裸の付き合い
時雨ちゃんの温情で家に泊めてもらう事になった。成人したら一人暮らしをする事を高校生の頃から約束されていたらしく、実家の近くにあるアパートで暮らしている。一人暮らしをする分には不便の無い広さの部屋に二人入ると、凄く狭く感じた。別に部屋の狭さに文句は無い。
文句があるのは時雨ちゃんの生活っぷりだ。洗濯カゴから溢れ出ている洗濯物と、カップ麺のカップが大量に捨てられたゴミ袋。極めつけは部屋に染み付いた煙草の臭い。私が知ってる時雨ちゃんは綺麗好きだったのに、今はそうじゃないらしい。
「全然掃除してないから散らかってるけど、適当にくつろいでよ」
「ゴミ屋敷って感じだね」
「追い出すぞ? ゴミ屋敷って程、散らかってないだろ……いや、散らかってはいるか」
「学校の掃除の時間は率先してやってた時雨ちゃんがこうなっちゃったんだね」
「あの頃は掃除の時間ってのがあったからな。でも、最初は毎日洗濯と掃除をしてたんだぜ? それが仕事を続けていく中で、どんどん優先事項から下にいって、今じゃ最下位だよ」
「時雨ちゃん、お仕事してるんだ! 何のお仕事をしてるの?」
「木を切ってる。まぁ、まだチェーンソーを握らせてもらってないけど。今は切った木を運ぶ係をやらされてるよ」
時雨ちゃんは上着を床に脱ぎ捨てながらベッドまで歩いていき、口に咥えた煙草に火を点けるとベッドに腰を下ろした。床に脱ぎ捨てていった上着を洗濯カゴに入れた後、私は時雨ちゃんの隣に座った。
それにしても、本当に変わった。前は大人しくて、口下手だった時雨ちゃんが、今は堂々としてる。シャツの袖から出ている腕は引き締まってるし、一つ一つの所作がまるで男の人みたい。香ってくる汗の臭いは決して良い匂いってわけじゃないけど、嫌悪感は無い。
「……なぁ、教えてくれよ。お前は一体何処へ行ってたんだ?」
「アメリカだよ」
「はぁ!? なんでそんな……! 普通家出って言ったら、最低でも隣の県だろ!? なんで海を越えちゃったんだよ!?」
「家出じゃないよ。私、お父さんとお母さんの事は嫌いじゃないし」
「じゃあ、なんで?」
「中学生の頃、私がとある映画にハマってた時があったでしょ?」
「ああ。あのスパイ映画だろ? 毎日のようにアタシらに話してたもんな。特に悪役の女優について」
「そうそう! もう一目惚れでさ! 凄く魅力的な女優さんだったんだよ! 特にブロンドの髪が綺麗でさ!」
「それ何十回目だよ……それで、その映画が何の関係があるんだよ?」
「言ったでしょ? 一目惚れだって」
「……ん? え、まさかお前……あの女優に会いに海外へ渡ったのか!?」
「そうです!」
「アホ!!!」
口を大きく開けて叫んだ所為で、時雨ちゃんは口に咥えていた煙草をベッドに落としてしまった。慌てて煙草を拾い上げたけど、既にベッドには焦げ跡がポツンと出来てしまっていた。
「ありゃりゃ、焦げてる。もう、煙草を吸う時は気を付けなきゃ駄目だよ?」
「そんな事はどうだっていい! お前、そんな理由でいなくなってたのか!?」
「そんな理由とは失礼な。私の淡い初恋だったんだよ」
「だからって……五年もいなくなる奴がいるかよ……」
「いやぁ、色々とご縁が続きましてね。危うく自分が日本人な事を忘れかけてたよ」
「……お前、この五年間でアタシらを思い出した事はあるのか?」
「もちろん。というか、そのおかげで自分が日本人で、帰る場所があるって気付けてたんだし」
「……こりゃ大惨事になりかねんな」
時雨ちゃんは顔を両手で揉みほぐした後、私の手から煙草を取り上げた。一吸いした煙草の煙を吐き出すと、灰皿に煙草をこすりつけ、ベッドから立ち上がった。財布と携帯をポケットに入れた所から察するに、何処かへ出掛けるみたい。
「とりあえず風呂行くぞ。あと帰りに、適当な場所で晩飯も買ってさ」
「……私、お金無い」
「これくらいアタシが奢ってやるよ。まったく、その感じでどうやって海外で五体満足で生きてきたんだ?」
「愛嬌とノリの良さ」
「日本人とは思えない長所だな。ほら、行くぞ」
そうして、私達は近くにある銭湯にやってきた。ずっと昔に来た事はあったけど、その頃とは見違える程に綺麗になっている。なんでも、丁度私がいない時期に改装されて、経営している人も代替わりしたらしい。
入浴券を買ってから脱衣所に入ると、時雨ちゃんは素早く服を脱ぎ捨て、タオルを肩に掛けてお風呂場へ入っていった。時雨ちゃんだと知らなければ、なんてマナーの悪い人なんだと嫌悪したと思う。
お風呂場へ入ると、記憶よりも綺麗で広く感じた。改修されたのだから当然なのだが、それでも驚いた。お客さんも結構いて、お年寄りから若い人まで幅広い。
洗ってる人達の中から時雨ちゃんを捜していくと、左側の奥のシャワーで時雨ちゃんは髪を濡らしていた。
「髪洗ってあげよっか?」
「はぁ? アタシはガキじゃない」
「髪を洗うのに子供も大人も関係無いよ」
「関係ある。恥ずかしいんだよ、髪を洗われてんのを見られんのが……」
「別に大丈夫だよ。こっち側、あんまり人がいないし。誰も見てないよ」
「……じゃあ、頼むわ」
入浴券を買うついでに買ったシャンプーを手に垂らし、時雨ちゃんの髪に両手を突っ込んだ。髪を洗って改めて思うけど、時雨ちゃんの髪はかなり傷んでる。そんなにお仕事が忙しいのかな。
「意外と気持ちが良いな」
「でしょ? 私、ルームメイト達からゴッドハンドって言われてたんだよ!」
「へぇ~……アタシらほっぽいて、向こうで新しく出来た友人と楽しくやってたのか。へぇ~」
「うん! 楽しかったよ!」
「……しょうがない奴だな。お前いつか絶対刺されるぞ」
「え? なんで?」
「人たらしだからだ。アタシで良かったな、最初に再会した友人がアタシで。他の奴だとロクな目に遭ってなかったぞ? 特に……最上の奴とか」
「最上って、愛ちゃんの事? 愛ちゃんは今何をしてるの?」
「大学生だ。金持ちだからな、大学は通うのが必須みたいなもんなんだろ。そんで大学を出たら、親の会社に入社。恵まれてるね~」
髪を洗い終わった後、体も洗ってあげようとしたけど「それは自分でやる!」と言って、サッと洗ってシュッとお風呂に飛び込んでいった。私達は同性だし、別に恥ずかしがる事も無いのに。