異邦人
散歩していると、宇宙人と交信している娘を見かけた。真っ直ぐ上に伸ばした両腕と、右膝を曲げて片足立ち。姿勢だけ見たらヨガのように見えるけど、彼女の真下の地面には魔法陣が描かれている。
私は彼女の隣に立ち、同じポーズをして彼女が何をしているのかを確かめてみた。そうして分かった事は、早朝に吹く風の気持ちよさだった。
「……気持ちの良い朝だね」
「うひゃぁ!?」
私の存在に気付いていなかったのか、彼女はバランスを崩し、尻もちをついた。
「大丈夫?」
「うぅ……お尻痛い……」
「ごめんね、いきなり声を掛けて」
私は彼女に手を差し伸べようとした。手を伸ばしかけた時、真正面から見た彼女の姿に、伸ばしかけた手を引っ込めてしまった。
銀色の髪の後ろ髪を二つに結び、アメジストのような美しく綺麗な紫色の瞳。襟紐がある白いシャツの上に黒いローブを纏い、黒いロングスカートに隠れてあまり見えないけど、おそらく茶色のロングブーツを履いている。
服だけでも少し変わっているが、特筆すべきは彼女が身に着けている装飾品。首飾り・イヤリング・腕輪・指輪。色も形も統一されていないが、魔除けの類という本質は同じだ。
前に、似たような人物と短い期間だけど一緒に生活した経験がある。道の途中で捨て犬のように座っていた私を保護してくれたその人は、私の面倒を見てくれる代わりに、自分の実験に付き合う条件を出してきた。怪しい人だったし、危ない目も何度か遭ったけど、最終的には良い思い出になった。
そういう経験から察するに、私は彼女と仲良くなるべきだろう。
「ねぇ。アナタの名前を教えて。私は霞」
「……ネムレス」
「名無し?」
ネムレスの意味が合っていたようで、彼女の表情がパッと明るくなり、瞬時に起き上がると私の両手を掴んできた。
「おぉ! 遂に我を理解する者が現れたか! 貴様は他の愚民とは違い、人の本質を見抜く眼があると窺える!」
「目は普通だと思うよ。アナタの―――ネムレスのように綺麗な瞳をしていないから」
「初対面だというのに褒めてくれる! 好き! 貴様を我が生涯二人目の友として認めよう!」
「それで、ここで何を調べていたの? その陣、交信のやつだよね」
「なんと!? 魔法についての知識も!? 吉兆吉兆! この日本で同志と出逢えるとは!」
「少しテンション落とそうか。それで、何を調べてたの?」
彼女は掴んでいた私の両手を離すと、懐から取り出した一枚の写真を見せてきた。写真には煙草を口に咥えた時雨ちゃんが写っていた。
しかし、少し前に撮られたものか、写真の中の時雨ちゃんは学生服を着ていた。セーラー服ではあるけど、バリバリに改造されていて、男子の学ランと遜色ない服になっている。再会した時も思ったけど、時雨ちゃんは本当にグレてたんだ。
「我はこの男を捜している」
「……ん?」
再度写真の人物をよく見たけど、写ってるのはやはり時雨ちゃんだった。
「我はこの男に恩がある。窮地に立たされた我をこの男が助け出してくれたのだ。しかし、礼も言えぬまま立ち去られ、その後すぐに我は拠点を移す事になった。そして四年後の今。交信でこの男がここに留まっている事は分かったが、正確な位置までは知る事が出来なかった……」
「う、う~ん」
「その反応……もしや、心当たりが!?」
「いや、あるにはあるけど。なんか大事な部分で引っ掛かってるっていうか……」
「間違っていてもいい! 我をそこまで案内してくれ! 礼に……これをやる!」
そう言って差し出してきた物は、髪の毛で編み込まれたミサンガだった。髪の色からするに、彼女の髪の毛だろう。
「これは凄いぞ! たっぷりと念を込めて編んだから、効果は絶大だ! 命の危機に瀕した時、それが身代わりになってくれる!」
「うーん、いらない」
「な、何故だ!? 貴様になら分かるはずだ、これは本物であると!」
「本物だって事は分かるよ。見ただけで、普通とは違う物だと感じ取ったし。でも、そういう呪いの類は身に着けないようにしてるんだ。だって、悪い事が避けていっちゃうじゃん。私は良いも悪いも、その両方を体験して生きたいんだ」
「そ、そうか……しかし、他に礼になる物は……」
「物を渡すだけが協力を願う方法じゃない。もっと簡単で、伝わりやすいものがあるでしょ?」
彼女は顎に手を添えて考えた。眉間にシワを寄せて深く考えた後、ハッと思いつき、両手をお腹に当てて深く頭を下げた。
「我に……私に、協力してください」
「オッケー!」
「……こんな事で協力してくれるのか?」
「こっちの方が気楽でしょ?」
「……不思議な人」
「着けばちょうど良い時間になるから、ついでに朝ご飯も食べていきなよ。歓迎されるかは保証出来ないかけど」
そうして、私は彼女を連れて家に戻った。道中、彼女は私に魔法についての話や、何処で魔法を習ったのかを聞いてきた。それらに私は答えたけど、詳しい事までは話さなかった。どういうキッカケで魔法を覚えたのかは分からないけれど、彼女はまだ初歩中の初歩。それ以上踏み込むには、残酷な話をしなければいけない。
家に着くと、彼女は私の背に隠れ、身だしなみをチェックし始めた。多分時雨ちゃんで合ってると思うけど、この感じから察するに、お礼を言いに来ただけじゃなさそうだ。
「準備は良い?」
「ええ。はぁ、胸がドキドキしています! ようやくあの時のお礼を言えるかと思うと!」
私は家のドアを開けて中に入った。
「ただいまー!」
そう言うと、リビングの扉が勢いよく開き、血相を変えた三人が私に迫ってきた。
「お前何も言わずに家を出るなよ!」
「ただの散歩じゃん」
「アナタの場合、ただの散歩じゃ済まない場合があんのよ!」
「帰ってきてくれて、良かった……!」
「みんな朝から元気だね~。あ、そうだ! ちょっと会わせたい人が―――」
「……見つけた」
背に隠れていたネムレスが姿を現す。その姿を見て、二人は首を傾げたが、時雨ちゃんだけは何故か青ざめた表情を浮かべた。
「遠山、楓……!?」
「会いたかったわ、恩人様!」
ネムレスもとい遠山楓は、時雨ちゃんに飛び掛かって押し倒した。満面の笑みで頬ずりをする遠山楓と、酷く怯えた表情を浮かべる時雨ちゃん。
なんだか面白そうな事が起きそうな予感がする。




