表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/42

青空で雲は泳ぐ

 おにぎりを食べながら思う。あの青空に浮かんでいる雲の形は正しいのかと。地球儀に描かれている何処かの地形のような形。それが見上げた状態で見える形。でも私が空に浮かんで横から見たなら、それはきっと地面のような平坦な形になるだろう。


 こういう二択で迷う時は、他人を頼るのが吉。座っている軽トラの天井部分を叩いて、運転席にいる時雨ちゃんを呼び出した。運転席側のドアが開く音が聴こえると、次にライターの火が点いた音が聴こえた。 


「雲ってどんな形なのかな?」


「見上げた先に答えがあんだろ」


「それは見上げて見える形じゃん。本当の形がどんなのか考えてるの」


「アタシの休憩時間を奪うような悩みか?」


「今日の分は終わったんでしょ? さっき作業員さんに聞いたらそう言ってたよ」


「だったら早く帰せって話だよな。日本人特有なのか、連帯ってのが基本として根付いてる。別に日本に住んでて不便も不満も無いが、こういう部分には不満アリだ」


「でもみんな時雨ちゃんの事褒めてたよ。若い女の人なのに頑張ってて偉いって」


「そういう扱いにラッキーと思うか不平だと思うかだな。まぁ、アタシは別にいいけどさ。おかげで楽させてもらえるし」


 時雨ちゃんは灰皿と缶コーヒーを両手に、軽トラの荷台に上がってきた。作業着の上を腰に巻き付け、汗が染みたタオルを首に掛けている姿に、本当に仕事してるんだなって思う。


「そんで、雲の話だったか。まぁアタシも学があるわけじゃないし、正しいかどうかは分からんが。確か雲ってのは、大気中にある水分がどうだかって理論でああなってるはずだ。てことはだ。雲の本当の姿は水って事になる」


「あ、そっか! だから雨が降るんだ!」


「雷だって雪だって降ってくる。アタシ的には煙草が降ってきてほしいがな。最近また煙草が値上げしてんだ。このままじゃ生活費のほとんどを煙草に奪われちまうよ」


「じゃあやめればいいじゃん」


「はいはい、そうですね~。吸わない奴が言う事はいつも一緒だ。吸わなきゃいい・体に毒だ・周りの迷惑を考えろ。そのくせ酒を飲む奴には何も言わず、自分でも酒を飲んで馬鹿やらかす。こりゃ世界のバグだ」


「じゃあ、酒も煙草もやってる時雨ちゃんは大馬鹿だね」 


「グーで殴んぞ」


「私はパー。はい勝ち」


「……アタシら、なんか馬鹿を通り越してイカれてるな」


 荷台に降りて時雨ちゃんの隣に行くと、時雨ちゃんは吸っていた煙草を灰皿に捨てた。まだ半分以上残っていたのに。


 おにぎりを食べ終え、お互いに肩を寄せながらボーッと空を見上げた。青空には雲が浮かんでいる。でもその雲は最初に見たものと違った。私が最初に見ていた雲はもう既に遠い場所まで動いている。


「……そっか。空って海でもあるんだ」


「ほんとにイカれたのか?」


「だってそうじゃん。さっきまであそこにあったはずの雲が、今はあそこにいるし。それに雲は大気中の水から出来てるんでしょ? 普段見慣れてる海とは違うけど、青い空で魚のように雲が泳いでる。だから空は海なんだよ」


「じゃあ逆に海は空なのか?」


「それは……違うかも?」


「なら、お前の説は無しだ。正しい説ってのは上手く出来てなきゃいけない。表裏一体って言葉が相応しいかもな」


「今日の時雨ちゃんはなんか賢いね」


「今日のお前が馬鹿過ぎるだけだ」


 クスッと私が笑うと、時雨ちゃんも同じように笑った。


 心地良い風が吹いた。香ってきたのは、汗と木の香り。隣にいる時雨ちゃんの匂い。決して良い匂いとは言えないけど、嫌な臭いではない。この匂いに色と形を表すのなら、私は青空にする。深い理由なんか無い。ただそう思っただけ。


 もし、私が男の子、もしくは時雨ちゃんが男の子だったら、こんな風にならなかったと思う。


「時雨ちゃん」


「今度はなんだ?」


「多分、私は時雨ちゃんが好きなんだと思う」


「……多分はいらないだろ」


「時雨ちゃんは私が好き?」


「好きに決まってるだろ」


「そっか。なんか嬉しい」


「いちいち余計な部分があるな」


「だって分かんないし。だから多分だし、なんかなの」


「めんどくせ」


「時雨ちゃんは直球だよね~!」


「隠して良い事なんか無いしな。特に、お前に対してはな」


 そう言って、時雨ちゃんは私の手を握ってきた。私が握り返すと、それ以上の力で時雨ちゃんが握ってくる。少し痛い。


 私達が空を眺めている間に、雲はゆっくりと青空を泳いでいく。時雨ちゃんが青空なら、私はきっと雲だろう。


 今は、そう思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ