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楽観と現実

 居酒屋に夜ご飯を食べにきた。私はコンビニでも大丈夫だと言ったけど、時雨ちゃんが再会の記念を祝したいと言って連れて来られた。


 お店の中は居酒屋というよりも喫茶店のような雰囲気。店員さんも優しそうな人で、来ているお客さんも酔っぱらっているが暴れるような感じじゃない。一見すると温かくて優し気な雰囲気が流れているお店だけど、店内で流れている音楽は酷く憂鬱な曲だ。和やかな店内で流すには、あまりにも不釣り合いだ。


 端っこの席に座ると、時雨ちゃんはメニュー表を手に取って、ブツブツと呟きながら頼む物を考えていた。


「よし! すんませーん!」


 私がまだメニューを見てもいない間に、時雨ちゃんは店員さんを呼び出した。店員さんが注文を聞きに来る前に急いで頼む物を決めようとメニュー表を食い入るように見ていると、その裏では既に店員さんがボールペンを鳴らしていた。      


「ビール二つ。あ、ジョッキで。あと豆腐の奴と豆の奴と、鶏肉の奴ね」


「メニューに書かれてる名前を言ってよ。せっかく考えたんだからさ」


「ここは居酒屋だってのに、無駄に長い名前にするからだ。他の客でフルネームで言う奴がいたか?」


「……少し、短くしとく」


「よろしい。お客様の声を聞いて、店は成長するんだからな」


「アンタに言われるとムカつくわね」


 仲良しみたいな会話だ。時雨ちゃんはよくここに来るのかな。


「それにしても、珍しいじゃない。連れが一緒なんて」


「ビックリするぞ?」


「いや、今してるんだけど」


 メニュー表をテーブルに置いて店員さんの顔を見てみると、私達と同年代の若い女の子だった。後ろ髪を結って、キリッとした表情をしてるけど可愛い顔をしてる。服装の乱れも無く、凄く仕事が出来るような雰囲気を醸し出してる。


 私が店員さんを見ていると、店員さんが横目で私を見た。眉間にシワが寄ったかと思いきや、すぐに眉が吊り上がり、首を徐々に回して私の方を真っ直ぐ見つめてきた。目を大きく見開き、口を開けたその表情は、さっきまでの様子とは見違えるほどに間抜けだった。


「……霞……ちゃん……!」


「え?」


「ククッ……! こいつ、お前の事憶えてないみたいだぞ?」


 時雨ちゃんはこの状況を面白がっているのか、鼻で笑いながら肩を揺らしている。


 謎に緊迫とした空気がこの席を渦巻いている。嵐となるか快晴になるかは、私が次に発する言葉に掛かっているようだ。状況から察するに、この店員さんは私を知ってるし、私も彼女を知っているはずだ。


 しかし時雨ちゃん同様、私の記憶にある友達の姿は中学生で止まっている。何か特徴的なものがあればすぐにでも分かるんだけど。


「……胡桃、ちゃん?」


 ほぼ勘で当てにいってみた。胡桃ちゃんは小学生の頃からしっかりしてて、中学では生徒会もやってた。さっきまでのキリッとした様子で判断するなら、胡桃ちゃんで間違いないはずなんだけど。


 数秒の静の後、彼女の表情は徐々に和らいでいき、満面の笑みとなった。無事に快晴を選べたようだ。   


「胡桃ちゃんで良いんだよね? 凄く大人っぽくなったね! というか、もう大人か。アハ―――」


「このお馬鹿!!!」


 空気が揺れ動く程の怒声が店内に響き渡った。ついさっきまで満面の笑みを浮かべていたはずの胡桃ちゃんの表情は鬼のような形相となっていて、今にも私を貪り喰らう圧を放っていた。


「お、おい……! お前ここ店の中だぞ……! 声をちょっとは抑えろよ……!」


「五年も何処にいたのよ! 皆……私、ずっと捜したんだよ!? 陽が落ちて、手を引かれて家に帰されて、陽が昇ったら外に出て捜して、捜して、捜して!!! それでも見つからなくて……もう……認めちゃったんだよ……?」


 返す言葉が見つからなかった。何か言いたくて堪らなかった。でもやっぱり言葉が出てこなくて、時雨ちゃんに目を向けて助けを求めた。時雨ちゃんは私と目が合うや否や、胡桃ちゃんの肩を掴み、耳元で何かを囁いた。何を言ったのかは分からないけど、胡桃ちゃんは息を呑んでから何も言わなくなった。


「とりあえずアタシらはここを出よう。すんませーん! こいつ体調悪くなったらしいんで帰しますね! ほら、行くぞ霞」


「う、うん」


 時雨ちゃんに店の外まで手を引っ張られていく胡桃ちゃん。そんな二人の後を追いかけて私も外に出た。


 外に出ると、急に不安な気持ちになった。私は軽く考え過ぎていたのかもしれない。時雨ちゃんの時は軽く叱られただけで終わったけど、それは時雨ちゃんだからで、他の友人達も軽く流してくれるわけじゃない。


 私は五年という時間を軽く見過ぎていた。私にとっては【たった五年】でも、他の人からしてみれば【五年も】なんだ。


 前を行く二人の背中を眺めながら、私の中で罪悪感が沸騰していくのを感じた。

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