偽物世界
光が薄れ、晴れた視界で捉えたのは、何ら変わりない遠山楓の部屋だった。ノッポの魔法使いの所へ連れてってくれる流れのはずだったが、これはどういう事だろう。
やはり魔法など存在せず、あの眩い光も道具を用いた人工的な光だったのか。それでいくなら、指の先に火を灯してみせたのはどう説明する。遠山楓が何らかの細工をしていたとして、初めて目にした霞も出来た。
考えてみたが、やはり魔法は本物で、何ら変わりないように見えるこの場所こそが、ノッポの魔法使いがいる場所なのだろう。
「時雨ちゃん、窓を見て!」
窓の傍に立つ霞に呼ばれた。近寄って窓の外を見てみると、特に何も変わりない景色だった。
「おかしくない?」
「何がおかしいんだ? いつも見るような普通の外の景色だろ」
「それがおかしいんだよ!」
アタシが気付かない異変を霞は既に気付いているようだ。その表情は好奇心に満ちているようで、若干の恐怖をチラつかせている。
アタシはもう一度外の景色を見た。この部屋から見る外の景色は初めてだが、場所が違うだけで同じようなものだ。塀の向こう側に道路があり、その更に向かい側には別の家がある。空は雲一つ無い青空で、晴れわたっている。
やはり何処もおかしい所など無い。自分が気付けない異変が確かにある事実に、少しだけ怖くなってきた。
すると、霞が部屋から飛び出していき、アタシもその後を追った。霞は靴も履かずに玄関から外に飛び出し、アタシは靴を履いて、霞の靴を持って外に出た。
外に出ると、霞の足は止まる事無く、何処かへと走っていく。何もかも分からないまま、アタシはただ霞の後を追った。
ようやく霞の足が止まった。家から大分離れ、車や通行人がよく通る道まで来た。久しぶりに走った所為か、あるいはアタシの老化が予想よりも早まったのか、汗もダラダラで息も絶え絶え。一方で霞は、肩で息をしながら、空を呆然と見上げていた。
「と、突然……ハァハァ……走って、ハァ、どした……!?」
「……やっぱりだ」
「だから! さっきから、何がだよ!?」
「おかしいんだよ! だって、どうして今が朝なの!?」
「あ?」
「さっきまで二十四時過ぎだったんだよ? それがどうして朝なのさ!」
言われて気付いた。いや、もっと早く気付くべきだった。霞の言った通り、アタシ達は二十四時過ぎの深夜にいたはずだ。
それなのに、今は朝になっている。
「時間帯だけじゃない。ここまでの道中、誰ともすれ違わなかった。周りの建物からも人の気配がしないし、物音一つ無い。そして、一番おかしいのは……上にある」
「上?」
空を見上げた。雲一つない快晴で、太陽の光がよく見える。何処もおかしい所は無いし、むしろ喜ばしい事だ。
しかし、霞はそこに異変があると言う。なら、アタシが気付けていないだけだ。いつも通りだと思考を放棄し、異変に気付こうとしていなかった。
なので今度は、空をよく見た。空には雲一つなく、青い空には太陽だけが浮かんでいる。太陽の暖かさがいつもより感じにくいのが異変? いや、太陽が出ていても暖かくない時もある。加えて今は冬の季節。今くらいの感じにくい暖かさが普通だろう。
ふと、疑問が浮かんだ。アタシはどうして、太陽をよく見れているのだろうか。手を隔てているわけでもなく、ただ顔を上げて太陽を直視しているだけ。普通は眩しくて目を細めてもいいのに、アタシの目はパッチリと開いている。そもそも、眩しさなんか感じない。
アタシは気付いた。どうしてすぐ気付けなかったのか不思議に思うくらい、遅れて気付いた。
アタシが直視している太陽は、太陽ではなく明かりだ。電球の明かりのような、光っているけど眩しくない。
ようやく気付けた異変を霞に報告しようと視線を霞に向けると、霞は既に別の異変に目を向けていた。霞が視線を向けているのは、すぐ傍にある自動販売機。ガラスには通行人が通り過ぎていく様が映っており、アタシと霞の姿は映っていなかった。振り返って見ても、ガラスに映っていた通行人の姿は何処にも無い。
「これは……アタシらは異世界にでも飛ばされたのか?」
「ある意味、合ってると思う。私達の姿が映っていないのは、反射される存在じゃないから。例えば、鏡の前に立てば、当然鏡には反射した自分の姿が映る。じゃあ逆に反射した自分が、自分がいない間に鏡の前に立てば、反射した自分は鏡に反射されると思う?」
「そりゃ……映す奴がいないから、反射しない? じゃあ、アタシらは今、鏡の中にいるって事か!?」
「多分。でも、そうだとしても、少し納得いかない部分がある。鏡に映らない場所もちゃんとあるのは、少しおかしい。ここは鏡の世界だけど、鏡合わせの世界でもあるって事?」
驚くばかりのアタシとは違い、霞は冷静に淡々と状況を把握しつつある。頼もしく思えるのと同時に、不気味だと思ってしまうのはアタシが普通過ぎる所為か。
「……とにかく、当初の目的を進めよう。ここが何処でどういう場所なのかは不明だけど、だからこそ、時雨ちゃんが言っていたノッポの魔法使いさんがいる可能性は高いと思う」
「しかし、ここから一人の存在を捜すのは骨が折れるぞ?」
「分かれて捜そっか。時雨ちゃん、携帯は持ってる? 微弱だけど電波があるし、連絡手段として使えると思う」
「一人で平気か?」
「う~ん。私が平気かってよりも、時雨ちゃんが心配かな。あんなに分かり易い異変にも気付かなかったし」
「馬鹿野郎、アタシの適応能力舐めんなよ? 伊達に社会人やってないんだ。それに、例え化け物類が出てきても、アタシが一発ぶん殴って倒してやる! 記念写真なんか撮っちゃって、お前に送ってやるよ」
「わぁ、見たい見たい! じゃあ、絶対に化け物を見つけて写真を送ってきてね!」
「いや、例え話だっての。そんじゃ、そういう事で。何かあったら逐一報告し合おう。万が一に危険な状況になりそうなら、その場から逃げて連絡してくれ」
そうして、アタシ達は二手に分かれてノッポの魔法使いを捜し始めた。




