青空で雲は泳ぐ
おにぎりを食べながら思う。あの青空に浮かんでいる雲の形は正しいのかと。地球儀に描かれている何処かの地形のような形。それが見上げた状態で見える形。でも私が空に浮かんで横から見たなら、それはきっと地面のような平坦な形になるだろう。
こういう二択で迷う時は、他人を頼るのが吉。座っている軽トラの天井部分を叩いて、運転席にいる時雨ちゃんを呼び出した。運転席側のドアが開く音が聴こえると、次にライターの火が点いた音が聴こえた。
「雲ってどんな形なのかな?」
「見上げた先に答えがあんだろ」
「それは見上げて見える形じゃん。本当の形がどんなのか考えてるの」
「アタシの休憩時間を奪うような悩みか?」
「今日の分は終わったんでしょ? さっき作業員さんに聞いたらそう言ってたよ」
「だったら早く帰せって話だよな。日本人特有なのか、連帯ってのが基本として根付いてる。別に日本に住んでて不便も不満も無いが、こういう部分には不満アリだ」
「でもみんな時雨ちゃんの事褒めてたよ。若い女の人なのに頑張ってて偉いって」
「そういう扱いにラッキーと思うか不平だと思うかだな。まぁ、アタシは別にいいけどさ。おかげで楽させてもらえるし」
時雨ちゃんは灰皿と缶コーヒーを両手に、軽トラの荷台に上がってきた。作業着の上を腰に巻き付け、汗が染みたタオルを首に掛けている姿に、本当に仕事してるんだなって思う。
「そんで、雲の話だったか。まぁアタシも学があるわけじゃないし、正しいかどうかは分からんが。確か雲ってのは、大気中にある水分がどうだかって理論でああなってるはずだ。てことはだ。雲の本当の姿は水って事になる」
「あ、そっか! だから雨が降るんだ!」
「雷だって雪だって降ってくる。アタシ的には煙草が降ってきてほしいがな。最近また煙草が値上げしてんだ。このままじゃ生活費のほとんどを煙草に奪われちまうよ」
「じゃあやめればいいじゃん」
「はいはい、そうですね~。吸わない奴が言う事はいつも一緒だ。吸わなきゃいい・体に毒だ・周りの迷惑を考えろ。そのくせ酒を飲む奴には何も言わず、自分でも酒を飲んで馬鹿やらかす。こりゃ世界のバグだ」
「じゃあ、酒も煙草もやってる時雨ちゃんは大馬鹿だね」
「グーで殴んぞ」
「私はパー。はい勝ち」
「……アタシら、なんか馬鹿を通り越してイカれてるな」
荷台に降りて時雨ちゃんの隣に行くと、時雨ちゃんは吸っていた煙草を灰皿に捨てた。まだ半分以上残っていたのに。
おにぎりを食べ終え、お互いに肩を寄せながらボーッと空を見上げた。青空には雲が浮かんでいる。でもその雲は最初に見たものと違った。私が最初に見ていた雲はもう既に遠い場所まで動いている。
「……そっか。空って海でもあるんだ」
「ほんとにイカれたのか?」
「だってそうじゃん。さっきまであそこにあったはずの雲が、今はあそこにいるし。それに雲は大気中の水から出来てるんでしょ? 普段見慣れてる海とは違うけど、青い空で魚のように雲が泳いでる。だから空は海なんだよ」
「じゃあ逆に海は空なのか?」
「それは……違うかも?」
「なら、お前の説は無しだ。正しい説ってのは上手く出来てなきゃいけない。表裏一体って言葉が相応しいかもな」
「今日の時雨ちゃんはなんか賢いね」
「今日のお前が馬鹿過ぎるだけだ」
クスッと私が笑うと、時雨ちゃんも同じように笑った。
心地良い風が吹いた。香ってきたのは、汗と木の香り。隣にいる時雨ちゃんの匂い。決して良い匂いとは言えないけど、嫌な臭いではない。この匂いに色と形を表すのなら、私は青空にする。深い理由なんか無い。ただそう思っただけ。
もし、私が男の子、もしくは時雨ちゃんが男の子だったら、こんな風にならなかったと思う。
「時雨ちゃん」
「今度はなんだ?」
「多分、私は時雨ちゃんが好きなんだと思う」
「……多分はいらないだろ」
「時雨ちゃんは私が好き?」
「好きに決まってるだろ」
「そっか。なんか嬉しい」
「いちいち余計な部分があるな」
「だって分かんないし。だから多分だし、なんかなの」
「めんどくせ」
「時雨ちゃんは直球だよね~!」
「隠して良い事なんか無いしな。特に、お前に対してはな」
そう言って、時雨ちゃんは私の手を握ってきた。私が握り返すと、それ以上の力で時雨ちゃんが握ってくる。少し痛い。
私達が空を眺めている間に、雲はゆっくりと青空を泳いでいく。時雨ちゃんが青空なら、私はきっと雲だろう。
今は、そう思う。




