酒は飲んでも呑まれるな
「僭越ながら、乾杯の挨拶を―――はい乾杯!!!」
「「「か、乾杯!」」」
今日は胡桃ちゃんの店で飲み会だ。一度はバラバラになった学生時代の関係が、一つ屋根の下で四人で住む程に修復した事を祝って、飲み会を開く事にした。家で飲んでも良かったけど、どうせならと胡桃ちゃんの店でする事になった。
「乾杯の挨拶をフェイントに使う奴初めてだよ。勢い凄かったけど、お前零してねぇよな?」
「時雨ちゃんじゃないんだから大丈夫!」
「お、喧嘩か? あとニ、三杯で酔うから楽しみにしとけよ!」
「アンタ一口目で既に酔ってるじゃない。それ一番弱いお酒なのよ?」
「霞ちゃんは飲まないの……?」
「うん。だってお酒嫌いだから」
「この飲みを提案してきた奴とは思えない発言だな」
「とりあえず、今日はもう貸し切りにしてるから。飲みたい物・食べたい物は各自セルフでお願いね」
「一応アタシら客だぞ? 店主のお前が作れよ」
「霞と音々の分は私が持ってきてあげるから、遠慮せず言ってね」
「「はーい!」」
「こいつ……! あー、もういいや! 今日はこの店潰すぐらいに飲んで食べてやるよ!」
私達四人は飲んで食べて、遠慮のない会話を楽しんだ。私以外の三人お酒が入っているからか、普段大人しい音々までテンションが高く、会話の盛り上がりはいつも以上だった。
だからか、歯止めが効かなくなっていた。酔っていない時でも会話がヒートアップする事はあるけど、これ以上踏み込んではいけないという自制心から、喧嘩には発展していない。
しかし、今は私以外の三人が酔っている状態。発言する前に頭で一度整理する事を忘れている。
「おい霞! ぶっちゃけお前はアタシらの誰を彼女にしたいんだ!?」
「音々も知りたーい!」
「聞くまでもないでしょ? 霞の彼女は私よ、私! アンタ達ガキとは違って、私と霞は体の関係まで進んでるんだから!」
「ダッハハハ! お前は霞のセフレだろ!? なに勘違いしてんだバーカ!」
「そう言って私が羨ましいだけでしょ? アンタは霞とキスどころか、手も繋げない臆病者だからね!」
「発言しまーす! 音々と霞ちゃんはラブラブでーす!」
「大体さ、アタシが最初に霞と再会したんだ! つまりアタシと霞は恋人なんだよ!」
「アハハハ! 馬鹿の証明! アハハハ!」
どうしよう、帰りたい。
最初の頃は楽しく会話出来てたのに、今は私を置いてけぼりにして三人だけで盛り上がってる。一番声の大きい時雨ちゃんの所為で、胡桃ちゃんも音々も時雨ちゃんに引っ張られて馬鹿になってる。なんで今日に限って時雨ちゃんは酔い潰れないんだ。
飲み会開始から約二時間。時刻は二十二時を回った。明日はみんな休みとは言っても、このままお酒に溺れていれば、私一人で後片付けをする事になる。どうにかして三人を落ち着かせて、後片付けをしてくれる状態にしないと。
今は私の彼女に誰が相応しいかで盛り上がっている。ここで私が三人の誰かに決めても、会話が終わるどころか、ますます盛り上がって収拾がつかなくなる。
なら答えは一つ。三人にとって冷める発言をしよう。
「私は三人の誰とも恋人になりたくないなー……なんて」
私の発言に、三人の笑い声が収まった。静まり返った店内には、電化製品の稼働音だけが音を発し、まるで熱帯魚専門店のようだった。
真顔になった三人が私を見つめている。何を想い、何を意図しているのか、友達だというのに私には分からなかった。
「えっと……ほら、私達って一緒に住む事になったし、友達を超えて家族みたいなものじゃん! だから、そのー……恋人は、違うかな」
三人からの刺すような視線に耐えられず、私は俯いた。多分三人は怒っている。でもなんで怒っているのかは分からない。冷める発言をしようとしてたけど、恋人よりも家族の方が関係的には上位じゃん。確かに聞きたかった答えとは違うけど、不安定な恋人関係よりも、繋がり合った家族関係の方が言われて嬉しいのに。
「……アタシはお前と最初に再会したんだぞ」
「う、うん。そうだね……で?」
「私とは何度もキスしたし、それ以上だってしたじゃない」
「した、というか、されたんだけどね」
「わ、私は、えっと……よく、抱きしめてくれる……」
「私が音々のママだからね」
「……アタシ、煙草吸ってくる」
「私は水でも飲もうかしら。音々も飲む?」
「う、うん……」
三人は一度席から離れ、落ち着きを取り戻してから席に戻ってきた。
「……まぁ、あれだ。さっきのは酔ってた所為だから。別に本気で聞いた訳じゃねぇから。二人もそうだろ?」
「うん……」
「私は本気だったけどね」
「こういう気まずい時は酒の所為にして逃げるもんだろ」
「一度断られたからって、そう簡単に諦められる程、霞への私の想いは小さくない。いずれ霞から求めてくれるように、明日からまた頑張るだけよ。アンタ達は違うの? そんな簡単に諦められる程、霞への想いは小さかったのかしら?」
「……たまには良い事言うじゃねぇか。霞に対するアタシの想いは誰にも負けねぇし、負けたくない」
「……私も……霞ちゃんが、大好き……!」
「それでいいのよ。あ、でも助け舟を出したつもりはないからね。張り合う相手がいないと、勝ち取った後の優越感に浸れないじゃない」
「上等だ。お前のような淫魔獣に霞は渡さねぇ!」
「わ、私も頑張る……!」
どうやら良い感じに話がまとまったようだ。お酒ってやっぱり怖いな。次に飲み会を開く時は、飲む量を制限した方が良いかもしれない。
それにしても、なんだろう。三人から好意を向けられるのは嬉しいけど、それを窮屈に感じてしまう。私も三人の事が好きなのに、心の何処かで三人に対して嫌気が生まれている。




