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不安定

 雨が降ってる。アスファルトの道路に降り落ちていく雨が水の地を敷く。道路の上に雨水があるのか、雨水の下に道路があるのか。


 なんだか調子が悪い。最近ずっと明るくなれない。美味しい物を食べても、面白いテレビを観ても、友人と話しても、私の心の応答は無い。死んでしまっているのだろう。


 カレンダーの日付を確認すると、八月五日。季節はもう夏のはずなのに、陽が顔を出す日が少ない。起きて窓の外を見ても、今日のような雨が降っている日ばかり。


 自分でも分かっているつもりだ。こんなに憂鬱な気分になっているのは、日常に新鮮味が無くなって飽きてきたからだ。でもそれを受け入れてしまうと、自分を許せなくなる。だから他の何かの所為にしている。他の何かで満足しようとする。私がアメリカから帰ってきたのも、あっちでの生活に飽きたからだ。


 ベッドで時雨ちゃんが眠っている。仕事が休みとはいえ、朝の十時だというのに目を覚ます兆しが無い。起きている時の強気な感じとは裏腹に、眠っている時雨ちゃんは過去の記憶にある少女のままだ。


 私は時雨ちゃんが掛けている布団をめくり、彼女のシャツのボタンを一つずつ外していった。起こさないように慎重に、変な欲が生まれないように無心で。


 シャツのボタンを外すと、時雨ちゃんの肌が垣間見えた。腕や顔と首の健康的に焼けた肌とは違い、胴の肌は白く綺麗だ。お腹周りも程良く、薄っすらと腹筋が割れている。指先で触れてみると、想像していた硬さは無く、女の人の柔らかさがあった。平坦なように見える胸も確かな柔らかさがあり、なぞるように撫でていくと、彼女は寝言で声を漏らした。


 着ていたシャツを脱ぎ捨て、自分の肌に触れてみた。時雨ちゃんと同じ柔らかさはあれど、所々違う。お腹は割れていないし、胸は大き過ぎる。触ってみてもくすぐったくないし、目で見ていなければ触った事すら分からない。


 時雨ちゃんに重なった。それだけで、胸の奥からエネルギーが沸き上がるような、満ち足りていく感覚があった。押し付ければ押し付ける程、時雨ちゃんの中に入ろうとすればする程、その感覚が快感だと明らかになっていく。


「……朝っぱらから何してんだ?」


「んん……おはよう……」


「おはよさん。とりあえずどいてくれ」


「まだ満足してないから、もうちょっと待って」


「昨日はお互いの足裏合わせて。一昨日は耳と耳をくっつけて。戦隊の合体ロボじゃあるまいし」


「……どっか行きたい」


「どっかって、何処よ?」


「何処でもいい……何処かに行きたい……」


「……分かったよ。着替えて外行くか」


 寝間着から着替えて、私達は顔も洗わずに外に出た。外は雨が降っている。雪のように降り積もった雨水を踏むと、靴裏は水の地を突き破り、その下にある地面についた。雨水の下に地面があった。


「濡れたら風邪ひくぞ。傘に入れよ」


 時雨ちゃんは私の腕を掴んで、差していた傘の下に引き寄せた。頭上から聴こえる傘に弾かれる雨の音で、肩に降り落ちても何も感じなかった雨が大雨のように思えた。


「流石に雨の日に出歩く馬鹿はいないようだな。そもそも今日は日曜日だし、外に出るのは家族持ちか恋人持ちの奴だけだろうな」


「私達は外に出てるけど?」


「アタシらは例外の馬鹿だ」  


「時雨ちゃんは恋人がほしいの?」


「必要無い。お前だけで十分だ」


「私は足りないよ……」


「……歳を重ねれば、お前の事が理解出来るようになると思っていた。お前を理解出来ないのはアタシが子供だからだと思ってた……でも、今もお前が分からない。お前は風で宙を舞う一枚の葉っぱだ。地面に着地したかと思ったら、ちょっと風が吹いただけでまた宙へ飛んでいく」


 突然、時雨ちゃんに強く腕を引かれた。次の瞬間、私達の前を車が通り過ぎていった。車は私達に水飛沫を浴びせても知らぬ顔で走り去っていった。


「アタシが腕を引かなかったら、お前はどうなってた?」


「……轢かれてた」


 時雨ちゃんは傘を畳むと、私と手を繋いだ。手と手を握るだけじゃなく、指の隙間に指を絡ませて。痛いくらいに強かったけど、一緒になれたみたいで嬉しかった。


「あーあ、全身ズブ濡れだ。傘じゃなくて雨合羽にしとくべきだったな」


「じゃあレポーターごっこしようよ! よくニュースであるじゃん。大変強い雨ですー、みたいな感じで」


「一応あの人達は仕事でやってんだからな? でも、ちょっと楽しそうだよな」


「そうと決まったら?」


「買いに行くか。ついでにアイツらも呼ぼうぜ。どうせ家で暇してるだろ」


 私達は繋いだ手を前後に降りながら、地面の雨水を蹴っていった。雨で濡れた体は冷えていくけど、不思議と胸の内は温かくなる一方だった。 

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