お花畑
今日はクリスマスイブ。前座の方だ。テレビでは朝から街中の様子が放送されているが、賑わっているのは都会だけだろう。アタシ達が住む森畑のような田舎では、店内がクリスマス仕様に飾りつけられているのが関の山。カップルが外を出歩く姿を見たのは両手で数えるくらいだった。
アタシのクリスマスは、いつもと変わらない日常だ。ツリーなんか出さないし、晩飯はニ三個のチキン。クリスマスケーキはもちろん、クリスマスプレゼントなんか一度も貰った事は無い。
でも、今年は少し違う。テーブルの上には大量のチキンと大皿のグラタン。食後には音々と霞と遠山楓が作ったクリスマスケーキがホールで冷蔵庫にある。小さなクリスマスツリーと、サンタとトナカイの服。
今日はアタシの人生で最初のクリスマスパーティーだ。
「み、皆さん……! グラスは、持ってる、ね……えと……乾杯……!」
「「「乾杯!」」」
テーブルの中央で皆と乾杯を交わし、一口飲んだ。普段飲み慣れている酒とは違うシャンパンの味に、少し苦い表情になってしまったが、悪くない。
「皆さんでパーティーが出来て嬉しいです。一緒に住んでるんですから、仲間外れみたいなのは嫌でしたから」
「ホントだよな。特に胡桃。クリスマスってのは、飲食店にとって大事な稼ぎ時じゃないのか?」
「確かに稼げるかもしれないけど、こういう特別な日は休ませてあげたいの。大晦日と年明けも休みにするつもり。まぁ、大赤字になるようになれば、話は変わるけど」
「ホワイト過ぎて逆に怖いな」
「胡桃さんって、飲食店を経営してるんですね。私も短期で働いてみようかな?」
「もちろん歓迎よ! 私自ら、手取り足取り、ネットリ丁寧に教えてあげる!」
隣にいる胡桃が今にも霞の方へ行こうとしたのを察知し、アタシは熱々のグラタンを胡桃の口に突っ込んだ。胡桃は椅子から転げ落ちる勢いで熱さに悶え、落ち着いた矢先、アタシの肩を強く叩いた。
「イテェ……こんな日くらい、喧嘩せずにいこうぜ」
「口の中にグラタン突っ込まれたら殴りたくなるものよ。私、猫舌だし」
「知らねぇよ……それから、遠山楓。お前は逆に静か過ぎるだろ。いつもの騒がしさはどうした」
「……我は魔法使い故、こういう賑やかな場は不慣れだ」
「単にボッチだっただけだろ?」
「グェッ!?」
「緊張する事ないですよ、楓さん。一緒にご飯を食べるなんて、いつもと変わらないじゃないですか」
「一緒に、楽しもう……!」
「霞さん……音々……そうだな! 我らは既に何度も輪を描いた仲! 遠慮など不要! 茶を濁すような無様な姿を晒してすまなかった。お詫びとして、今からとっておきの魔法を―――」
「「黙って食べてろ!」」
アタシと胡桃の命令に、遠山楓は懐から取り出そうとしていた物を渋々と戻した。おかげで晩飯は美味しく食べられたし、会話も楽しく繰り広げられた。皆が笑って、たまにアタシと胡桃が喧嘩して、また皆で笑う。本当に楽しいひと時だった。
気付けば、大量にあったチキンも大皿のグラタンも無くなっていた。テーブルの上を片付けると、冷蔵庫に保管されていたクリスマスケーキがテーブルの中央に置かれた。見た目は普通のショートケーキ。大きさは普通より少し大きめで、苺が上だけでなく中にまで入っている。
しかし、忘れてはいけない。このケーキを作ったのは霞と音々だけでなく、遠山楓もだ。二人が目を離した隙に、何か変な物を入れていてもおかしくない。
警戒しているのはアタシだけでなく、胡桃も、そして何故か遠山楓も険しい表情でケーキを見つめていた。
「さぁケーキだ食べよーう!」
「わーい……!」
「待ちなさい。食べる前に確認しておきたい事があるの」
「ああ。おい、遠山楓。お前もケーキ作りに加担したんだってな。変な物を混ぜちゃいないだろうな?」
「……多分」
「多分ってなんだよ! 多分って!」
「クリスマスケーキとは普通のケーキよりも特別な物なのだろう!? ならばと思い、我はちょっとだけ魔法を掛けたのだ! ただ、その……我も効果がどの程度か知らぬ故、どんな味―――いや、そもそもケーキなのかどうかすら分からぬのだ」
戦慄が走った。ほんの少し前まで笑顔だった全員の表情が恐怖で固まる。切り分けて皿に乗ったケーキが、まるで初めて目にする未知の物体に見える。身の安全を考えるならば、ゴミとして捨てるのが得策だろう。
しかし、このケーキは霞と音々が作ってくれた物。せっかく二人が作ってくれた物を安易に捨てるというのは、残酷だ。
何故アタシ達はクリスマスの夜に、クリスマスケーキ如きで生きるか死ぬかの選択を強いられているのだろう。
「……食べよう」
沈黙を破ったのは、霞だった。
「霞! 死に急ぐ事はないぞ!」
「霞さん! 自分で言うのもなんですが、口にしていい物か分からぬ物を簡単に決めるのはいかがなものかと!」
「そうよ! 毒見なら、時雨にやらせればいい!」
「おいコラ待てよ!? なんでアタシが毒見するのが当然みたいになってんだ!?」
「このケーキは音々さんと楓さん、そして私の三人で作った物。作った本人だから分かる。これはきっと美味しいケーキ。一口食べただけで幸せになれるケーキだよ」
「霞ちゃん……私も、食べる……!」
「お二方……! そうだ! この程度で躊躇って、何が魔法使いか!」
アタシと胡桃の制止虚しく、三人はケーキを口に運び、食べた。
その瞬間、三人の体から力が抜け、椅子の背もたれに体を預けた状態で眠った。いや、本当に眠っているだけで済んでいるのだろうか?
残されたアタシと胡桃は、互いに顔を合わせ、自分の分のケーキに目を向けた。
「まぁ、アタシらだけ食べないってのも、あれだし」
「そうね。食べましょうか」
震える手でフォークを握り、一口サイズにしたケーキを恐る恐る口に運び、食べた。
視界が暗くなったかと思うと、すぐに眩い光が広がり、見えた景色は辺り一面に広がる花畑。そこにはアタシだけでなく、四人も同じ場所にいた。
アタシ達は手を繋いで輪を描き、笑いながら回り回った。どれだけ大声を出しても、どれだけ動いても、全然疲れない。恐怖を感じなければ、幸福も感じない。
ただただ、アタシ達は繋いだ手を離さずに、輪を描いて回り回った。




