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前世の記憶

 漂う寒さを運ぶ冷たい風。陽の光は確かに空の上に浮かんでいるのに、感じるのは鈍い暖かさ。今年もセミは死んでしまった。


「さっきから庭でボーッとして、どした?」


「時雨ちゃん。お仕事は?」


「今日は休みだ。というより、これから休みが多くなる。次に本格的に仕事が始まるのは、雪が積もった後だ。雪かきの隊員としてな」


「私もやってあげよっか?」


「雪かきつったって、お前が想像してる狭い範囲じゃないぞ。朝から夕方までひたすら雪かきだ。そのおかげで、毎年冬になると、どんだけ食っても体重が増えないんだ」


「それは良い事だね」


「今年はあまり雪が積もらないでほしいな」


「仕事したくないから?」


「お前らと冬を過ごしたいからさ」


「なんか家族と向き合わなかった親が改心したみたいな言い草だね。似合うよ」


「そこはキュンときてくれよ……」   


 時雨ちゃんは灰皿を庭にあるテーブルに置き、椅子に座ってすぐに煙草に火を点けた。


「それにしても、改めて音々の家って洒落てるよな。庭に花とか植物があるだけじゃなく、その庭を観賞するテーブルと椅子が置いてあるなんて」


「その椅子に座って煙草を吸ってるなんて、景観を穢してるよね」


「風情の無い女で悪かったな」


 時雨ちゃんと会話を交わしていると、胡桃ちゃんと音々も庭にやってきた。私と時雨ちゃんと違って、既に二人は厚着になっている。湯気が立っている紅茶が淹れられたカップを手に持っていて、二つ持っていた音々が一つを私に渡してくれた。


「ありがとう、音々」


「時雨ちゃん、寒くないの……?」


「全然。まだまだ半袖でいけるよ!」


「アンタ、小学校の頃もそうだったよね。一月まで半袖で登校してきて、流石に先生に怒られてたけど」


「あー、あったな! みんなが冬の服だった時、コイツだけ夏のままだったもんな! で、アタシの茶は?」


「冬の服って暖かいけど、動きにくくて苦手なんだ。拘束具みたいな感じ」


「いや、アンタの冬の服は、半袖の上にジャンバーを羽織っただけじゃない」


「アタシの茶―――」


「うるさい。自分で淹れてこい」


 胡桃ちゃんに睨まれ、時雨ちゃんは小声でブツブツと文句を言いながら家の中へ戻っていった。相変わらず二人は犬猿の仲みたいだけど、喧嘩するほど仲が良いって言葉があるし、そう考えれば二人は仲が良いんだろう。


 コーヒーを淹れて戻ってきた時雨ちゃんを加え、改めて庭のテーブルを囲んでお茶を飲んだ。


 こうして落ち着いてお茶を飲む友達の姿を見られるのは新鮮だった。時雨ちゃんは相変わらず行儀が悪いし、胡桃ちゃんは変に艶めかしいし、音々は愛らしい。ただお茶を飲むだけでも、それぞれの特徴がよく出ている。


「……あ、そういえば。少し前に店に高校の同級生が来たんだけど。ある意味ヤバい話を聞いたの」


「ある意味って、どういう意味だよ?」


「冬に遠山楓が戻ってくる」


 風が止んだ。今の時雨ちゃんと同じように、その名に風も怯えたようだ。


 遠山楓。私の記憶に無い名前だという事は、私がいない間に三人が知り合った女性なんだろう。でも、どうして時雨ちゃんは手を震わせる程に怯えているんだろう。もしかして、時雨ちゃんをイジメていたとか?


 だとしたら、遠山楓は私の敵だ。


「あら? 目に見えて怯えてるわね。遠山楓の元カノさん」     


「……えー!?」


「し、時雨ちゃん……! 彼女さんがいたの……!?」


「馬鹿野郎!!! アイツはただのストーカーだ!」


「確か、前世で婚約を交わした王子と姫で、結婚式前日に謀略によって暗殺された仲だったかしら? そんな二人が現世で巡り逢うなんて、ロマンチックじゃない」


「わぁ、素敵だね……!」


「何処がだよ!? アタシは前世なんて知らないし、そもそも何で前世の記憶があるんだよアイツ!?」


「良かったね、時雨ちゃん。私達の中で一抜けだ」  


「前向きに考えないで!? おい胡桃! マジでアイツ帰ってくんのか!?」


「ええ。ご丁寧に手紙まで送られてるわ」


 時雨ちゃんは胡桃ちゃんの手から手紙を奪い取ると、乱暴に封を破いて中身に目を通した。私達も時雨ちゃんの背に回り、手紙の内容を覗き見た。


【森畑に住む愚民共。約束の時は遂に来た。十二月二十五日。前世で結ばれなかった遠山楓と時雨は、その日結ばれる。我らの尊さに血の涙を持って銀色の世界を彩り、祈りを捧げて祝福せよ】 


「……なんか、独特な結婚報告だね」


「血の涙って、どうやって出すんだろう……?」


「良かったわね、時雨。私達愚民一同、最大限の祝福を送ってあげるから、今の内に荷物をまとめて出ていきなさい」


「……ふん。馬鹿馬鹿しい。俗に言う中二病ってやつか? 高校の時から全く変わってねぇ。アタシらはもう二十歳を超えたんだ。未だにこんな馬鹿馬鹿しい妄想して、それをみんなに配ってるなんて、恥ずかしい奴だ」


「時雨ちゃん……汗凄いよ?」


 アニメでしか見れないような滝の汗を流している。音が聴こえる程に歯が震えている所為で、口に咥えた煙草に火が点けられていない。こんなに分かり易い人間が、果たして時雨ちゃん以外にいるだろうか。


「多分この手紙、高校の同級生全員に送られてるわね。少し変わった娘だったけど、根は真面目だし顔は可愛いしで、案外人気だったのよ?」


「そんな人気者の標的がどうしてアタシなんだよ……!」


「そりゃ、前世で―――」


「あ、そうか!!!」


 突然、時雨ちゃんは勢いよく立ち上がった。


「名案を思い付いた! アイツがアタシと結婚するつもりなら、その前に結婚相手を作ればいいんだ!」


 時雨ちゃんは私の正面に立つと、凛とした表情で私の両手を握った。恥ずかしがっているのか、頬が少し赤い。何度も言葉を口にしようとしてるけど、吸った息を吐くだけだった。


「時雨ちゃん?」


「……その……霞! アタシと結婚してくれ!」


「させるかぁ!!!」


 横から割って入って来た胡桃ちゃんのパンチを喰らった時雨ちゃんは、回転しながら吹き飛んでいった。もはや瀕死の状態にも関わらず、胡桃ちゃんは更に追撃を加えようと時雨ちゃんに馬乗りになり、顔を殴ったり、後頭部を地面にぶつけたりしてる。


「と、止めた方が、いいよね……?」     


「楽しそうだからいいんじゃない? それより、紅茶が冷めちゃったね。家の中で新しく淹れ直そっか」


 家の中に戻った私と音々は、殴り合いを続ける二人を眺めながら、新しく淹れ直した紅茶を飲んだ。それもすぐに見飽きて、窓のカーテンを閉めて適当に選んだ映画を観た。二人の戦いが終わったのは、ちょうど映画のエンドロールが流れ始めた頃だった。

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