが見えてくる。夜空の星のような光」


「……見え―――クソッ、意識したら見えなくなった! アタシにはちょっと難しいよ」


「なら口を閉じて。見る事に集中して」


「……見えてきた。今度は、見えたままだ」


「それじゃあ、手をどかすね。目はそのままで、水槽の中を覗いてごらん」


 ゆっくりと離れていく霞の手。視界が晴れ、再び水槽の中を見ると、そこにはさっきまで見えなかった魚が存在していた。


 いや、魚じゃない。魚とは呼べない。これは魚の特徴を持つ人間だ。どっかの本かネットで見た人魚という存在だ。目の前にいるソレは、あまりにも現実的な人魚だった。


 灰色の肌をした体の肋骨部分にはエラがあり、腕と脇の間・足と足の間に、水掻きがある。骨が浮き出る程に痩せた体とは裏腹に、顔と腹が風船のように膨らんでおり、眼球は今にも飛び出そうになっていた。  

 

 体の大きさとほぼ同じ水槽の中で浮かびながら、ソレはアタシを見ていた。助けを訴えかけてくる目には狂気が宿っており、同時にアタシを恨んでいるかのような怒りさえ感じた。


「これの、どこが美しいんだ……!」

 

「コレはエラ呼吸で水の中でも呼吸が出来ているのに、それに気付いていない。半端に人間の面影を残した所為で、永遠に溺れ苦しんでいるの。まさに【生き地獄】という名前に相応しい生き物だと思わない?」


「悪趣味だ! こんなのは―――って、霞?」


 振り返ると、そこには霞はいなかった。水槽の方へ視線を戻したが、水槽の中は空っぽだった。


 あの生き物を見た所為か、あるいは水槽に囲まれている所為か、アタシは息苦しくなった。水の中にいないはずなのに、呼吸が上手く出来ず、吸おうとするとすぐに息を吐いてしまう。


 アタシは急いで外へ向かった。道中、並べられていた水槽をいくつか床に落としてしまったが、水槽の中の水が零れる事はなかった。


 外に出た瞬間、アタシは地面に倒れ込み、急いで口呼吸を繰り返した。全身から噴き出る汗が、まるで体の中を満たしていた水が漏れているようだった。       

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