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悪友 

 霞が屋根裏部屋から出られるようになった。アタシを除く三人の姿を見ても、その誰かから話しかけられても、もう混乱する事が無くなった。まだ会話はたどたどしいが、解消されるのも時間の問題だ。


 まだ本調子じゃないものの、音々と遠山楓の二人と笑って話している霞を見て、安心しているが、少し残念な気持ちもある。ああやって笑って話せる相手が、アタシ以外にも出来てしまった。独り占めする気は無かったが、こういう気持ちになるのは、独占欲があった証拠だ。


「すっかり元通りになったわね。ようやく私の本領を発揮出来るわ。どうやって誘惑しようかしら?」   


「考えんなよ、そんな事」


「アンタがどう言おうと、私はやるわ。今の霞は私の事なんか憶えていない。悲しいけど、チャンスでもある。今の霞と私は完全な赤の他人、いえ、知り合いかしら? 上手く事を運べば、以前よりも進んだ関係にだってなれる」


 アタシから見ても、胡桃は美人の部類。持ち前の猫被りも駆使すれば、落とせない相手はいないだろう。現に、胡桃は中学時代からモテてた。男はもちろん、女からも告白される事もあった。


 それでも、胡桃は霞以外眼中に無かった。霞が突然消えた後も、その想いは消えるどころか、より一層強くなったように思う。


「……なぁ、胡桃」


「分かってるわよ。いきなり寝込みを襲おうだなんて考えてない」


「アタシ、遠山楓の申し出を受けるよ」


「……は?」


「未だに少し苦手意識もあるし、ハッキリ言ってウザいと思ってる。でも、ここ数日、話したり見ている内に、嫌いってわけじゃないって気付いたんだ」


「……ちょっと来て」


 胡桃はアタシの腕を掴み、リビングから廊下に連れ出した。


「なんだよ急に」


「急に!? それはこっちの台詞! アンタ頭でも打ったの? それとも、あの女に変な魔法でも掛けられた? とにかく、アンタの発言は、正気とは思えない」


「正気さ。それに、結構考えて出した結論だ。これ以上、アタシは霞の傍にはいられない」


「……どういう意味?」


「霞がおかしくなった時、あの背の高い魔法使いに警告されたんだ。霞を治す事は出来るけど、アタシは友達のままでいなくちゃいけないって。アタシが友達以上の関係に踏み出そうとすれば、また霞はおかしくなる……だから―――」


「それは虚言かもしれないじゃない! アンタを騙す為についた嘘かも!」


「嘘ついて、何の得があるんだよ」


「それは……それは……」


 胡桃は頭を抱え、悩んでいる。そんな胡桃の姿に、アタシも疑問が浮かんだ。


「どうしてそう必死なんだ? ライバルになれはしないが、一応アタシも恋敵なんだぞ?」


「そうよ。アンタなんかよりも、私の方が魅力的だし、負けるつもりなんかない。でも、その諦め方は……そんな逃げ方、あんまりじゃない……」


 胡桃は頭を抱えたまま、壁に背を預け、そのまま座り込んだ。アタシを憐れむような目で見て、遂には涙さえ流した。初めて目にする胡桃の泣き顔に、酷く刺々しい罪悪感がアタシの胸を貫いた。    


 アタシは階段の三段目に腰を下ろし、胡桃の姿を見ないように俯いたまま、蓋をしていた本心を開いた。


「アタシは、霞が好きだった。初めて逢ったあの時から、今の今まで。自分が男じゃない事を呪って、こんな半端者になっちまった。アタシは見た目ほど、心は強くない。お前みたいに、自信を持てない。好きだと伝える瞬間は何度もあったのに、その度に足がすくんで、結局友達関係に縋った……お前が羨ましいよ」


「……アンタが嫌いだった。いつも霞の隣にいたアンタが、私は大嫌いだった……! でも、アタシが霞の事を好きになれたのは、いつもアンタが霞の傍にいたおかげ! 再開した出来たのも、アンタが霞を私の所へ連れて来たから! アンタは恋敵だけど、同時に……アタシの人生を変えてくれた恩人」


「……ハハ……初めて、お前に感謝された気がする」


 胡桃の所為で、アタシまで涙が流れてきた。止めようとすればするほど、胸の内から湧き上がる辛さに、結局涙が流れてしまう。


 ようやく涙が止まった頃には、既に胡桃はいつもの調子に戻って立ち上がっていた。


「それで? どうするつもり?」


「……クリスマスの日に、アタシはここを出るよ」


「ここに居続ければいい。あの女も一緒に。一人増えた所で、どうって事ない。音々なら嫌がるどころか、きっと喜ぶ」


「アイツがここにいるのは霞の状態を確認する為だ。回復した今、ここにいる理由はアタシとの結婚だけ。それが済めば、別の場所に行くさ」


「霞の次はアンタか……今度は悲しまずに済みそう」


「さっきまで泣いてた癖に、よく言うよ」


「あれは憐れみの涙。悲しみなんかじゃない」


「まぁ、アタシにとっても、お前の涙なんか一円にもならないけどな」


 互いにほくそ笑んだ後、アタシ達はリビングへ戻った。


 リビングでは、霞と音々が大声を上げながら興奮していた。そしてそんな二人の前で、遠山楓は全力のドヤ顔を披露している。  


「時雨ちゃん! 胡桃さん! 楓さんが凄いんだよ!」


「うんうん……!」


「いやいや、これくらい朝飯前ですよ!」


「凄い凄いって、一体どんな手品だったんだ?」


「手も道具も使わずにコップを割ったんだ!」


「テメェ遠山楓!!! コイツらが怪我したらどうすんだ!!!」


「コップって、プラスチックじゃなくてガラス製じゃない! 怪我したらどうするつもりだったの!」


「あ、え、えと……ふ、二人が我の魔法を見たいと懇願してきたから、簡単な魔法を―――イタタタ!」


 胡桃がテーブルに散らばったコップの残骸を片付けている間に、アタシは遠山楓をヘッドロックで絞め上げた。


「わ、我は魔法使い故、肉弾戦は素人なのだ! 暴力反対なの―――」


「問答無用! テメェら見てろ! オラァ!」


 喧嘩ばかりしていた頃に馴染んだプロレス技【垂直落下式ブレーンバスター】を遠山楓にお見舞いした。ノリに任せて一切の手加減なくやってしまったが、霞と音々は手を叩いて喜んでいた。二人が喜ぶ姿を見れたのは、間違いなくやられ役の遠山楓のおかげだ。


 アタシは床で倒れたままの遠山楓に手を合わせて感謝した。多分死んだだろう。


「……首、が……」


「あ、生きてた」   

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